第23話
翌日の朝。
久しぶりにエレーヌは部屋から出てきて、食堂で妹のニコルと朝食を取っていた。側には、いつもの様に執事のフンツェルマン、メイドのジータが控えている。
ニコルはエレーヌがこの世界についてわからないと言っていることについて熱心に教えている。ニコルは、エレーヌに宿っている老人の魂のことは、さどさほど気にしないようにしているのか、以前の通りの接し方に努めているようだ。
エレーヌのほうは、生活習慣については比較的すんなりと受け入れることができているようだったが、社会制度や政治体制については、ほどんど理解ができない様子だった。
姉妹は朝食後もそのまま食堂に留まって、かなり長い間、いろいろと話をしていたが、ニコルが不意に話題を変えた。
「そういえば、魂を元に戻す魔術があるということです」
側で聞いていたフンツェルマンは、ニコルがその話題を出すとは思わなかった。彼も昨日、その話題をしようとしたが思い止まっている。老人の魂がどのような反応をするか、わからなかったからだ。場合によっては魂を元に戻すことに抵抗するかもしれないと思っていたのだ。ニコルにこのことを口止めをしておくべきだったかと後悔した。
フンツェルマンの心配をよそに、ニコルは話を続ける。
「隣国のザーバーランド王国と言うところの魔術師がその魔術を使えるかも知れないと聞きました」。ニコルはフンツェルマンのほうに顔を向けて確認をする。「そうですよね?」
フンツェルマンは急に話を振られて少々動揺したが、何とか答えを口にした。
「え、ええ。その通りでございます。しかし、現在、ザーバーランドに入国するのは難しいと思われます」
「何故だ?」
エレーヌは尋ねた。
「ザーバーランドと我が国は長年、戦争をしておりました。最近、ようやく終戦となり、現在、国境線の交渉の最中です。しかし、交渉が長引いており、ザーバーランドに入国できるようになるのが、いつになるのか見通しが立っていないと伺っております」
「そうか」。エレーヌは少し考える様に視線を天井に向けた。彼女はしばらく考えた後、再び口を開いた。「わからないように入国できないだろうか?」
「密入国ということですか?!」フンツェルマンはエレーヌから想定外の言葉がでたので、驚いて見せた。「それは、無理かと思われます」
「それは何故だ?」
「現在、ザーバーランドと交渉中の国境付近には大きな川があり、それを渡らなければいけませんし、当然、国境には侵入者を警備する軍やそれに準じた組織がいると思われます。それらに気付かれずに入国するとなると…」
「なるほど、そうか」
エレーヌは再び考える様に視線を天井に向けた。しばらくの沈黙の後、エレーヌは意を決したように再び口を開いた。
「お主らのエレーヌの魂が元に戻るのであれば、ワシは協力したい。その魔術師とやらが、ザーバーランドと言うところに居るのであれば、そこを訪れたいと思っている」
それを聞いたニコルとフンツェルマンは驚いてエレーヌの顔を見た。
フンツェルマンは思わず尋ねる。
「しかし、そうなると、あなた自身の魂がどうなるのかわからないのですよ」
「ワシは老人だったからな、多分もう死んでいたのだろう。なにかの間違いでこのエレーヌの身体に来てしまったが、この世界に慣れるのは大変なことだ。それにワシはもう未練はないし、君らもそれのほうがいいだろう」
エレーヌの言葉に、ニコルとフンツェルマンは驚くと共に、何と答えればよいかわからず、思わず顔を見合わせた。
「何とか密入国する方法を考えたい」
エレーヌはそう言うも、フンツェルマンは無理だと説得して、この場は一旦その会話を終わらせた。
エレーヌとニコルは、食堂を後にした。もう時間は昼に近かった。
エレーヌは階段を二階に上がり元々使っていた大きな部屋に戻った。
元々はエレーヌは窓のある大きな部屋を使っていたが、念のため新たな襲撃者への警戒を続けた方がいいだろうということで、引き続き窓のない来客用の部屋を使う。
玄関ホールと廊下には保安局員が警備にあたる。彼らは朝食の間に交代したようだった。用心棒のジョアンヌはこの時間は自室で休んでいる。
部屋を開け中には入る。部屋昼間でも薄暗い。エレーヌは、ベッドの脇の机まで歩み寄り、そこに置いてあるランプに火を灯した。床にあった襲撃犯の血痕は綺麗に拭き取られていた。また、割れた皿の破片もない。ベッドも綺麗に整えられていた。ジョアンヌが襲撃犯に切りつけた時に出来た、床の剣が刺さった跡もその部分の板が張り替えられて、元の通りになっていた。これは、誰が直したのであろうか。
エレーヌは部屋でベッドに腰かけて、改めていろいろと考えを巡らせる。
フンツェルマンは、ザーバーランドに入国は無理と言っているが、どこかに隙があるはずだ。その土地に詳しい物に話を聞いてみたいと考えていた。
しかし、一方で、もし密入国するとなったとして、エレーヌのこの身体で上手く行動できるのかどうか不安があった。
エレーヌの身体は若いこともあって、以前と比べると動きやすいと感じる。それに、視界が良く見えるし、呼吸も楽だ。
一方で、女の身体なので華奢だ。自分の若い頃に比べると、力も弱と感じる。そこで、少し鍛えた方が良いのでないかと思い、暖炉にあった火かき棒を剣に見立てて、素振りをする。
素振りをしていて気になったのが、この長い金髪だ。さらに、このヒラヒラとした服も邪魔だと感じていた。服は毎朝、メイドが時間をかけて手伝って着せてくれている。まあ、素振りの時は服は脱いでいればいいだろう、しかし、髪は切りたいと考える様になった。
その後もエレーヌは、やることも特に無いので、素振りなどをして身体を鍛えて時間をつぶすようになった。
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