第4話

 翌朝、ニコルが興奮して二階にある自分の部屋から一階の食堂までやって来た。そして、大声で執事の名前を呼んだ。

「フンツェルマン! フンツェルマン!」

 大声に少々驚いた様子で、食堂のさらに奥にある調理場の扉を開けて、フンツェルマンが姿を現した。

「どうされました?! ニコル様?」

 昨日、姉のエレーヌが殺害されて、泣きつかれて眠ってしまったようだったので、あえて今朝は起こすことはしなかった。しかし、ニコルが大声をあげているので、また何かあったのかとフンツェルマンは懸念した。

 ニコルはフンツェルマンの姿を見ると、近づいて早口で話を始めた。

「フンツェルマン! 以前、大司教のサレイユ様は、蘇生魔術が使えると聞きました」

 ニコルが突然、予想外の言葉を口にしたので、フンツェルマンは少々困惑して答えた。

「はい…。その様な魔術があると聞いたことがあります」

「お姉様を、蘇生魔術で生き返らせてください!」

「ええっ?!」

 フンツェルマンは驚いた。どう答えれば良いかわからず、歯切れ悪く返事をする。

「確かに蘇生魔術を使えば、生き返らせることも可能かとは思いますが……」

「では、是非、お願いしてください!」

「確か蘇生魔術を使うためには、たしか条件があったはず」

「それは、どのような?」

「例えば、国王が突然崩御した場合で、後継者が決まっていないなど国家の運営に支障がある時のみと聞いております。それ以外で蘇生魔術を使ったことは聞いたことがありません。それに、前に蘇生魔術が使われたのは何十年も前の事のはずです」

「何とかできないの?」

「サレイユ様がそれを使えるかどうかも確認をしないといけません。しかし、エレーヌ様に蘇生魔術を使うのは難しいかと存じます」

 フンツェルマンは申し訳なさそうに頭を下げた。

「あああ!」

 ニコルはその場で崩れる様に床にしゃがみこんだ。そして、小声で泣き始めた。その様子を見て、フンツェルマンはその場を収める様に言った。

「私は蘇生魔術に詳しくありませんので、念のため後程、サレイユ様にお会いして、直接伺ってみます」

「お願い」

 ニコルは顔を上げて、涙を流しながら言った。そして、再びうつむいて泣き始めた。

 フンツェルマンもしゃがんでニコルの背中をさすりながら言う。

「ニコル様。昨日から何も食べられておりません。このままではお身体に悪いです。朝食がもうすぐ出来上がりますので、お食べ下さい」

 ニコルは小さく頷いた。フンツェルマンはニコルの腕を支える様に抱え上げて、ゆっくりと食堂まで席まで導いた。

 ニコルは出された朝食を半分ほど食べた後、また自室に戻っていった。エレーヌ、ニコル姉妹はとても仲が良かった。ニコルもエレーヌと同様に長い金髪と碧の瞳で、美人姉妹としても世間で評判だった。エレーヌが死んだショックから立ち直ることは、ニコルには簡単には出来ないだろう。しばらくは、あの状態が続きそうだ。

 その後、フンツェルマン、メイド二人と料理人は食堂で賄いを食べる。食事が終わるとフンツェルマンはニコルが言っていた蘇生魔術について聞くために大司教サレイユが居る大聖堂に向かうことにした。


 フンツェルマンは屋敷の隣にある馬屋に行き、馬にまたがった。建物の敷地から出ると、昨日のように通りの地面を捜索している警官が数名ほど居た。朝から捜索を再開したのだろう。昨日、見つかったナイフ以降、新たに犯人の手掛かりはあったのだろうか?

 フンツェルマンは警官の一人に捜索の様子を聞く。しかし、新しい手掛かりは見つかっていないと言う。彼はその言葉に気を落とすが、自分のやることがある。彼は気を取り直して手綱を打って馬を走らせ、街の中央部の城の近くの大聖堂へと向かった。

 しばらくして、フンツェルマンは街の中心部まで到達した。馬に乗ったまま通りの人ごみをかき分けて進み、大聖堂に到着した。

 馬の手綱を大聖堂前の適当な柱に繋いで、大聖堂の大きな扉を開ける。その中では昨日同様に薄暗い中、祈りをささげる市民たちと修道僧たちが居た。

 フンツェルマンは修道僧の一人に、サレイユを呼ぶように依頼した。フンツェルマンは大聖堂の中のベンチに座りしばらく待つ。

 数分後、サレイユが長く白い顎髭を触りながら現れた。

「フンツェルマンさん、今日は葬儀の件ですか?」

 フンツェルマンは立ち上がり、サレイユに頭を下げた。

「いえ。実は蘇生魔術について、お伺いしたいと思い参りました」

「蘇生魔術ですと?!」

 サレイユは驚いて言葉を繰り返した。

「蘇生魔術は、これまで王族にしか使ったことがありません。最後に使ったのは、もう五十年以上も前、先代の大司教の時です。私は使ったことはありません。それに、それを使うためには王族の者二名と議会の許可が必要です」

「議会ですか?」

「十数年前に法律として明文化されました」

「なるほど」

「確かにエレーヌ様のアレオン家は貴族です。お父上が貴族院に所属されており国に貢献されましたし、この教会にも多くの寄付いただいておりました。しかし、彼が事故死された時に蘇生魔術を使おうという話が出なかったのはご存知の通りだと思います。今回のエレーヌ様にも蘇生魔術の許可が下りるとは到底思えません」

「そうですか……」

 サレイユの回答は、フンツェルマンは予想した通りであった。しかし、僅かな期待も持っていたので落胆し肩を落とした。確かに、二年前、ニコルとエレーヌの両親が馬車ごと崖から転落し死亡した際、蘇生魔術を使うという話は一切出なかった。ニコルにとっては、この短期間で親族が三人も亡くなったのだ、心情として何とかしてあげたいが、慣習や法律の壁などを越えることは到底無理そうだ。

 フンツェルマン自身も長くアレオン家で執事として働き、アレオン家に恩義を感じている。出来るのであれば何とかしたいというのが本音だが、王族や議会を動かせるほどの政治影響力を彼は持っていない。

 サレイユは、しばらく黙り込んでいるフンツェルマンを見ていたが、彼を諦めさせるように静かに話を続けた。

「葬儀を執り行うのは数日後ということで、ご遺体が傷まないようにエンバーミング(遺体衛生保全)を行なっております。葬儀の日程が確定したら改めてお知らせください」

「わかりました。エレーヌ様の婚約者のジャン=ポール・プレボワ様がお戻りになるまのを待って、葬儀を執り行いたいと思います。昨日、今回の件を手紙で出しましたのでその返事を待ちたいと思います」

「そうですか。わかりました」

「では、今日はこれで失礼いたします」

 フンツェルマンは深く頭を下げて、大聖堂を後にした。

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