第73話 青玉上人

津久見の体は左近に担がれ、寺院の本殿に運ばれ横たわっていた。


いつもなら、左近やら喜内やら平岡やらが誰が叩くか揉めている事だろう。


しかし今回は違った。


寝ている津久見の顔を坊主が真上からマジマジと津久見の目を見つめているのであった。


左近らは困惑しながら


「上人様、あの叩けば起きますが…。」


「…。」


坊主は何も喋らずじっと見つめている。


「上人様?」


今度は秀信が言う。


すると、坊主は静かに言った。


「お主ら少し外してはくれまいか?」


と、尚も津久見の顔を見つめている。


「え、あ、まぁ。」


秀信が不思議そうに言った。


秀信は左近らに体を向け


「上人様でしたら大丈夫ですので、言う通り外に出ましょうか。」


「そうですな。何か様子がおかしいですので。」


と、秀信らは本殿を出て行った。


尚も、津久見の顔を見続ける坊主は津久見に向かって静かに喋りかけた。


「未来人よ。起きよ。どこから来た?」


何度も繰り返す。


繰り返す内に声は大きくなって行った。


(未来人よ。起きよ。どこから来た?)


朦朧とする意識の中でやっと津久見は言葉の節を掴んでいた。すると


「はっ!」


と、目を開けた。


眼前には坊主の顔が。


「起きたかい?未来人よ。」


「え?あ、はい?」


坊主は座り直すと、津久見は起き上がって対面する様に座った。


「して、未来人。何故ここに来た?」


坊主が言う。


「いや、その、あの、その前に、未来人とは?」


「ん?お主未来人じゃろ。」


「え?いや、私は石田三成ですよ?」


「よい。何か事情があるのであろう。」


(え?何で?そんなこと分かるはず無いよ)


するともう一度


「私は石田治部三成でございます。」


「もう良いと言うておる。遠く未来から来たのであろう。」


(え?何で分かるの?え???)


津久見は混乱する。


「混乱しておるようじゃがわしには分かる。だが安心せぇ、誰にも言わぬ。」


「え、いや、あの、何で分かったんですか?」


津久見は思い切って聞いた。


「ははは。やっと認めよったか。ははは。わしはな…。」


坊主は正座からあぐらに体勢を変え続ける。


「わしは多くの戦火を見てきた。多くの人の死を見て来てはそのもの達に向かって読経した。なんら訳の分からぬ疑いで塔中に1ヶ月も閉じ込められたこともあった。」


優しくも力強い声に津久見は思った。


(この人は本物だ…。)


何の本物か分からないが、悟りを開いた人と言うのが直感で感じ取れた。


オーラと言うか体全体から感じ取れる暖かい雰囲気。


でもその裏には幾千もの残酷な地獄を見てきた過去を乗り越えて来た、とも感じ取れるオーラであった。


(この人なら転生した事話しても…。)


と、津久見は思い始めてきた。


「その顔はやっとわしを信じてくれたかの?」


津久見の目を見て、坊主はニコっと笑いながら言った。


「え、あ、はい…。」


「申されてみよ。何も驚かぬ。」


そう言われて津久見は完全に安心した。


「実は私、約400年後の世界からこの時代に来てしまったんです…。」


「400年…思ったより先だったわぃ。ははは。」


その言葉に津久見は完全にこの男を信頼した。


「何故分かるのですが?…私が未来人だと。」


と、津久見は聞く。


「何となくじゃ。目を見て一瞬で分かったわぃ。悟りの境地とはここまで分かるもんなんじゃの。ははは。」


「何となく…ですか…。」


津久見は少し呆れながら言う。


「して、未来人よ。400年後のこの国はどうなっておる?」


「え、あーまぁ技術の進歩が進み、人との連絡手段何かも片手一つでできますし、美味しい料理が家で食べたければスマホ一つで届きますよ。」


「すまほ?」


「あ、ま、その飛脚の進化版ですかね。早馬の進化版。とにかく技術の進歩が進んでますよ。」


「ふむふむ。して…。」


上人の顔が真剣になる。


「はい?」


「民の笑顔はいかがか?」


「は?」


「400年後のこの国の民は笑顔で溢れておるのか、と聞いてある。」


「…。」


津久見はその問いに答えるのに少し間が空いた。


「この後の400年間この国は栄華衰退の繰り返しでした。私の生きていた時代はそれらを先人達が乗り越え、築いた世の中ですので、比較的安定しております。」


「そうか。歴史は繰り返されるものよな…。」


「はい。この国は平和でも違う国では未だに戦争をしている国があります。貧困で明日を生きられない人も沢山います…。」


「それじゃ今と変わらぬではないか。」


「言ってみればそうですね。」


上人は目を瞑り少し寂しそうな表情である。


すると目を開き言った


「我がおと…。」


と言うと、口を閉じ言い直した。


「織田信長はそちの世界ではどう思われてある?」


「織田信長さんですか?ん〜歴史の研究がすすんで、評価はバラバラしてました。第六天の魔王と言われることもあります。でも、楽市楽座や南蛮交易など、時代の先取りをした人物として高く評価されてますよ。」


「そうか、そうか…。」


上人の目には涙が今にも溢れて来そうであった。


「その後豊臣秀吉によって…。」


と津久見が言おうとすると、小人の目付きが変わった。


「もう良い。」


とだけ言った。


津久見は少しおじけながら


「はぁ」


とだけ言う。


「まぁ秀信がわしに会わせるとは何ぞや困難な壁が立ちはだかっておるのだろう。言うてみよ。力になってやれるかもしれぬ。」


上人は真っ直ぐに津久見の目を見て言った。



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