第7話 島津義弘
「ほれ!治部殿。」
顔を優しく叩かれ、津久見は目を覚ました。
「しっかりせんかい。」
と、丸坊主のおじちゃんに起こされる。
治部とは石田三成の官位の名前であり、他の者からは大体こう呼ばれていた。
「すみません。気を失ってしまったようで…。」
と言い、津久見は今一度その男をジロジロと見つめた。
ごつい丸坊主に、立派な口髭。首には大きな数珠を巻いている。
「島津…義弘さん?」
「さん?どうした治部殿。」
「いや、島津義弘殿ですよね。」
「いかにも。」
さすが薩摩守。左近に負けじ劣らずの気迫であった。
だがその凄味は左近でもう慣れつつあった。
(ここは相手の気迫にのまれないことか…)
と、津久見は考えた。
義弘は、自分の椅子に座りなおし、
「して、何故この合戦中に我が陣に?」
と、言ってきた。
(ん?確かに。何でだ?)
津久見は手を顎に当て、上を向いて考えた。
(歴史では、島津軍は徹頭徹尾、戦に参加せず、西軍の敗戦と共に1500の兵で家康の目の前を通過。敵中突破を果たしてそのまま船で薩摩に戻ったんだっけ?その時残った兵は十数人程だったとか…。)
「治部殿?」
「あっ、はい!」
「して、いかがいたした?」
睨むように津久見を見ながら言う。
既に津久見が来た理由を知っているような様子であった。
(どうせ兵を出せと言ってくるのだろう)
と、義弘は考えていた。
(島津は動かん。いざとなれば敵中突破で薩摩に戻る)
とも決めていた。
しかし、津久見は意外な一言を発する。
「桜島って勇壮ですよね」
と、笑顔で言った。
突拍子もない一言に義弘は気が抜けたように
「ん?治部殿。なんと?」
「え。いや。桜島って勇壮だなあって。」
「治部殿は薩摩に来られたことがおありか?」
「ええ。まあ。一度旅行で。」
「りょこう?」
「いや。あの見聞を広めに。」
「左様であったか。」
津久見は幼少期に一度、両親に連れられて鹿児島へ旅行に行った事があった。
鹿児島の天文館通りで「白くま」という、かき氷を食べた思い出と、桜島が荘厳で勇壮に見えたのを幼心に覚えていたのであった。
「ここにいる家臣の皆さまも桜島好きなんですかね?」
屈託のない笑顔で津久見は言う。
「そりゃそうじゃ。薩摩の者で桜島が嫌いなものはおらん。のう」
義弘は不思議そうに、でも、どこか故郷を褒められた喜びが表情に出しながら周りの島津兵に問いかけると皆郷愁の念で笑顔に溢れていた。
「それでしたら。戦が終わったら、一緒に見ませんか?桜島。」
「ん?治部?」
「ここにいる皆さまも桜島を見たいと思っていると思いますよ。」
「そりゃそうじゃ。だから我らは…」
義弘が答えるより先に津久見は言った。
「動かない。」
義弘は驚きながら声を出した。
「ぬぬ。」
「そうですよね。」
…。
(見抜かれておるのか。それに今日の治部はどこか変じゃ。いつものような高飛車な態度でもないし…)
「でもこのままじゃ皆で桜島見れませんよきっと。」
「何故じゃ。」
「わたしが負けるからです。」
「なんと?まだ始まったばかりじゃぞ。」
「分かってるはずです。義弘さんなら。」
「ん~。」
「一人も殺さないで良いです。動かなくてもいいです。ただ…。」
「ただ?」
「ただ、さっき私がここに来た時の様に大きな声でずっと叫んで下さい。」
「なんと。馬鹿にしておるのか?」
「いえ。私あまり戦が好きじゃないようでして。できたら…。」
「できたら?」
「皆が生きて故郷に戻れれば良いかなって。それだけです。では。」
と言い放つと、津久見はすたすたと島津の陣の幕を上げて出て行った。
陣を出た瞬間に、緊張から解き放たれたからか足ががくがくしてきた。
「あ~また小便したくなってきた。」
と、近くの木に駆け寄る。慣れたものである。
「ふ~。島津のおっちゃんどう出るかな…。」
と、考えていると隣から
バチバチバチバチバチバチ!
と、音が聞こえた。
「まさか、左近?」
と、隣を見る。
そこには、義弘が大声で笑いながら、隣で左近にも負けない程勢いよく小便をしていた。
「おっちゃん…。」
と、津久見は言うと、そのまま後ろに倒れた。
第7話 完
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