第88話 銀雷の魔女、捜索会議
パントラパレス11は、27階建ての高層構造体だ。「踊る道化師」カザリーム隊の居住しているのは、そこの11階と12階。部屋はコンドミニアム式に、リビングや複数の寝室、トイレ、二箇所のバスなど、コンパクトにまとめられたものだが、入ったすぐが、階段をそなえたエントランスになっており、ちょっとしたペントハウスの雰囲気を醸し出している。
建築された当初は、他国からの貴人の滞在用に賃貸する予定であったのだが、カザリームの外交府がそれようの迎賓館を建ててしまったので、なかなか入居が決まらず、そうこうしているうちに、「なにか」が出るいわくつき物件と言われ始めてしまった。おかげでリウたちは、格安の値段でここを借りることに成功している。
ちなみに「なにか」は、古の魔族の大魔導師マーベルがここを、自分の迷宮の一部として取り込もうとしたため、おきた現象である。
リウたち以外のものには、大問題だったのだろうが、幸いにもリウにとっては、マーベルはもともと彼の臣下だったのだ。
今日は、珍しく夕食の席に、そのマーベルと、ディクックも加わっていた。
一堂の顔色は暗い。
夕食の時間になっても、ドロシーは帰ってこなかった。そして、マシュー&クロウドの商店街での聞き込みや、リウやベータの校内での調査、エミリアがたずねた冒険者事務所でも。
収穫なし。
「もし、拉致されたのだとしたら、少なくともなんらかの戦闘がおきているでしょう。」
マーベルが言った。
ディクックは、さっきから高校まわりの『巣』に介入している。昇降装置『繭』を動かすための魔法陣が『巣』だ。そこには、繭の移動以外の情報も蓄えられている。さすがに繭を降りたあとの足取りを追跡できるほどではないが、近くの街区で、大規模な攻撃魔法が使われれば、痕跡が残る。それを調べているのだが、いまのところ見つかっていない。
他者が構築した「巣」に介入することなど、不可能なのだが、なにしろ、実は「巣」と「繭」を作り出したのは、このディクックだった。
その正体は、彼らの仲間でもある神獣ギムリウスの作り上げた特異体である。個体の戦闘力はそれほどでもない・・・だが、巣を利用した空間支配と、眷属を利用した遠隔攻撃には、はまれば無類の強さをもつ。
「こちらも駄目です。」
ディクックは、諦めて、目の前の果実のゼリーを盛ったジュースをすすった。この蜘蛛の人造生物は甘味がことのほかお気に入りで、今日もデザートにチョコレートケーキとアイスクリームを大皿にのせたものが置かれていた。
「わかったのは、あの時間にドロシーさんがいた区域で、魔法戦闘がなかった、ということだけ。」
「たとえば、強制転移で連れ去られた可能性は?」
エミリアが言った。転移など使えるものは一国に、ひとりでもいればいいとこだ。
まして、誰かを連れて無理やり転移するなど、可能性としてもありえない。
その「可能性」を考慮しなければならないのが、「踊る道化師」だった。
「該当地域では、転移の発動もなかった。」
リウは、コーヒーを飲んでいる。
南方産の、豆をひいたこの飲み物をリウは、けっこう気に入っていて、特別に豆を購入していた。
「となると、フィオリナが指摘した可能性が浮かび上がる。ドロシーが自らの意思による選択で、我々の元を去ったという可能性だ。」
「選択と、簡単に言われますが、何と何を選択するとでしょうか。」
そう、マシューが発言した時、リウは路傍の石が歌でも歌い出したかのように、びっくりした顔をした。
「婚約者であるおまえと、他の誰か。だろうな。」
「陛下、わたしは自分をそれほど、評価していません。わたしとドロシーが結婚の約束をしているのは、わたしが、彼女が欲しがっている『当たり前の家庭を築く』という人生の目標におけるパーツの一つだからです。」
これに少しは、リウは興味があったようだ。
会ってから初めてかもしれない。
彼は、まっすぐにマシューを見つめた。なんら魔力は込めていない。
ただ、ただ『見た』というその行為にすら、マシューはたじろいだ。
人間を超えた存在を感知しただけで、人はそうなる。
この相手に服従したい!と思うのはまだマシなほうで、大抵は、意思を失って相手からの指示を待つだけの人形になってしまうのだ。
ここで、マシューがそうならなかったのは、1年にも満たぬ間とはいえ、リウの存在に馴れたからだろう。
「なので、はっきり申し上げれば、ドロシーはわたしでなくても別にいいのです。ただわたしは、幼なじみで、以前は彼女の主家筋でした。互いに気心もしれていましたし、なにより、彼女は自分がいなければマシューはダメだと感じたのでしょう。だから」
「ドロシーが捨てたのはもっと別のなにかだというのか?」
「それが、なにか、を議論する気はありません。単純に陛下の側近という、立場です。ルトのパートナーという立場でだからす。ジウルの恋人という立場です。
。わたしは、もしその・・・ベータが言うように、彼女がほかの誰かの元にいるのなら。その、男が誰かが、いちばん気になるのです。」
「つまり、オレに匹敵する存在がカザリームに現れたのではないか、とおまえは言いたいのだな?」
「さっきも俺たちは、その話をしてたんだ。」
クロウドも言った。
「あいつは、冒険者学校に入学してから。はじけちまっている。
ルトはルトでいいやつだ。入学したばかりのころは、フィオリナだって、ああ分かりにくいな、ランゴバルドにいるほうのフィオリナだ、あれが居なかったのだから、好きにすれぱよかったんだが、なんだか、」
「ルトはルトで事情があったわけだから、な。」
リウは、マシューとクロウドを、見比べた。
「なるほど、ドロシーが自分の意思でいなくなったのだとすれば。それはオレに匹敵するなにかがカザリームに表れた、
そう見なすべきだ、と?お前たちは、そういうのだ な?」
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