【人形始末3】聖者マヌカ
ヤツカの峠道は、馬車が通れない。
坂は急すぎるし、道は狭すぎる。大量の荷物の運搬には向かないので、勢い背負って運べるような貴重品の運搬、あるいは急ぎの書簡などに限られていた。
とはいえ、グランダ王都から隣国の都への最短の道であったから、寂れている、というほどではない。
リカル商会は、商品と書簡。その両方を取り扱っていた。
「ランゴバルドの銀級冒険者と聞いたが。」
「はい、魔王宮の攻略に来ましたが、第一層の蜘蛛の素材は、このところ、あまりいい値がつがず、かと言ってあの、炎熱グモを突破して二層にはいるには、ぼくらでは危険すぎまして。」
リカルの前で、調子よく話すのは、ルトである。
ランゴバルドの冒険者を自称しているが、これはウソではない。
だだ、目立ってしょうがないフィオリナのために、例の「認識阻害」を使っている。
今回、リカルが、運ばねばならないのは、外交関係の重要な書簡であった。
いや、そうではないことになっているが、そうである。そういった書翰はこれまでもあった。
リカルは、対外的には「クローディア大公国」産の高級織物を扱い商人であり、特に新柄の出回る新春の市のあと、新柄をいかに早く隣国に運ぶか。
それによって「初物」と呼ばれる新柄の織物がいささか法外な値段で捌けるのである。
隣国の首都の裕福なものの間では、宵越し祭りと呼ばれる新春の祭りに、クローディアの織物をタペストリーとして壁にかける習わしがあった。それもその年の新作が特に縁起が良いとされ、それは人が担いで峠を越えられるほどの小ぶりなもので十分であったが、需要は極めて高かったのである。
だが、このところ状況が変わってきている。
ヤツカの街道に出没する謎の盗賊のため、だ。
単独犯のようだが、スゴ腕だ。極めて暴力的ではあるが、いまのところ、死者は出ていない。
とにかく戦えるものを、1人残らす叩きのめすことを目標にしているようで、荷物はきっちり奪うが、口封じに殺したり、人質をとったり、ということは皆無だ。
リカルの預かった書簡は、おそらく魔道列車の鉄道敷設に関するものではないか、とリカル自身はふんでいる。
そんな文書は存在はしてないことにはなっているが、おそらくは魔道列車の北の地への導入に反対する一派のものだ。
これは奪われるわけには、行かない。
とはいえ、リカルも懐がガバガバなわけでなく、つまるところは、そこそこの冒険者を二人雇うのが精一杯であった。
このところ、魔王宮の解放により、グランダ王都の冒険者の質は著しく上がっている。
主に西域から、魔王宮目当てで、多数の冒険者が、流入しているためだ。
そして、第一層の階層主である、マグマ湖に住む炎熱蜘蛛を突破することが、極めて難しいため、第一層に冒険者が集中しすぎている。
さすがに、当初高値のついた第一層の蜘蛛の素材も少々ダブ付き気味になっており、ほかの仕事を探す冒険者も少なくない。
“この値段で銀級を雇えたのだから、文句は言えん。”
と、リカルは思う。
書簡の出どころである、さる貴族に紹介された冒険者ギルド「不死鳥の冠」に所蔵するランゴバルドの銀級と聞いて、雇ってみたのだが、やって来たのは、まだ10代に見える少年少女だった。
いや、グランダでは、成人は16だから、さすがにそれくらいはいっているのだろうが、成人したから即一人前、とはいかないのがこの稼業である。
雇っていいのか躊躇するリカルに、このところ、用心棒頭として雇っている美女が、口を出した。
「その坊やたちなら、大丈夫よ。」
銀灰色のスーツに身を固めた美女は、そう言いながら少年たちにウインクした。
「マヌカが、そう言うなら信じよう。」
リカルは、このマヌカという冒険者の腕の冴はよくわかっている。
その彼女が太鼓判をおしたということは、この二人も腕はたつのだろう。
「出発は明朝の日の出だ。」
と、リカルは告げた。
「ヤツカの越えて、日のあるうちにはバルハードに着きたい。
おまえらは、そこでお役御免だ。報酬は金貨一枚。もし、途中で戦闘が発生すればボーナスをはずむ。」
「わかりました。」
少年は愛想良く、答えた。
「例の賊には、懸賞金もかけられていましたが、それは倒したものの取り分、ということでいいですか?」
かまわない。
と、リカルは答えた。
だが、荷物を安全に運ぶのが、最優先だ。
契約書に、サインをして、リカルは二人の少年少女を、雇った。
詳細はマヌカの、指示に従え、と言い残して席を立つ。
残った三人は、気まずそうにしながらも、それを相手に気取られまいと、愛想笑いを貼り付けていたが。
「場所を移そう。」
ジャケットに同色の、パンツ。
男装の麗人が、流石に痺れをきらして立ち上がった。
「なにか、事情があるのなら、聞いておきたいしな、ハルト王子にフィオリナ姫、いや、『踊る道化師』と呼んだ方がいいのか。」
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