第455話 蜘蛛の考えた「理由」

ギムリウスは、またまた冒険者学校から、眷属を呼び寄せている。

今回は、人間に近い(ギムリウス自身の義体よりも!)形態をもつゴウグレではない。彼女のいや、彼の、あるいはそれの知恵袋であるヤホウだった。


見かけは牛ほどもある大蜘蛛である。

白地に焦げ茶のまだら模様もあるので、「牛のような」という形容はあっているのだが、見たものはまずそうは思わない。


おまりにも禍々しいその、巨体に

「あ、もうこれは、死んだ。」

と思うものが8割を超える。

実際にその昔、魔王宮にて、ヤホウと遭遇した冒険者にアンケートした結果なので、資料的には半世紀以上前のものだが、確かな数値だろう。

ちなみに、ほんとに死んだものには、アンケート出来なかったので、実際の死亡率は不明であった。


「偉大なるギムリウスさま。」

後ろ足で立ち上がりつつ、次の瞬間また這い蹲るという動作を一通繰り返して造物主たる主上への敬意を表現したあと、ヤホウは呼ばれた理由を尋ねた。

「ルトと、フィオリナが結婚を延期したがっている。」

と、ギムリウスはいった。

なるほど。と、ヤホウは言った。

奇怪な主従は、暫し沈黙を続けた。


「で、」

「で、とは?」

礼儀正しく、ヤホウはカーペットを掻きむしった。蜘蛛の言語で先を、うながす意味である。

もちろんカーペットはズタズタになった。

ふたん、彼らの暮らしていた魔王宮では、カーペットなどなかったので、あるいはあったにしても迷宮の自動修復機能によって復元されるので、問題にはなかったのだが。


「だから、ルトとフィオリナは結婚を延期したがってるようなのだ。」

「それは、そうすればよいでしょう。」

ヤホウはたんたんとこたえた。


回答は間違っていない。

当事者がそう言っているのだ。そうすればいいし、それで終わりだ。


「ところが、なにかしらの理由を欲しがっている、らしい。」

「理由?」

花嫁と、花婿がそう言っている、ではダメなのか。それ以外になにかが必要なのか?


ヤホウはしばし、沈思黙考した。偉大なる主上ほど、人間を好きになれないのはこんなところに理由がある。


「わたしはそれを2人の事情以外のことで式を中止にさせたいのだ、と解釈した。」

「見事なご見識です、主上。」

ヤホウは、敬意を表すためのダンスを一通り行ってから

「それは、わかる話です。つまり、結婚の延期をたんに二人のワガママだと、捉えられたくないのです。」

ヤホウは、身を乗り出した。

ギムリウスの髪が触れそうな距離で、顎をガチガチと鳴らす。


華奢なギムリウスを、ヤホウが食べようとしているようにも見えたがもちろん、そんなこともなく。


「しかし、実際にはワガママだろう。ワガママをワガママと思われないために、ほかの理由を要求するなんて、」

なんて、ワガママなんだろう、とギムリウスは思った。

「なにか、よい『理由 』を設定できるか? ヤホウ。」


考えがございます。

と、言ってにっこりと笑ったのは、ヤホウが額につけた人の顔をしたお面だった。

どうようの気持ちを表現をするためには、蜘蛛言語では、当たりを、走り回って糸を吹きかける必要があったが、それをすると部屋が取り返しのつかない損傷をうけることが、ヤホウにもわかったのだ。

「式次第は、参加するひとと式を行う場所。これが不可欠です。」

それはその通りだ、とギムリウスは、おもった。

「ならばそれを無くしてしまえば、2人に関係のないところで、結婚を延期できます。」

「しかし、具体的にはどうする?」


「ここです!」

ヤホウは、足先の爪で招待状を叩いた。

「式場となるべき、ミトラ大聖堂。ここを破壊してしまえば、式は延期せざるを得ません!」

「妙案だ、ヤホウ。」

ギムリウスは褒めた。実は列席者を皆殺しにせねばならないかと、危惧していたのだ。だが列席者は、ルトやフィオリナ、そしてギムリウス自身をはじめとする『踊る道化師』や古竜、アウデリアなど殺すのも行動不能にするのもむずかしいものばかりだ。そこへいくと大聖堂はただの石造りの建物であり、壊すのになんの支障もない。


「ヤホウはよく、人間のことを勉強している。」

自分が「列席者を行動不能にする」プランしか思いつかなかったので、ギムリウスはそこは素直に褒めたのだ。

「ではさっそく、行動にうつろう。」


「はい、石材に対してのみ捕食能力を特化した眷属を用意致しましょう。

ゴウグレの緋蜘蛛の力を借ります。」


ヤホウとゴウグレは、もともと「知性」を持たせて創造した眷属だった。

ともにそっくりに作ったため(ギムリウスの観点からすると外見上の差は些細なことだった)何かと反発し、ついにゴウグレは、魔王宮を出奔して、邪神ヴァルゴールの使徒となっていた。

なんやかんやのゴタゴタの末、ゴウグレはギムリウスのもとに戻った。


そもそも邪神ヴァルゴール自身が、「踊る道化師」の一員となったわけなので、これは全く問題のない行動だった。

問題があるとすれば、またヤホウとゴウグレが反発することであったが、お互いにそこは仲良くやってくれているようだった。


ギムリウスは満足して、ヤホウに手配を任せた。

そうだ、これで一段落だな。ロウを誘って、ミトラミュゼという店に行ってみよう。

少なくとも、この時点では、ギムリウスはことが順調に運んでいるつもりでいた。



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