あのときは酔ってたなんて、そんな言い訳ひどいです!

邪神ヴァルゴールの恐るべき呪い絡め取られたぼくは、おんぶと抱っことどちらがいいかと迫るフィリオリナを振り切って。自分の足で帰った。


ドロシーは、明後日にはグランダに戻るという。少し時間を作れないかと聞いていた。

いろいろ誤解を解いておきたい、とそう言うんだけど、あんまり誤解するところはないような。

鎖骨の下のそれってキスマークだよねえ?


ちょっとひとりでいる。と言って校門でみんなと別れると、ネイア先生が待っていた。銀灰色の胸当てと手甲。兜は宝冠にも似たあっさりしたものだ。

「ルールス分校長が」

「それがネイア先生の『 聖櫃の守護者 』の武装?」

「あ、はい」

おへそが見えるのが気になるのか、先生は手で、そのあたりを隠しながら顔を赤くした。

赤面というのは、たぶん顔にある細かい血液の流れが関係してるので、吸血鬼が赤面するなどあってはいけない現象なのだが、そうなってるのだからしょうがない。


いつもの執務室ではなくて、リビングに通された。

ここはさすがに、実用一辺倒ではない。居心地の良さそうなソファをすすめられて、飲み物まで出された。

ルールス先生。

あなたそんな胸の開いた服持ってたんですか?


「ち、ちょっと今後のことを話しておきたい。」

「基本方針は一緒です。

冒険者資格が取れ次第、ここは卒業します。」

「そ、そうか。」

ルールス先生は悲しそうに肩を落とした。ついでにドレスの肩ひもも。

「十年もしないうちにいなくなってしまうのだな・・・」

「なんで! 今のカリキュラムなら1年あれば卒業できます!」

「くっ・・・卒業試験と称して『 戻らずの迷宮 』の攻略でもさせれやろうか・・・だめ!だめなの!そんなのこいつらなら攻略してしまう。」


「ルールス分校に冒険者資格を与える権限がないとか言って引き伸ばしても無理ですよ。

フィリオリナは、クローディア大公国の嫡子、無条件で冒険者資格が貰えらる立場です。」

「む、無条件じゃないもん!

パーティメンバーにその者を充分補助できる能力がないと危なくって冒険者資格を与えてないから」

言ってて途中で気がついたらしい。

「あぁ、それが踊る道化師なんだっけ。」

がっくりと肩を落としたルールス先生はなかなか儚げですらある。もともと、けっこう美人ではあるし、ただ肩ひもを直す振りをして谷間を見せるのがなんともあざとい。


「ネイアっ!」


ルールス先生は、声をあげた。

ネイア先生は、壁を向いて正座。両手で耳をふさいで。

なにがあっても見てません、聞いてませんのポーズだ。

でもふつうに「はい」と返事をしてこちらに向き直ったので

聞こえてるじゃないか。


「理詰めもダメ、色仕掛けもダメだったぞ。なにか次の策を」

「色仕掛けは無理だと申し上げました。」

よっこいしょと、ネイア先生は、ルールス先生の着崩れを直してやりながら言う。


「実際、ルールス分校から冒険者資格を、与えることが、出来るようにする件はどうなってるんです。」

「公式にはまだアウト。だが」

「だが?」

「に、睨むな!その目は結構怖いのだ。」

ルールス先生がじたばたしたので、スカートがめくれて下着まで見えてしまった。

まだ色仕掛けをあきらめて、ないのか。


「そういえば」

と、いきなり下衆な笑みを浮かべたルールス先生がぼくの顔を覗き込んだ。

「この前、渡したアレはちゃんと使っているか?

生活の基盤ができる前に、子供は作るものではない。ほらほら、足りなければまだ、たくさんあるから。」


うん、わかった。

ここは学校としてそもそもおかしい。


「提案です。」

「えっ・・・」ルールス先生は下を向いてもじもじした。

「その気になっちゃった、か。

あらためてそう言われると照れるなあ。」

「フィリオリナやロウとぼくを取り合うならかなりの覚悟がいりますね。」


ぐううっ。

とルールス先生は絶句した。


「ぼくの提案です。

ぼくたちに銀級の資格を与えてください。」

「だめ!」

ルールス先生がだだをこねるように手足をばたばたさせた。

「そしてたら出て言っちゃうじゃないかっ!

使徒の新入学生をネイア一人にまかせる気かっ!」

「大丈夫。ヤホウ先生もいますから。」

「あれは、蜘蛛の魔物なんだけど」

「あ、そうだ。アモンがレクスってよんでる竜人の使徒がいますよね。」

「あ、ああ。とんでもない、力を持っているな。いちど真実の目で鑑定しなければと思っていたのだか」

「ほんとに『 竜人 』だと思います?」


あ、あれも。

あれも、古竜かえ。

と、妙な昔言葉を混ぜながら、ルールス先生は、高そうなお酒をグラスになみなみとついだ。

ランゴバルドではぼくはまだ未成年だし、未成年に強い酒を進めるのは違反じゃないかなあ。


「もうなにもかも忘れたい。」

潤んだ目といえば聞こえはいいが、完全に、涙目であった。

「しこたま、さいいんざいをいれてあるので今夜はもういろいろ忘れたい。」

アルコール以前の問題だった。

「せめてお薬は抜きで」


けっこうご機嫌になるまでルールス先生に酔っ払っていただいてから、ぼくは要件を切り出した。


「ぼくらを銀級冒険者として卒業させたあと、あらためて冒険者学校で雇ってください。」

「おおっ、ええじよ。ここに残ってくれるってことだな?」

「まあ、個別には出入りはあると思いますが、ギルドに登録するのではなく、冒険者学校に所属する冒険者ということですね。」

「ギャハハっ」

それいいっ!もうさっいこー

「依頼内容としては継続で発生する業務として、ギウリーク聖帝国からのランゴバルドに対する不当な干渉の排除ということにしましょうか。」

「いいぞいいぞ、排除したれい!きひひひひっ」


「それで月々の見積もりはこの金額で。」

「おお、いいぞいいぞっ!サインはここでいいんだにゃ?」


無事に目的を果たしたあと、ぼくはルールス会長がつぶれるまで付き合った。


「ルトさまから、いちど、ルールスさまにお話ししてください。」

別れ際にネイア先生に言われた。

「なかなかタフな交渉をなさる方なのですが、色仕掛けで成功したことが一度もないのです。

もうなんか可哀想なのでやめるように、と。」


ぼくはしてやったりの気持ちで、ちょっと、気持ちが持ち直していたのだが、あとでフィリオリナに話したら、まあ金額的な面も含めてまあ妥当なんじゃないか、言われた。


案外、ルールス先生、酔ったフリだけしてたのかもしれない。

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