【第6部完】第200話 六人目の道化師

ランゴバルドの、治安局は頭が痛かったと思う。

ヴァルゴールの「使徒」にしか見えない百名以上を「人質にされていた被害者」として、保護したのだから。

かと言って、ヴァルゴールの使徒名簿がある訳でもない、信仰そのものは自由である。


しかもその大半がランゴバルドへの移住を、希望していた。


手に職があるものを除いては、冒険者の、資格でもとらしたら、ということで、ランゴバルド冒険者学校は殺戮という行動に禁忌をもたない、大量の新入生を受け入れることになった。


あまりにも怪しげな面子に、ジャンガ学長はまた、ルールス分校に押し付けたのだが、知らないよ。

ランゴバルドの銀級以上の冒険者で構成された討伐隊を退けた奴らなんだけど?



そんな事務的な折衝ごとに、何日かかかってしまった。

さて。


ここは迷宮ランゴバルド。

裁きの広場に、黒いマントのギムリウス裁判長がいる。

これを裁判というのかは疑問だが、なんだか、ギムリウスは、これが気に入ったみたいなのだ。

傍聴人席は。かなり、ひとが増えている。


ルールス先生がネイア先生共々、ご同席だ。

ボルテックとドロシー。エミリア。

12使徒を、初めとするヴァルゴールの使徒は今回は、遠慮してもらった。

もちろん、遠慮しろといっても言うことをきかないやつもいる。

一番、前の席で身を乗り出すようにして、うきうきわくわくの少年は、初見だがなんとなくわかった。

神鎧竜どのである。


彼もあっさり、冒険者学校に入学をきめ、別に招待もしないのに、ここに座っている。


しかし、こんな裁判が、あっていいのだろつか。


裁かれるのは「神」。

人間の決めた法の範疇を超える存在を裁いてどうする?ギムリウス。


ぼくら、「踊る道化師」はそろって裁判員席に座っていた。

そう、六人全員だ。


諸事情により、実際行動する補助メンバーは、ほかにいたっていいけど、基本はこの六人だから、ね。と、リウに念を押しておいた。


頼りない、という以前に裁判ごっこがしたいだけのギムリウスの補佐は、今回はヤホウとゴウグレだった。

ヤホウは相変わらずのまだらの蜘蛛に、頭頂部に人間のお面をかぶっている。

そんなヤホウをカッコいいと思うのか、ときおり、羨ましそうに見つめるゴウグレという不安でいっぱいの三匹だった。


「これより宗教裁判を始めます。」


なんだあれ?と隣りのロウに聞いたら、今日歴史で習ったところらしい。

ロウは勘違いにより、旧友にボコられて「血を全部吸ったあと、体の骨をばらばらにして、つなぎ直す」と言われたらしい。

工程はけっこう最後のほうまで進んでいたらしく、コートの中の体は一回り小さく、ときどき、ゴキって音が聞こえる。


しかし、ギムリウス。神さまを被告にたてるのが宗教裁判じゃないぞ。


間違えやすいとこだけど。



「異世界の勇者、アキル・ナツノメ。

あなたは、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


急ぎ、ヤホウがなにやら耳打ちした。正確には蜘蛛言語なので、耳打ちではなく、机を爪でひっかくしぐさだ。

ギムリウスがあわてたように別の書類を受け取る。


「異世界勇者アキル。おまえの正体が邪神ヴァルゴールだってこたあ、この桜吹雪がお見通しだ!

その所業、許し難し!

よって、市中引き回しの上、磔獄門! さらに遠島を申しつける!」


こんどは、ぎりぎり辻褄があっている。

市中引き回しは、こんな悪いやつがいますよーーーってことを晒し者にするため、街中を連れ回すことだ。

磔は、柱かなにかに身体を縛り付けてから、槍などで突く。獄門は切断した首をさらして、みんなに見せつけることだ。

本当はそのあと、流罪・・・・遠島はおかしいのだが、相手が神さまなので、まあ、そこまでしても生きてる可能性が大なので、復活しにくいように、首と身体を別々の島に送ってしまうのはありだろう。


「ちなみにその妙に芝居がかった言い回しは誰にきいたんだ?」


とリウが尋ねると、ギムリウスは胸をはって


「アキルです。」

と答えた。


当のアキルは、というと完全に手持ち無沙汰だった。

とにかく、どう反応したものか困っているらしい。


「アキル・・・ヴァルゴール・・・どっちで呼べばいい?」


とぼくが尋ねると、ギムリウスが「せいしゅくにっ!」と叫んだ。だが、一応言ってみただけで、たぶん静粛の意味を知らないで言ってみただけだと思う。


「アキル、のほうがいいかな。それに慣れないとね!」


異世界の女の子は、にこっと笑った。


「一応、判決は、くだったみたいだらから、そのとおりにすればいい?

刑罰が終われば、自由の身、よね?」


「なにがしたい? なぜ、次元をまたにかけて、自分と合一できる魂を見つけ出して、連れてきたんだ?」


「単純に言うとね。」

アキルは、さばさばと言った。

「あの世界では、わたしはあのあと、敵対組織の手におちて、惨たらしく殺されるわけ。

それこそ、体も魂までも穢されぬいて、ね。

わたしの家族や友人は人質にとられたあげく、殺されてしまう。


・・・でわたしは、世のすべてを祟る神になった。」


「・・・その世界、の話しだろう?」


「元いた世界を敵もろともに消滅させた私は、次元の狭間をさまよっていた。ずいぶん、長い時間だったかもしれないし、ほんの一瞬だったかもしれない。

狭間には、『世界』のような時間は流れてないからね。


そして、この地に降り立った。

・・・それが邪神ヴァルゴール。」


「つまり!」

ボルテックが身を乗り出した。

「アキルとヴァルゴールはもともと同一の個体だったということかっ!

いやしかし、それでも矛盾が残るぞ。

アキルが悲惨な死を遂げる前に、おまえ自身がアキルを救ってしまったのだから、アキルは、祟神にはならない。」


目の輝きが実直で女好き、豪放磊落な拳法家にはありえない狂的なものになっている。

ドロシーが若干ひいていた。ざまあみろ。


「そこらへんの考証は、魔道学者にまかせるわ。」

アキルは、肩をすくめた。こんなポーズはたしかに前のアキルはしなかっただろう、と思う。

元々が同一の個体であれ、「変化」はしたのだ。お互いに。

「ルトは、魔王宮でわたしに言ったよね。


生贄なんかいくら捧げられても、それはわたしにとってなんの足しにもならないって?

覚えてる?」


「覚えてる。」

ぼくはたしかにそんな内容の事を言った。

「できれば、二度と巡り合わないように祈ってるとも言ったがそっちは忘れてる?」


「祈りの対象は、神さまでしょ。

そっちは却下させてもらった。」


アキルは真剣な面持ちで、ぼくたちを見つめた。


「ルトの言うことはただしい。わたしは永久に存続し続ける命の一形態として自らの能力を高め、より強大になり続ける必要がある。

でも、わたしの信徒は、せいぜい意味のない殺人を繰り返して、それを贄として捧げるだけ。


なんの意味もない行動だと。」


「なら、なにをすれば、ヴァルゴールの糧となるんだ?」


「わからない。」

アキルは、困ったように、いや本当に困っているのだろう。しかめっ面をして、すねたようにぼくを見た。

「わたしは、人間として生きた期間が短すぎるの。せいぜい20年。

恋とかするまえに、そんなことができない体にされてしまったし・・・」

瞳に暗い光が宿ったが、すぐに消えた。


「だから、わたしは人間をやり直す必要があるの。世界をまわっていろんな人と知り合って、もっともっと人間のことを知る必要があるのっ!」


それはいい。


とってもいいことだね。


でもそれって、まさか・・・



「わたしを『踊る道化師』にいれてよ! ルトくん!」


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