第123話 演出する者たち
治癒魔法については、ドロシーはあまり詳しくない。
それこそ、おとぎ話やさまざまな英雄譚の中では、戦いの最中に、死に瀕した(あるいは死んだ)主人公やその恋人、呪文や祈りで仲間が奇跡の回復を見せたりするシーンはお約束だったが、現実にはそれは起こらない。
というか、似たようなことはできる。
切れた腕を生やすことは出来ても、それが元通りに動くとは限らない。
死んだ人間が蘇ったら、それは本当に元のそいつなのか? 医学、神学、魔法学の出した答えはグレーである。
なので、人は出来るだけ、死なないように戦うし、腕は切断して一から作り直すのではなくて、治療して使えるようにすることを目指す。
エミリアたちが帰ってだいぶ時間がたった。
翌々日の試合相手の看護師に、看病してもらうのは、不安だったが仕方ない。
一応、仕事はちゃんとしてくれていた。手も足も動かない。と言うより、首から下の感覚がまるでないのだが、これは、わざとやっているそうだ。
動こうと思えば、苦痛になるだけだし、骨がズレれば回復は遅くなるから。
と、リアさんは言った。
少しだけ、話をした。
おもにドロシーが、自分の話しをしたのだ。
魔法を学んでいたが、主筋の子爵家のお家騒動に巻き込まれて、勘当されたバカ息子ともども冒険者学校に放り込まれたこと。
そこで、ルト、という少年と知り合っていろいろ面倒を見てもらってること。
(実はこのとき、ドロシーの命の危険はこの日MAXだったのだが、本人は当然知らない)
リアは、へえ、ルトが、ねえ。
とだけ呟いた。
リアが立ち去った後は一人にされた。
部屋の明かりは落とされて、傍の宝珠がゆっくりと点滅を続けるだけ。
眠るべき。なのだろうが、眠れなかった。
あのジウルという男のことが心から離れない。
あれは。
人間だ。ロウさまのように最初から人外のものではない。でもその力は、ロウさまをも凌駕していたようにドロシーには感じられた。
ジウルに、抱きしめられた、壊されたとき。
体が砕ける。今までの自分を形作ってづくいたものが、崩壊していく中で感じたもの。
ドロシーは、性的な意味での歓喜の絶頂をまだ知らない。
だが、ジウルとの行為に感じた苦痛の果てにあったものが、あるいは、それなのではないか。
何者も恐れぬ太い笑み。
「いい女じゃないか」
そう囁いてくれたその声。
思い出すだけで、身動きひとつできないドロシーの体の中で熱いものが蠢いていく。
それは、彼女が彼を女として受け入れる準備なのだろう。
ああ、口の中がカラカラだ。
誰かーーーー。
「よお。」
目の前にたった今、妄想に耽っていたその顔があった。
身に着けているのは、短いそでの白いシャツ。ボタンが無造作に外されていて、逞しい胸の筋肉と彼女を敗北に追いやった太い腕は半ば剥き出しになっている。
そのまま、点滅を続ける宝珠を見やって、ふむふむと頷いた。
「経過は悪くない、が。もっと鍛えねえとな。
この程度ですんだのは、あの銀のスーツのおかげだぜ。あれがなければ、人間の形を留めておけなかった。」
「負けた相手にずいぶんなこと言いますね。」
「へえ。いい顔で笑うじゃねえか。」
ジウルは、ドロシーの額を触り、頬を撫ぜ、そのまま掌は、触れるか触れないかの微妙な距離を保って、のどを、肩を、胸を、お腹を、腰回りを撫でていく。
触れた感触はなく。ただ手のひらの温かみだけが。ドロシーの肌に残った。
「順調、だな。
ベッドから起き上がれるまではざっと10日だ。対抗戦の間は、ここで我慢するんだな。
ハルト、いやルトのやつは、ウィルニアに殺到する苦情を裁いてる最中で動きがとれん。
なので、ちょいと俺がかわりに様子を見にきた、と言う訳だ。」
「お医者さまの心得もあるんですね。」
「よく見てやがるな。
まあ、俺のことはルトに聞いてくれ。話していいと思えば話すだろう。
なにかいるものはあるか?」
「そうですね。」
ドロシーは、舌で唇を舐めた。
「喉、が渇きました。」
「水は飲ませても大丈夫だ、用意する。」
ジウルのかざした手のひらに、水のボールが生まれた。
「少し冷たいな。体温くらいに温めるか。」
「そうではなくて。」
ドロシーは、口を開いた。舌を突き出すようにして。
「あなたから直接ください、ジウルさん。」
男と女の視線が絡み合った。
そして、互いが互いを欲していること。
それだけを確認した。
一瞬の沈黙の後、ジウルは、しかし、楽しそうに笑った。
「なるほど。
ルトが苦戦するわけだ。
ひとつ提案をくれてやる。
おまえ…
俺の弟子にならないか?」
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