第89話、最後のダンスは憧れ続けた彼女と一緒に ~1

「ゾールを追わなくていいのか!」

エミリアが食ってかかった。


「ここは『迷宮ランゴバルド』。

隔絶化されたひとつの世界だからねえ。


たかだか、擬似空間を作り出す程度の能力では・・・・」


ぼくは、首を振った。


「逃げ出すことなんかとてもとても。」


「しかし・・・ここは広いじゃないか。」

エミリアは最もなことをいう。

「建物もたくさんある・・・もともとのランゴバルドを模して作っているんだろう?

逃げ込む場所だっていくらでもある。


それに・・・まさかと思うが。」


「あ、神竜の鱗を持ち逃げされてる。」

ぼくは今更ながら気がついた。

「なかなかちゃっかりしてる。戦闘センスもいいし。」


「あれは、天才だな。」

リウも誉めた。

「うちのラスティに似たタイプだ。才能はいいがちゃんとした指導者がいないと変な方向に伸びる。」


「第七層であった竜姫さんですか。そういえば、水着というのもぎりダメなとんでもない格好だったなあ・・・」


「あれでもまだアモンがついていたから、だいぶマシなんだぞ。

一人だけで知性を持った竜は、たいてい、周りがとんでもない下等生物に見えて、必ず人間と一悶着を起こすんだ。」


「世間話を始めてる場合ですか、リウ!」


エミリアは言った。

足元には、本当にただの骸となった紅玉の瞳が倒れていたが、それには全く感慨はないようだ。


後で、思い出して泣くのだろう。

それでいいのかもしれない。


「新たなる『紅玉の瞳』としては」

ロウが、残骸の中から顔を覆っていた仮面と、「神竜の鱗」を取り上げた。仮面を自分の顔に装着する。

「全て神竜の鱗を回収し、廃棄することが、目的だったことにする。

エミリア、気絶してる連中が目を覚ましたらそう伝えろ。

我らの新たなる王、バズス=リウの意思だ、とな。


だから我々は・・・・」


力を込めたロウの指先で、神竜の鱗は・・・砕けなかった。


「リウ・・・これ、硬い。」

「それはそうだ、アモンの鱗だからな。」


リウの剣が煌めいた。

鱗が千々の破片に、砕けた。


「し、しんりゅうのうろこ、が」

エミシアが呻く。


「くだらない。」

リウは呟いた。顔色をかえたエミリアに、王の笑みで応える。

「こんなものがあるから、いらぬ争いがおきる。身体から溢れるものはいたしかたないにせよ、いま大事に祭りあげられているものくらいは、いったんご破算にしておこう。


・・・と、言ってたぞ。アモンは。」


「リウさまは、まるであの竜人がリアモンドその人であるかのようにおっしゃる。」

エミリアは反論しようとしたが、ふと気がついた。

この場にいる古竜を振り返る。


ニフフは、呆然と口をあけたまま地面にへたりこんでいた。

ラウレスは、現実逃避するために、石畳のヒビ割れを数える作業に集中している。


「ラウレス!」


「このヒビは実に興味深い。衝撃によるものではない。もともと二つの材質のものがなんらなの要因でひとつになったのだ。それが温度差により」


「ラウレスってば!」


本当は敬語を使うべき相手なのだろうが、目下、黒竜に2連勝中のエミリアは容赦しなかった。

胸ぐらつかんで立ち上がらせる。


「教えて!

アモンがリアモンド、なの?」

「もう鱗の1片なんてどうでもよいじゃない?」


なんとなく、なよなよとラウレスは呟いた。


「無数の鱗と目玉と牙と爪と心臓もそなえたやつが地上を闊歩しているのだもの。

いまさら、鱗の一枚二枚がいったいなんだっていうのよ。」


「あ、あなたたち、いったいなによ!」


エミリアは今度はぼくの胸ぐらをつかんだ。

なぜ、ぼくに。


「真祖に、神獣に、神竜!!

今度は、リウがほんとに魔王バズズ=リウだっていいだすんじゃないでしょうね!?」


ケラケラと笑い出すエミリアは、だいぶ正常とは程遠い。

ぼくが、見てられなくてうつむいて黙ったのを見て、エミリアは悲鳴をあげた。


「そうなの!?」




ゾールの作り出す空間はそれほど広くない。

二頭の古竜が本来の姿に戻るには、あまりにも狭かった。

勢い、ゾールは、剣をとりだす。

ゆるく、反りをもった片刃の剣で、自らの血と鱗を媒介にしている。


流儀は学んだ。

ミトラ真流。


奥義「瞬き」を竜の速度で使えば、いかに相手が同格の古竜といえども、回避も防御も間に合わず、棒立ちのまま、一撃をうけるに違いない。

アモンは、ゆっくりと足をあげ。


そして、床を踏み鳴らした。


奥義といえども、歩法の一種である。

揺れる地面に足をとられて、ゾールは大きくよろめいた。


「人の姿をとるということは」


アモンが一瞬で間をつめる。それはミトラ真流の「瞬き」に似ていた。

偶然なのか。それとも勇者クロノの歩法を見て、それを真似たものなか。


「二本足という極めてバランスの悪い姿勢を常時とり続けることにほかならない。

完全な静止はあり得ず、常に次の動作の準備のためにバランスをとり続けている状態だ。」


ゾールの腹が掌の形に凹んだ。体を二つ折りにして、吹っ飛ぶ。


・・・・言っておくが「寸止め」である。

アモンの掌底の風圧だけで、ゾールの竜鱗の防御を突破し、その体を吹き飛ばしたのだ。


だが、ゾールの得手は超回復。

どんなダメージを食らっても、少しずつでも相手にもダメージを与えられれば、いつかは逆転できる。

少なくとも古竜同士であれば。


ゾールの鉤爪になった手から、ブレスが発射された。


光の放流は、首を傾げてそれを避けたアモンの頭髪を数本切り取っていった。


「やるではないか。」


アモンは楽しそうだが、実際に彼女は楽しんでいる。

再び、瞬きを使っての接近。今度の打撃は腕によるものだった。

五本の指。手首と肘に関節を備えた人間の腕。


しかし、ゾールはそこに、竜の尾を幻視した。

鞭のようにしなり、しなることで加速していく避けようのない一撃を。


咄嗟に、頭をガードしたのは間違いではないだろう。

だが、ガードしたゾールの左手を粉砕し、そのままゾールの頭は、床に叩きつけられた。

顔半分が床にめり込む。


超回復。


気を失っている暇すらない。


この戦いが命懸けのものであることをゾールは少なくともこのとき、理解した。跳ね起きつつ、擦り上げるように放った剣は、アモンの拳に弾かれる。

竜鱗の防御を示す虹の輝き。


こいつの鱗はわたしのものより硬い!


ゾールはうめく。だが、絶望にはまだ早い。試すべき手段はまだいくらでもある。

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