第79話 紅玉の瞳
エミリアは、三度、音波による攻撃をしかけようとして、三度失敗した。
厳密には、失敗は、していない。
すべて、「効いて」はいる。
だが、打たれることを事前に察知した格闘家が、打たれる準備をするように。
目の前の少年は、打たれることを覚悟し、それにそった回復術式を施している。
ならば、打撃による攻撃はどうか。
最初の不意打ちがまともに急所にはいったはずなのに、なんの痛痒も与えていないところを見ると、ムダ、なのだろう。
あとは、リウから学んだ棒術と魔法の複合技。
だがこれは今は使いたくはない。
見ているものがいるから、だ。
とんとんとん。
棒で床を突きながら、頭を垂れる。
「この痴れ者を捕らえたいと思います。
力をお貸しください。」
同時に現れた人影は。十を越える。
おそらくは、早い時点から警備員と、入れ替わっていたのだろう。
全身を、かくしたロープ姿だが、裾から脇から警備員の、制服がちらほらと見える。
最後に空間がゆらぎ、こがらな影があらわれた。
「このものが昨今、ランゴバルドを、騒がす黒蜥蜴、にございます。」
エミリアは跪いたまま、そう述べた。
「つい先程、屋上より侵入。わたしのクラスメイトの、ひとりに成り代わって『神竜の鱗の間』に向かったところを襲撃いたしました。」
「おぬしのツレはどうしている?」
「は、おそらくこの男が冒険者学校の制服を剥ぎ取る目的で拉致し、館内のどこかに監禁されているのかと。」
「おそらくでは、話にならん。」
嗄れた声は、感情を表さず、淡々としていた。
「黒蜥蜴よ。冒険者学校の生徒をいかにした?」
「彼ならは、わたしと服を交換して、北階段へ。」
少年は答えた。
「何のために?」
「それはこちらが聞きたい。」
少年は薄く笑った。
「その少女・・・・エミリアとか言ったな。
いかにもわたしは『黒蜥蜴』を名乗っていてランゴバルドの夜を騒がせていたものだ。
そのわたしを襲ったならば、話はわかる。
だが、違うな?
おまえはわたしの後ろ姿しか見ていない。
わたしをルトだと信じ、攻撃してきたのだ。」
全員の視線は、今や彼・・・黒蜥蜴、ではなく、エミリアに向かっていた。
「言い訳はできんぞ。なにしろおまえは、わたしを『ルトだと思って」付けてきたんだからな。もともとおまえの担当は別の階段だったはぅだ。」
なぜ、クラスメイトであるルトを狙った?」
エミリアは下を向いた。
相手が黒蜥蜴だけなら反論もしただろうが、仲間達の前ではそれもできなかったのだろう。
「・・・・ルトが言っていました。『神竜の鱗』はすでに自分が盗み出して預かっている、と。」
一同に声にならないざわめきが漏れた。
「それを力ずくで奪おうとしたのか?
奪ってどうするのかな、お嬢さん。」
「わかった。ここから先はわたしが話そう。」
小柄な影が歩み出た。
「ゆっくり話をしている場合ではないが、睨み合っていても先がすすまん。
まず、自己紹介じゃ。我らは、ロゼル一族。上古の昔から続く秘密結社の末裔よ。
わしはその首領、『紅玉の瞳』という。」
「なるほど。わたしは怪盗『黒蜥蜴』。
賊に名乗る名はそれで十分だろう。
馴れ合うつもりはないが、いきなり殺し合うつもりもない。
正直なところ、いくつかの筋からその『神竜の鱗』を守れだの奪えだの言われて四苦八苦しておった。」
「ほうほう。興味深いのう。どこからじゃ?」
「守れと言われたのは、深淵竜ゾール。盗めと言われたのは、いや、正確には盗むふりをしろと言われたのは、今話が出たルトから、だな。」
「面白い。面白いな。黒蜥蜴。」
そう言いながらも「紅玉の瞳」の声は平坦で感情というものを表さない。
「我らに、『神竜の鱗』を集めるように命じたのは、まさにその深淵竜ゾールよ。
竜の都の一片、東の王家の一片、海底に沈んだ一片をそれぞれ見せて、残り二つを手に入れれば、まとめてくれてやる、と、そう申した。」
「わからない。」
と黒蜥蜴は、むすっとした顔で答えた。
「なぜ、おまえたちは鱗を集めるのだ。まさか神竜を呼び出して、願いを叶えてもらうなどという馬鹿なおとぎ話を信じているのではあるまい?」
「信じている、と言ったら。」
『紅玉の瞳』は淡々とそう言った。
「ならばおまえのところのエミリアが、ルトを襲って鱗を奪おうとしたのもわかるな。」
「いやわからん。」
『紅玉の瞳』は傍に跪く、エミリアをジロリと睨んだ。
「そのルトという坊やの話を、わしはこれから何も聞いておらん。
それならそれで、やりようはいくらでもあった。」
「エミリア。神竜の鱗を一族に隠して、手に入れ、何をするつもりだったのだ?」
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