第46話 錯綜する思惑
「クリュエルさん!」
神竜の息吹の若いの。つまり、冒険者学校の「神竜騎士団」から持ち上がった連中は、基本役立たずだ。
イキがって街をブラついてみたり、ギルドの酒場でたむろして一日過ごす。
荒事にも人数合わせ以外には使えない。
クリュエルは彼らからは、一目置かれている。
行きつけの酒場で、見つけた若い冒険者は、直立不動でクリュエルを迎えた。
「もう怪我は大丈夫なんですか?」
「ぼちぼちな。」
クリュエルは、相手の肩を叩いた。わざと強めに叩くのがコツだ。
「まだ入院中の奴らもいる。動けるのはこいつらだけだ。
で、神竜騎士団の現役の団長と副長にも人数合わせで手を借りている。」
若僧は、現役の二人にはちょいと頷いてみせただけだった。
クリュエルの見立てでは、メイリュウはかなり使える。少なくとも対人戦闘に限れば、すぐにでも配下に欲しいくらいだ。
だが、「神竜の息吹」の連中にとっては、ボスの女、数ある女の一人に過ぎない。しかもこのところはあまり、気に入られていない。
支払いの拒否と呼び出しに応じなかったことは、まだこの下っ端には伝わっていなかった。
知っていればまた違う対応もしただろうが。
「一杯おごらせてくださいよ。」
「いやまた別の仕事を仰せつかっていてな。」
「さすがは、クリュエルの兄貴だ!」
彼が「決闘」の助っ人に出て、見事に負けとことろまでは知っていた。
ならば、傷も癒えぬ間に、つぎの仕事に駆り出されるのは、一種の懲罰なのだろうと、この若僧は思ったが、クリュエルに面と向かってそんなことを言う勇気はない。
「人探しだ。一昨日、拉致った冒険者学校のガキが逃げ出したって話でな。」
「ええっ! そうなんすか?
知りませんでした。
拉致ったガキなら、なんだかボスに上手く取り入って、すっかり気に入られたって聞きましたぜ。
少なくとも昼までは、本部にいたはずです。」
「それがまんまと、こっちを騙しやがったわけでな。」
クリュエルは、わけの分からない状況に困惑しながらも表情にはださない。
「もう一度、とっ捕まえろというご命令だ。
内々で動いてるんで、今日一日は内緒にしとけよ。」
「へい、わかりやした。」
クリュエルは、冒険者の資格こそは持っていたが、もともとが裏社会の人間だ。
実際に、前の仕事で危ない橋を渡りすぎたため、故郷のミトラに居られなくなり、わざわざ北のグランダまで行った。
冒険者登録するのに、いやに簡単なギルドがあると評判だったのだ。
噂は本当だった。
グランダの資格は本当は西域では使えない。
ランゴバルドに来てから、あらためて「錆」として資格を得たが、それでも全く資格のないものより審査はよほど軽い。
「神竜の息吹」は以前から知っていた。
ミトラの聖光教会総本山の息のかかった半ば裏社会に、属するギルドだ。
すぐに鉄級まではあげてくれた。
だがそこまでだ。
他の街に行っても「一流」と見なされ、高待遇がうけられる銀級には何年たってもあげてはくれなかった。
支払いも吝い。
通常は、依頼料はギルドと冒険者で折半。
二割は前金で寄越す。
それは、準備のための費用でもあり、失敗し、負傷者が出たときの治療費にも当てられる。
「神竜の息吹」は前金はゼロ。当然失敗したらゼロ。成功報酬は、依頼者が支払ったものの一割程度である。
しかも、依頼料は失敗しようが100%取り立てる。
こんなギルドに依頼するものなどいるか、と言いたくなるが、実際依頼は、グレーのもの、限りなく黒に近いグレー、真っ黒なもの、の3パターンしかない。
今回、クリュエルたちが受けた決闘の助太刀はもともと冒険者学校のOBにのみ認められたものであり、これはいくら「神竜の息吹」そのものが冒険者学校の卒業生が設立したものだから、と言い張っても「限りなく黒」に違いない。
「なにがどうなってるんだっ!」
酒場を出るやいなやそう叫んだのは、メイリュウとクリュエル、サオウに。
早い話が全員であった。
「もう任務は完了、でいいんじゃないか?」
と、言ったのはクリュエルだった。
依頼料の、残りを受け取ってとっととランゴバルドを、離れよう、そう思っている。
「依頼内容は、『無事に連れ帰る』だ。」
メイリュウはややそっけなく言った。
「少なくとも、ルトを学校に戻して、リウたちに合わせなければ、任務完了にはならない。」
「どうすんだ。本部まで様子を見に行くしかねえが、おまえたちはいま、顔は出せねえだろう?」
「決めた。」
メイリュウの目がすわっていた。
「1000万ダルはルトたちに払わせる。」
何を言ってんだ、この女は。
全員がそう思った。
事実、そんな話し合いがもたれていたことを彼らはこのあと、知ることになる。
ドロシーは思う。
強くなりたいわけではない。
でも自分の能力を高めたいとは思う。
自分自身のために。あるいは自分の愛するもののために。
彼女の愛は、いまのところ、幼なじみの子爵家の愚息にむいている。
彼は大きくかわりつつある。相変わらずわがままで、ばかで、でも剣の腕前はたしかにあがった。
再生させた手の指はまだ、自由には動かない。
だが、残った指だけで、模擬刀で突きの稽古をはじめた、マシューにドロシーは胸が熱くなるのを感じている。
これが、愛なのだと思う。
一方で。
これはなんなのだろう。
「だいたい、なんだ、あのリンド式サンダーアームスープレックスというのは?」
アモンは楽しそうに言った。
年齢不詳。人間ならば20代前半の美女というところだが、竜人の年齢は実のところよくわからない事が多い。
胸とお尻に量感はあるものの、腰回りはきれいにくびれている。
かといって、筋肉がないわけではない。
制服を脱いだ、両腕と両肩は健康そうな筋肉がしっかりとついていた。
ぐるぐる肩をまわすたびにそれが胸と一緒に躍動するのは、見事なもので、ドロシーは自分のやせっぽちの身体をちょっとはずかしく思う。
「リンド式サンダーアームロック。」
訂正してから、ロウ=リンドは、ふむ、とうなずいた。
「・・・なるほど、腕か両肩を極めてから、投げ飛ばすと同時に電撃魔法攻撃・・・・
ありだな!」
「その理屈でいく、とだ。」
アモンがビュッと右手のこぶしを突き出した。
「必殺!ドラゴンパーンチっ・・・というのもありになってしまうのだが。」
「・・・ちょっと馬鹿みたいに見える。」
「お互い様だが?」
ロウ=リンドは真祖という特別な吸血鬼だという。
あのネイア先生が、敬語を使っていた。
そのロウとため口で話すアモンも、ただの竜人ではないのかもしれない。
そういえば、入学試験のときの黄金級冒険者が、アモンを見て顔色をかえていた。
その二人がそろって、体術の指導をしてくれるのは、とてもありがたい。
自分のなかの可能性がどんどんひろがっていく。
机にかじりついて魔術の研究ばかりしていたついこの前とは、ぜんぜん違う。
先がよく見えないけど、ワクワクする日々。
しかし、なぜ。
稽古のたびに、自分は全裸に剥かれるのだろう。
「魔法で毒は合成できる?」
「はい。でもわたしの魔力では、強い毒はつくれませんが。」
「ふむふむ。」
ロウは、手をあげた。
いつもは健康的なピンク色の爪が、鉄の青黒さを帯びてナイフのように伸びていた。
「じゃあ、氷魔法でこんなのを作ってみようか?」
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