第3話 アウラの提案
日が落ちかかる頃に、ぼくらは、またギルドを訪ねた。
入口は、重い木戸で、そのまままっすぐ奥に受付や、収集品の買取所、依頼が貼り付けられた掲示板があり、その左奥が、酒場になっていた。
アウラさんの姿を探したが、むこうからこちらを見つけて、手をふって迎えてくれた。
酒場の奥の丸テーブルに陣取ったアウラさんは、先ほどと同じ白のシャツで腕まくり。
下はタイトな黒のミニスカートで、そこまで肌を出す習慣のないぼくは、目のやり場に困った。
「これがルトくんのパーティ?
はじめまして、わたしは当ギルド『夜想香』の受付をしてるアウラ・べプラ。」
まあ、座ってと言いながら、アウラさんは、給仕を呼んで人数分の飲み物を注文してくれた。
わたしのおごりだから、といたずらっぽく笑った顔は、かなり魅力的ではある。
運ばれてきたのは、白っぽい炭酸のきいた酒だった。甘酸っぱい味がした。
アルコールは、高くない。
おそらく、ぼくやリウ、ギムリウスをみて、未成年だと判断したのだろう。
だされた飲み物にケチをつけるようなやからはとりあえず、ぼくらの仲間にはいなかった。
席についたぼくらをぐるりと見回して、アウラさんは単刀直入に言った。
「さっそくだけど、きみたち人間じゃあないよね?」
ロウが、頷いてストールをずらして尖った犬歯をみせた。
「ロウ=リンドだ。」
「家名持ちの吸血鬼さんね。そっちの美人のお姉さんは?」
言われたアモンは、すっと手の甲をかざす。
白い肌に一瞬、輝く鱗が生じて、消えた。
「アモンという。」
「わたしは、ギムリウス。こういうものですね。」
ギムリウスがサングラスをはずす。
その目の中には瞳が7つ。
それぞれが違った色で、くるくると回っていた。
「吸血鬼に竜人、見たこともない亜人か。
それにかかなりの魔力持ちがふたり。
まって!
ギムリウスって上古の時代にいたあの蜘蛛の神獣ギムリウス?」
「はい、そのギムリウスです。」
「なるほど、北の辺境にはギムリウスがを奉じる一族が残ってたわけね。
その目は神獣の加護ってことか。」
ぼくとリウは顔を見合わせた。微妙に違うのだがあえて突っ込まない方がいい、と視線で会話する。
アウラさんは、人外三名については、もともとが迷宮に侵入して、魔物を狩る種族なのだ、と理解している。
確かに、魔力、体力共に人間をはるかに超える竜人などには、そうやって闘争本能を満足させ、富を得るものも少なくない。
その場合は、人間が運営する冒険者ギルドにいちいち登録するかどうかは本人次第だ。
もちろん、勘違いなのだが、訂正すればさらにややこしいことになるので、ぼくもリウも黙っていた。
「さて、ルトくんから聞いていると想うが、グランダの発行した冒険者証は、ここでは正規のものとは認められない。
あそこは、冒険者ギルドの国際協定に加盟していないのでね。」
「グランダは、他ならぬ初代勇者が築いた国なんだが。」
リウが言った。
「千年も昔の話でしょ。
それに、初代勇者もそのパーティ仲間も、この西域の出身者だわ。
それでも一時までは、グランダの冒険者証もある程度は通用してたの。参考程度には。
でも五十年まえに『魔王宮』が閉鎖されてからは、ずいぶんとグランダの冒険者の質もさがったみたいね。
いまでは、グランダの冒険者証は、紙切れくらいの扱いにしかならない。
ホントの新米冒険者として、『錆』級からスタートしてもらうことになるの。
わかる?『錆』級って。」
リウはわかっていないと思うし、アモンやロウはわかっていてもどうでもいいと、考えていそうだったので、ぼくは急いで言った。
「冒険者のランクですよね。
上から金、銀、銅、鉄、真鍮、錆です。
錆は、見習いみたいなものですよね。たしか受けられる依頼も掃除やら荷運びやら。」
「まあ、荷運びはなんどか依頼をこなして、信用できるかどうか確かめてからになるわ。
あなたたちは紹介状もないし、まして、い・・・遠い異国の出身だから。」
いなかもん、って言おうとしたな。
「そうすると出来る仕事は?」
「まずは、下水溝の掃除、これはときどきスライムがいるので、倒せたら倒して核を回収してもいい。
けっこう実入りのいい仕事なんで毎朝取り合いになるわ。
それから、女性限定だけど、夜の店の客引きって仕事もあるわよ。
あなた方は美人だし、いいかせぎになると思う。
水着みたいな格好をさせられるけど、店の中で相手をするよりは安全よ。」
「まあ、わたしは普段からこんな格好なのだが。」
アモンが立ち上がって、くるりと回ってみせた。
肌にぴったりした薄物は、アモンの体のラインをまったく隠していない。
「例えば、いっさいがっさい、無視して、我々が迷宮にはいって階層主の首をあげてきたら?」
リウがそう言うと、アウラさんはため息をついた。
「犯罪になるわね。資格をもたないものの迷宮への不法侵入は、5年以上の懲役刑になるわ。」
「なにか間違ってるような気がする。」
「一攫千金を望むのは勝手でも、安全性はそれなりに担保される必要があるの。
ここは、文明国なので。」
「ぼくたちの能力をテストしていただくことはできませんか?」
話が険悪になりそうだったので、ぼくは慌てて言った。
「魔法でも剣でも。
銀級は無理でも鉄級や、せめて真鍮級の実力があることを証明してみせます。」
「ざあんねん、でした。少年。
冒険者者ひとりひとりにいちいちテストなんてやってないのよね。
コストがかかりすぎる。」
「それじゃあ、結局、錆級からはじめるしかないってことですか?」
あぁ。冒険者の国ランゴバルド最後の日が近づく。
「それも難しいでしょ。
あなた方がただもん、じゃないのはわかるわ。
魔王宮の中で出会ったのよね?
第何層?」
「ギムリウスが一層で、ロウとアモンが二層、かな。」
ぼくは嘘は言ってない。
言いにくいことは言わないだけで。
「ただならぬ魔力をもった坊やを、呼び出してみたら、パーティメンバーは、吸血鬼に竜人、亜人、もうひとりもそれ以上の魔力を秘めている、と。
こんな連中を錆からスタートさせたらギルドの名折れになるわ。」
「でもグランダの冒険者証は無効なんですよね。」
「それはその通り。」
「なら、堂々巡りじゃないですか?
ぼくらにそれなりの実力があるのがわかってて、錆級からのスタートも難しい。
でも、上のクラスにするのも出来ないってことじゃあ…」
「そう、それで提案だ。」
アウラは少し前屈みになって、ぼくとリウに胸の谷間を見せつけるようにした。
「きみたち、学校に通ってみる気はない?」
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