第34話 その夜のこと 2

 交代の時間がきた。


 次はフォシアとバレートである。けれど、フォシアと話したいことがあるので、彼女のみ俺は起こした。


 焚き火の前で、俺とフォシアは並んで座った。いつにもましてフォシアは黙ったままである。


 沈黙にたえきれなくなった俺は口を開いた。


「あの……あのさ」


「な、何?」


 焚き火を見つめたままフォシアが声をかえしてきた。


「あの……昼間のことなんだけど」


「昼間のことって……あ、あのこと?」


 思い至っているのだろう。フォシアが聞き返してきた。顔が赤くなっているが、炎の色に染まっているためなのかもしれない。


「う、うん、そう。あれってさ、どういうことなのかな?」


「どういうことって?」


「あの……つまり、強くなりたかったら……その、フォシアとさ……あれはどういうことなのかなって……」


 どう訊いたらいいのかわからず、もごもごと俺はいった。フォシアは思い詰めているかのように黙ってしまった。けれど、やがて決心したように俺に目をむけてきた。


「わたしには力があるの」


「力?」


「そう。人を強くする力が。素早く、強靭になるの」


「素早く、強靭に……」


 俺はうなずかざるを得なかった。


 現代の東京で聞いたなら、笑殺していただろう。けれど、ここはファンタジー世界といってもいいムヴァモートだ。そのようなこともあるかもしれなかった。それに、現に俺はフォシアとキスして強くなったのだ。ただ──。


「俺、実は以前にも同じ感覚を覚えたことがあるんだ。あの時も、もしかしてフォシアがその……してくれたのか?」


 俺は訊いた。するとフォシアは小さく首を横に振った。


「あの時はわたしの血を飲ませたの。わたしの体液にそのような効果があるから」


「体液って……まさか」


「そう。キスもそうよ。口づけしただけじゃ、強くなれない。わたしの、その……」


 フォシアが声を途切れさせた。恥ずかしそうにうつむいている。さっきよりフォシアの顔が赤くなっているような気がした。


 フォシアのいわんとしていることに気づき、俺もまた顔が赤らむのを覚えた。まともにフォシアの顔が見れない。


 唇をあわせるだけでは強くなれない。強くなるためにはフォシアの体液を摂取しなければならないのだ。つまりはフォシアの唾液を飲むということである。


 あの時のことを俺は思いうかべた。確かにフォシアは俺の口の中で舌をからめ、唾液を送り込んできた。


「じ、じゃあ、俺が強くなるためには、そ、その……毎回フォシアとキ、キス……そ、それもデ、デ、デ、ディープキスしなければならないってこと?」


 しどろもどろになりながら俺は訊いた。するた、こくりとフォシアはうなずいた。


「それが一番簡単な方法。血を飲めば同じ効果は得られるけど、すぐに摂取する必要があるの。劣化するから。保存は無理なの」


「そ、そうか。でも、フォシアはこれからも俺を強くしてくれるのか? つまり、あの、俺と……」


「いいよ」


 幼い少女のように小さくフォシアがうなずいた。


「ハルトが嫌じゃなかったら」


「い、嫌だなんてとんでもない!」


 俺はぶるぶると頭を振って否定した。振りすぎて頭がくらくらしたが。


 地球にも天使や妖精と称される美少女がいる。が、フォシアの美しさは彼女たちのそれを凌駕していた。もし地球に転移するようなことがあれば、間違いなくトップクラスの存在となるだろう。


 そして、このムヴァモートにも絶世といっていい美しい女性がいる。エルフと呼ばれる亜人たちだ。彼女たちは人間離れした美しさを持っていた。


 そのエルフたちの美しさですら、フォシアは凌駕していた。フォシアの美しさは神々しいといっても良いほどだったのだ。


「でも、その、フォシアはいいのか。キスってやっぱ好きな人とするものだろ。それなのに、いくら俺をたすけるためとはいえ、おれとキスするなんて」


「わたしは……いいよ」


 ぽつりとフォシアがこたえた。そらから窺うように俺をちらりと見る。


「俺は」


 ほっと俺は息をはいた。そして頭を下げた。


「これからもよろしく」


 それはそうと、と俺は言葉を継いだ。


「どうしてフォシアにはそんな力があるんだ? そりゃあムヴァモートは魔法とかあって不思議な世界なのはわかるけど……」


「それは、あの……」


 フォシアはこたえをつまらせた。何か逡巡しているようだ。


「ふぁーあ」


 声が響いた。欠伸だ。振り返ると、バレートの姿があった。


「なんだ。ミカナはもう寝たのか。だったら起こしてくれればいいのに」


 俺を見つけ、バレートがいった。


「いや、ぐっすり眠ってるんで、さ。起こしちゃ気の毒だと思って。起きたのなら交代するよ」


「ああ。あとは任せろ」


「頼んだ」


 いうと、俺は立ち上がった。

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