俺のシンなる冤罪に/・/ボクはシンなる救済を

支倉文度@【魔剣使いの元少年兵書籍化&コ

第1話 イカれた世界の幕開け

 とある高校の2年生のひとクラスが、異世界へと転移された。

 転移術式を発動させた王族側の理由は至ってシンプル。


 転移した際に付与された異能の力で、魔王や敵国を倒してほしいとのことだ。

 ネットなどで話題になっていた異世界転移というものが現実のものになり、生徒の多くが期待に胸を膨らませ、中には発狂したように喜びだす者もいる。


 そんな中、『畑中譲治(はたなかじょうじ)』は生徒たちの熱気に紛れてひとり蒼ざめた顔をしていた。

 戦い、即ち命の奪い合い。


 喧嘩などは勿論、格闘技をやっているというワケでもなければ、一子相伝の古武術というような特別な教育を受けているわけでもないただの高校生だ。

 そう、争いごとに無縁な、ただの日本の高校生なのだ。


(な、なんでコイツらめっちゃ嬉しそうなんだ? え、戦争だぞ? お前ら……現実問題で他者の命を殺めるんだぞ? 下手すりゃこっちも死ぬんだぞ? っていうか"どうかアナタ方の力でこの世界に平和を……"ってなんだよお王女様よぉ!? そういうのはテメーら現地人で解決しろよ! 次元越えてまで他人巻き込むなやッ!!)


 異世界転移と言えばかなり聞こえはいい。

 だがこれは明らかなるなのだ。


 しかも拒否権は一切なし。

 というのも魔王を倒し、周辺諸国を平定するまでは帰れないという謎のルールが存在していた。


 だが、誰も疑問の声を上げる者はおらず、この世界特有のレベルやステータス、スキルというものに夢中になっている。 

 譲治は周りを見渡すと自分と同じように理性的な考えを起こしている者を何人か見つけた。


(よ、よかった……どうやら俺だけじゃないらしい。疑問の声を上げないってことは……俺と考えは一緒か)


 民主主義など一切存在しない、見るからに絶対王政な雰囲気で、下手な発言は禁物だ。

 確かにこちらは救世主として呼び出されはしたが、王がどういう人物かはまるでわからない。


 と言うのも玉座に座ったままじっと生徒たちを見ているだけで、発言しているのは娘である王女と、大臣だけだからだ。

 厳つい表情は崩れることなく、王は鋭い眼光でいつまでも見下ろしていた。


 そのあと、譲治を含むクラスメイトたちは兵士たちの案内により、王都から少し離れた場所にある丘陵へと辿り着く。


 そこには木造の塀で囲まれた住居や貯蔵庫などが存在した。

 構造はモット・アンド・ベーリー形式に近いものがある。

 

「……以上が、当砦の内部の説明になります。ここが皆様の拠点であり、人類の希望です。物資など、なにか不足などありましたら常駐の兵士に遠慮なくお申しつけください。手配いたします」


「なにからなにまですみません……この子たちを預かる担任として、お礼申し上げます」


「いえ、アナタ方異世界の勇士たちと戦えること、光栄に思います。────では」


 兵士は譲治たちの担任である女教師に礼儀正しく敬礼し、去っていった。

 クラスメイトたちは早速準備にかかる。


 剣士クラス、戦士クラス、僧侶クラス、魔術師クラスなどその他諸々。

 それぞれの職業に合わせた装備に着替えていった。

 

「よう、畑中!」


「おうイズミ! うわっ、すっげーなその格好」


「へへへ、だろう? 憧れの剣士クラスだぜ。しかも俺のレベル見てみろよ! 【レベル95】だぜ!? ヤベェわコレ!」


「マジでゲームかなんかみたいだな……。現実感なくてクラクラする」


 目の前の男子生徒は譲治の親友で、『紅環和泉(べにわいずみ)』という。

 小さいころからスポーツをやっていて、体力にも優れた少年であり異世界というものにかなり興味を示していた。

 皆からは『イズミ』と呼び慕われているクラスの人気者のひとりだ。


「ほかの連中もかなりの数値だぜ? 少なくとも皆70 より上みたいだな? 中には100超えもいるらしい。まさにチート集団って感じだ。普通の兵士でもレベルは20くらいらしいし。あ、そういやお前は?」


「まだ見てない」


「ハァ!? 普通はすぐに見るもんだろ?」


「いや、なんか……怖いじゃねぇか。自分の能力が書かれて数値化されてるとか……。それに、自分がこれから殺し合いの舞台に立たなきゃならないってのがなんだかよぉ……」


「お前アホだなぁ。ステータス表示とかマジでテンションバク上がり案件じゃねぇか。しかも魔術とか剣とかで無双しまくったりできたら最高じゃねぇかよ! ほれ、さっさと開示してみろって」


「急かすなよ。つっても俺もそこまで変わりはしないと思うが……あ、出た」


「えーっとクラスは僧侶でレベルは"3"か。ハハハ、やっぱりお前も普通につよ……────いや、は? さ、3? 【レベル3】?」


 譲治は死んだ魚のような瞳でステータスを見る。

 正直いじめとしか思えない数値に譲治は乾いた笑みを零しながら。


「ステータス表示が……なんだって?」


「あ、いや……」


「無双しまくったりできたら……どうなるんだって?」


「ま、待てって畑中! ホラ、人間の価値はステータスの高さとか強さとか、職業とか、そういうので決まるもんじゃないっていうか、その……」


「ステータスの高さや強さ、職業でまさに人間の価値が決まってる世界だぞここ? どういう法則で世界が動いているかはわからん。でもこれだけはわかる。────俺は死ぬ」


「そんなに自分を卑下すんなって……。ほら、お前僧侶だから回復役とかに専念すれば」


「そもそも戦場に出ること自体俺は反対なんだが……」


「ん~、じゃあどうすっかなぁ~」


 譲治とイズミが頭を抱える中、向こうのほうから歓声とどよめきが聞こえてきた。

 そこには人だかりができており、その中心にはひとりの女子生徒が。


「あれって、3年の九条先輩だよな?」


「九条先輩? おいおい、なんで先輩が」


「多分、フミヤのことじゃないか? ホラ、あのふたり幼馴染で家も近いらしいから」


 譲治たちのクラスにいた、たったひとりの3年生『九条惟子(くじょうゆいこ)』。

 文武両道、才色兼備を絵に描いたような生徒会長にして、クラスメイトのフミヤという生徒の幼馴染でもある。


 彼女は身体の弱いフミヤをずっと気にかけており、少し様子が気になったということでわざわざクラスに赴き、転移に巻き込まれた。


 その九条惟子のステータスがあまりにも破格なものであったという。


「れ、レベル……1307……? ど、どーなってんだ先輩のステータス!?」


「うぉおおスゲエェエ!」


 男子たちが騒ぎ、女子たちからは黄色い歓声が上がる。


「先輩すごーい!」


「九条先輩素敵ー!!」


 この世界において、1000以上は神や神獣たちの領域とされ、ただの人間が踏み入れらるような戦闘能力ではないとのこと。

 魔王も【レベル1000】以上あるとのことだが、九条惟子はそれに匹敵する。


 そんな光景を見ていた譲治に寒風が吹いた、気がした。

 まさに天と地ほどの差のあるレベルに、譲治は完全にやる気を失くす。


「畑中元気出せって!」


「ハハハ、いいんだって。……それで? クソザコの俺はこれからどうなる? え? 追い出されんのか? 追放かオイ?」


「わぁあ! 落ち着け! 大丈夫だって、そんなことねぇから! あぁいうのは創作のネタでやってるだけだから!! ウチのクラスにそういう奴いねぇから!」


「嘘つけ! これから戦争に巻き込まれるってのにステータスとかスキルに浮かれてる神経持ってる連中だぞ!? 信じられるかッ!! 気に入らない奴とかに敗北主義者とかなんとか言いがかりつけて粛清していく姿が目に浮かぶわ!」


「いつの時代だよ!」


「俺たちは今まさにその時代に両手両足顔面突っ込んでんだよぉお!」


 譲治の不安と不満は頂天にまで達していた。

 これまで家などで軽く読んでいた異世界物の本が、まるで一種の預言書にまで思えるくらいに、譲治は途轍もなく怯える。

 しばらくこんなやりとりが続いていたときだった。


「────君たち、待ってくれ」


 ふたりに歩み寄ってきたのは着替えを済ませた九条惟子だ。

 軍服のような出で立ちで、腰には立派な拵えの剣を差している。

 その姿に譲治もイズミも魅了されたように固まって、初々しい表情を見せた。


「く、九条先輩……チィーッス!」


「うん、イズミ君、ご苦労様。少し彼を借りてもいいかな? 実は彼のように困惑している生徒はチラホラいてね。まず彼らと話しておきたいんだ。今後の動きと言うか、我々の目的をね。もしもよかったら君もどうかな?」


 九条惟子はふたりを誘い、数人が集まっている広場まで案内した。

 どうやら彼女はこの2年生クラスのリーダーとなったようで、担任が補佐を務めることになったらしい。


 生徒会長であり、現状最強である九条惟子なら任せられると皆リーダーを祝福した。

 まず最初の務めとして、現状に不安を抱える後輩たちの心の支えになろうと集めたのだ。


 ────全員必ず無事で帰る。

 ────君たちのことを必ず守る。


 ほかにも様々なことを言ってくれた九条惟子の姿に、イズミは勿論、譲治も励まされた。

 生きる希望が湧いてきたのだ。

 

 自分のできることをやっていこうと、各々が思い日々を暮らし始める。

 きっとこの困難を乗り越えられる、誰もがそう思っていた。


 このとき誰ひとりとして、あの忌まわしい裁判が行われるとは知りもしない。

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