現れたハンマー
「――大丈夫かカノアよ? もう平気か?」
「うぐぅ……ありがとう。大丈夫……」
あれからまたちょっと経って。
もうすぐ式典開始のセレモニー? っていうのが始まる少し前。
とりあえず俺はちゃんとラキや四天王の人ともリズの計画についても確認して、今も忘れないで覚えてる。
それから、今日の会場になるらしい〝大きな船〟にいよいよリズや他の人と一緒に乗り込んだ俺は、いきなりお腹が痛くなってトイレの住人になっていた。
なんでだろう……やっぱり緊張してるのかな。
「しかしあれだな。やはりぼーっとしているように見えてカノアも人の子。大舞台を前に緊張で腹を壊したりもするのだなっ!?」
「実は俺も知らなかった……。そういうのはずっと避けてたから……」
「前に面倒だからと言っていたな。今まで一度も人前で何かをしてこなかったのか?」
まだちょっとふらっとする俺の手を、リズはぎゅって握って甲板のベンチまで連れてきて座らせてくれた。優しすぎる。
今のリズは、ちょっと大きめの薄いコートみたいなのを羽織ってる。
リズの着替えももう終わってるんだけど、周りには沢山人もいるし、リズだって分かると目立っちゃうから、このコートで豪華なドレスを隠して、いつもの角も外してた。
「家にいた頃は……俺は人前に出るなって言われてた。どうしても出ることがあっても、一言も喋るなって」
「……そうか」
「子供の頃の俺は、そんな風に親がいつも周りに気を使ってるのを〝大変そうだな〟って思って見てたんだ。だからやらなくていいなら、それでいいかなって……」
二人で並んでベンチに座って、俺はぼんやりと昔のことを思い出したりした。
俺の家は田舎だったけど、村では結構偉かった。
大きな家に住んで、沢山の人を働かせて、夜は毎日誰かとパーティーだった。
でも俺は、そういう親の姿を羨ましいと思ったことはなかったんだ。
「なあ、カノアよ……。その……今回の話だが……。やはり迷惑だったか……?」
「迷惑?」
どういうことかなってリズの方を見てみたら、リズはいつもみたいな偉そうな感じじゃない……すごく不安そうな目で俺のことを見てた。
「私と最初に出会った頃……お前は有名になりたくないと言っていただろう? それなのに私は、今回の式典でお前が皆を救ったことを公表しようとしているではないか。カノアは嫌とも止めろとも言わないからそのまま進めてしまったが……本当は嫌なのではないか?」
「まあ……。嬉しいとか、そういうのはないかな……」
「ならば、やはり止めておくか……? ギリギリではあるが、まだカノアの存在は聖女やパライソの有力議員共にしか知られてはいない。その連中にしても、まだこちらの話には半信半疑だ。今ならば、またの機会にすることも出来よう……」
「むぅ…………っていうか、どうしてリズは俺のことを皆に教えたいんだ?」
「っ……。それは……」
俺の言葉にリズは赤い目をちょっと動かしてから、黒い手袋をした手の平を膝の上で握った。
「そう、だな……。実は……自分でも上手く言葉にできんのだ。ただ……なんというか……その……」
「……?」
「……嫌、なのだ。あの大洪水の日、私も他の魔族の同胞達も、世界中に住む大勢の人間共も……。数え切れない程の命が自分の死を覚悟したはずだ。生きたいと願ったはずだ……。お前は……カノアはそう願った全ての者を救ったのに……! 救われた側の者は、私以外誰一人としてお前のことを知らんではないか……っ!?」
「うん」
「ましてや、お前の両親はカノアに命を救われたことも知らず、今もお前のことをダメ人間だと思ったまま生きているのだろうっ!? そんなの……いくらなんでもあんまりではないか!? カノアが……私の大切な命の恩人で、それ以外にも沢山いい所があるお前が……! 世間からそのように思われたままなのは……凄く嫌なのだっ!」
「そうなんだ……」
一気にぶわあああって話したリズは、それでも俺のことを見上げるみたいにしてじっと見てた。
むぅ……。
さっき……四天王のタナカさんが俺のことを褒めてくれた時。
リズがあんなに喜んでたのは、こういう理由もあったんだな。
だからこんな俺でも、今のリズの気持ちはなんとなく分かった。
つまり……とにかくリズは、それが凄く〝嫌〟なんだってことは。
「なら、やっぱり予定通り言った方がいいんじゃないかな……俺は別にいいよ」
「ほ、本当か……!? ちゃんと自分で考えているか? 私に気を使ったりしなくていいのだぞっ!? カノアが自分で考えて決めるのだっ!」
「それは大丈夫……だと思う。だって――」
俺はそのまま、俺を不安そうに見上げるリズの目をちゃんと見て答えた。
「――俺も、リズが嫌なのは嫌だから」
「ぎゃぴっ!? な、なんだと貴様……!? そ、それはっ……! わ、私のことは気にしなくていいと言っておろうに……っ!?」
「いや、だってリズが嫌だと俺も嫌なのは本当だし……。困ったな、なんて説明したらいいのかさっぱりわからない……」
「お、おおお、お、おま……っ!? 馬鹿な……っ!? か、カノアの癖に……背景がキラキラして……っ!?」
「してないけど」
突然、リズは顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
どうも今日のリズは様子がおかしい。
もしかしたら、俺と同じで緊張してるのかもしれないな。
けど、俺達がそんなことをしてたら――。
「キャアアアアアア! 人が、人が船から落ちました! 私の夫が!」
「なんだとっ!?」
「え?」
女の人の悲鳴が広い船の甲板に響いた。
それを聞いた俺とリズはベンチから急いで立ち上がると、すぐに声のした方向の船の縁に向かった。
「あれか!? まだ船が出ていなかったのが不幸中の幸いだが、甲板から海面までの距離が高すぎる! 急いで助けなくては命に関わるぞ……!」
「お願いします! 誰か助けて下さい! 誰かああああ!」
「行ってくる」
「カノア!?」
なんか前にもこんなことがあった気がするな。
俺はぼんやりとそんなことを考えながら、そのまま一直線に海に落ちた人のところめがけて飛び込んだ。だけど――。
「へへっ! そう慌てるなよ、ここは私に任せとけって!」
「……あれ?」
だけど、確かに飛び込んだはずの俺の体はいつまで経っても水に落ちなかった。
っていうか……海に落ちたはずのオッサンもキラキラ光りながら、ふわふわ浮かんで勝手に船の甲板に戻ってきてた。なんだこれ。
「ほらっ! 海に落ちたオッサンは無事だぞ! 怪我も私がちゃんと治しておいた! 後はどこかで寝かせておけば大丈夫だ!」
それで気がついたら、船よりもずっと上の空に〝大きな影〟が浮いてた。
そこには、俺の身長の二倍くらいはありそうな〝超大きなハンマー〟の上にドカーンって立つ、作業着姿の小さな女の子が凄い自信満々に腕組みして笑ってたんだ。
「なっ!? き、貴様は!?」
「……誰?」
「おいそこのアンタ! オッサンを助けるために速攻で飛び込むなんて根性あるじゃないか! 名前は!?」
「俺……? カノア・アオだけど……」
「そっか! 私はリリーアルカ・ロニ・クゥ! このパライソで絶対無敵の聖女をやってる者だ! よろしくなっ!」
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