第2話 婚約者の本心を知る

「君を愛してる」

「アイザック様、私も……私も愛していますっ」



そう悲痛な叫びをあげているのは、私の婚約者であるアイザック様。

そしてその彼に強く抱きしめられているのは、婚約者である私ではない。

私の従姉妹だった——




 今日は婚約者との交流で、相手の侯爵家にお邪魔する予定だった。

そう、何日も前から決められていた事なのに……


 『どうしてここに、エミリーがいるの?』

 『何故、私はこんな現場を見せられているの?』


 我が家と、アイザック様の生家であるレスター侯爵家の婚約は、政略的な意味合いがあった。

けれど私はアイザック様を愛していたし、彼も同じ気持ちなのだとずっと信じてきた。

婚約者になったアイザック様は最初から誠実で、常に私を気遣い贈り物もエスコートも、一度も欠かした事などなかった。

アイザック様から『愛している』と言われ舞い上がっていた私は、勝手に相思相愛だと思っていたけれど、それは私の勝手な勘違いだったみたいだ。

だって、目の前の彼は私の従姉妹を抱きしめ、心からの愛を伝えているんだもの。



私は彼の婚約者なのに、あんな風に情熱的に愛を囁かれた事も、ましてや抱きしめられた事もない。

だからきっと、この光景が彼の本心なのだろう。



未だ、私に気付く事なく抱き合っている彼らを背に、私はそっとその場を後にした。

来て早々帰ると不審がられるので、急に体調が悪くなり帰らせてほしい旨を侯爵家の者に伝えた。

顔色の悪い私を心配し、アイザック様に必ず伝えるとの事だったので、そのまま帰りの馬車に乗り込み、来た道を引き返した。



一緒に来ていた侍女は、先ほどの光景に怒りを露わにしていたけれど、表面上の私はいつもと何も変わらない態度を貫いた。

でも、そんな風に平然を装っていても、先ほどの光景が目に焼き付いて離れず、心の中はまるで暴風が吹き荒れているようだった。

庭園の影で抱き合う二人は、どこからどう見ても似合いの恋人同士だったもの。


 『アイザック様とこのまま婚姻したら、私はどうなるのかしら……』


これから歩むであろう自分の未来を想像し、自然と涙が溢れ咄嗟に少し俯いた。


 『アイザック様がエミリーと愛し合うのを見せられるなんて、そんな事耐えられない!!』


心が悲鳴を上げ、そう叫び出したくなる衝動を必死に抑え込む。

先ほど見た二人は、私から見てもお似合いだった。

金髪碧眼で、王子様のような容姿のアイザック様と、ふわふわの金の髪と新緑のような緑の瞳の従姉妹が並び合うと本当にお似合いで、

まるで絵本から飛び出してきた王子様とお姫様そのものだった。最初からあの二人が婚約者同士だと言われても、納得してしまうような雰囲気がそこにはあった。

対する私はどうだろう?真っ直ぐ伸びた銀の髪は、見る人によっては灰のようにくすんだ色だと言われる事がある。紫の瞳も相まって、冷たい印象を人に与えているのは、自分が一番よく分かっていた。


 『私では、アイザック様の横に並ぶのは相応しくないものね……』


頭で理解しようとしても、先ほどの光景が私の心にドロドロとしたドス黒い感情を生み出し、目の前が真っ暗になりそうになる。

慌てて深呼吸をし、顔を上げながら出来るだけいつもと同じ私を作る。

でもそんな事をしても、暗い心が晴れる事はなかった。


 『お父様に先程の事を報告して、婚約解消を願い出てみようかしら……』


貴族の世界は甘くない——

そんな事、幼い頃から言い聞かせられているから理解している。それでも先ほどの衝撃があまりにも大きく、私は正常な判断が出来なくなっていた。

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