第125話 魔王ちゃんと夜と戦うものたち
「で、一体なにがどうなってそうなったんだ?」
「え~っと、説明したいんだけれど……ルナちゃん、そろそろ落ち着いた?」
アリシアが去った後、僕たちは寮に戻ってきた。
ルナちゃんは泣くばかりで僕から離れてくれず、彼女を抱っこしながら夕飯を作っていたのだけれど、気を利かせてくれたのか、アヤメちゃんが夕飯を食べに行こうとしていたガイルとテッカに神託を下し、ここまで呼んでくれていた。
出来上がった料理を机に並べながらルナちゃんの様子を覗うのだけれど、まだまだ話せそうもなく、僕はここまで来てくれたガイルとテッカに苦笑いを向ける。
「まず何があったのか話してくれないか? 神獣様から緊急事態だと言われてここまで急いできたんだ、状況を知りたい」
「うん、実はさっき襲われたんだけれど。アヤメちゃん、説明を頼んで良いですか?」
「まあそうね、ルナが使えないし――痛い痛い」
ルナちゃんが僕の胸に顔を埋めながら隣にいるアヤメちゃんに数回パンチを放った。案外子どもっぽい怒り方をするなと和んでいると、神獣様が口を開いた。
「まず結論から言うと、アリシアはお前――リョカを狙っている。理由はルナのお気に入りだからだ」
「いや、そんな理由で納得は出来ませんよ」
「そういう陰気女神なんだからしょうがねえだろ。アリシアは、とにかくルナから奪い取るのを目的にしてるのよ」
なんだってそんなことに。と、僕が頭を捻っていると、心底呆れたような顔をしたガイルとテッカが手を小さく上げた。
「は? お前女神に狙われてるのか?」
「どういう意味で狙われているかにもよるが、これ以上女神様とかかわりを持つのは腹が痛くなるな」
狙われたくて狙われているわけではないとガイルとテッカに非難の目を向け、彼らにも夕食を用意して揃って食卓に着く。
「どういう意味で狙われている。か。アリシアはな、ルナの妹だ。夜と死を司る死の国の女神、ルナとは正反対のクソガキよ」
「しかも月神様の妹かよ」
「ああ、昔はもう少し仲良かったんだけどな、フェルミナに死を付与してから険悪になっちまってね」
「そういえばあんたたちを足止めしていた女をフェルミナって呼んでいたわね」
「は? フェルミナ? フェルミナ=イグリーズか」
「そう、死を司るアリシアは大聖女フェルミナ=イグリーズを不死と死で魂を縛り、物言わぬ人形に変えて使役してんだよ。あいつはお友だちなんて言ってるがな」
「いや待って、どういう力が働いているかわからないけれど、どうして言われるがままなんですか?」
「不死者はあいつの管轄だ、否応なしに女神様の思うがままって奴さね」
世界の上位存在である女神さま、当然ながらそんな理不尽も通ってしまうのだろう。
それよりも、もしかしなくても僕は大分危ない状況だったのではないだろうか。
「リョカ、カナデに感謝しなさいよ。あの時その子が前に出ていなかったら、お前フェルミナと同じく人形にされていたわよ」
僕は隣の丸テーブルの席に着いているカナデに近寄って後ろから抱き着き、たくさん撫でる。
「リョカくすぐったいですわ~」
「カナデいい子、カナデ偉い、カナデ可愛い」
「ふふ~ん、もっと褒めても良いんですわよ」
本当に嬉しそうにしているカナデに再度礼を言うと、テッカが親のような顔で彼女を見ていた。
「カナデ、お前はもう良いのか?」
「う~んぅ? ええ、もう大丈夫ですわキサラギの人、ついでなのでこの場で謝っておきますわ。昨日は本当にすまんかったですわ」
「……本当に謝っているのか実に判断に困る娘だな。まあ女神様を無力化したのはさすがだな」
「何もしていないですわ!」
「シラヌイは俺たちの天敵みたいなものだからな、いるだけでそれなりに役には立つ。だからリョカ、とりあえずお前はカナデと一緒に行動しろ。ミーシャもな、お前もそれなりに狙われているわ」
「次出てきたらぶん殴るわ」
「俺の話聞いてた?」
「知らないわよそんなこと。あのクソガキ、あたしの前でルナを泣かせやがったわ」
と、ミーシャが意気揚々とアリシアと戦うことを宣言したのだけれど、僕にくっ付いていたルナちゃんが僕から離れ、今度は聖女様に抱き着いた。
「今はお前が泣かしているわね」
「ミーシャ、とりあえず僕が良いって言うまで彼女と戦闘しちゃ駄目だよ」
「……わかったわよ。というかルナ、あんたいい加減話に加わりなさい。あんたがどうしてそんなになっているのかわからなきゃ対策も出来ないでしょ」
「だな。その話だと、俺たちが役に立てる気がしないんだが」
「うむ、話を聞く限り、その女神さまが出てきたら俺たちも危ないのだろう?」
「ああいや、アリシアは俺とルナが何とかする。けど多分とんでもなく面倒なことをあいつは仕出かすから、その対策をだな」
「面倒なこと。ですか?」
「う~んっと、なんていやぁいいんだろうな」
アヤメちゃんが頭を掻いて言葉を選んでいると、ミーシャの腰から顔を上げたルナちゃんが小さな口を開いたのが見えた。
「……フェルミナ」
「え?」
「みなさんは、フェルミナの最後を、知っていますか?」
絞り出すような言葉に、僕とミーシャ、カナデが首を傾げる。
素晴らしい聖女様だとは聞いていたけれど、正直僕はあまり興味がなかった。まず1に、大聖女と呼ばれるだけあっておよそ参考にならない人物と想定しているからで、次にミーシャと正反対な聖女を参考にしてもこの先活かせないなと結論付けたからだ。
「フェルミナ=イグリーズの最後といやぁあれか? たった1人で街に大挙した不死者どもを殲滅し、その後行方不明になったつう
「ああ、そんな話があったな。しかし不死者が1つの街に大群で攻め入るなど本来ならあり得ないし、例え街を不死者が襲ったとしてもわざわざ1人で戦う理由もない。所詮眉唾な噂話だろう」
ガイルとテッカの話に、僕は顔をひきつらせた。
風斬り様は、他人に対して気は回るけれど、今の話にまったく違和感を覚えないのはやはり脳筋ということなのだろう。
「……いやテッカ、さっきのアヤメちゃんの話を聞いてた? その不死者を管轄にしている女神様がいるんでしょ?」
ガイルとテッカが顔を見合わせ、2人同時にやっと気が付いたのか、僕と同じように顔をこわばらせる。
「いや待て待て。じゃなんだ? そのアリシアっつう女神は、フェルミナ=イグリーズを捕らえるためだけに街一個潰したのか?」
ガイルの問いに、ルナちゃんが小さく頷いた。
「アリシアはそれを平気でやるぜ。あんときは本当に酷かった」
「自分が理由の理不尽に、フェルミナは誰に助けを請うこともなく、たった1人で不死者と戦いました。けれどあの子が戦えば戦うほど、アリシアは無関係な人たちにまで不死者を差し向け、彼女……フェルミナの体と心を壊したのです」
フェルミナさんの話をするたびにルナちゃんの顔に陰が差し、歯を食いしばる女神さまが、懇願するような、涙を蓄えた瞳を携えて僕とミーシャを見つめてきた。
「リョカさん、ミーシャさん、お願い……戦わないで。わたくしは、なにも出来ません」
瞳いっぱいの涙に、僕はたじろぐ。けれどアヤメちゃんが首を横に振った。
「ルナ、そりゃあ無理だ。アリシアに目を付けられた時点で、多分ここに不死者はやってくる」
「でも――っ」
「だからこそ俺は金色炎と風斬りをここに呼んだんだ。あの時とは状況は違うし、何よりもあの馬鹿が標的にしたそこの魔王は、フェルミナよりもずっと強いし、そいつのためなら戦ってくれる奴がたくさんいる」
アヤメちゃんがガイルとテッカ、カナデとプリマに目を向けた。
「そういうことなら付き合ってやるよ。女神じゃなくて不死者相手なら俺たちでもなんとかなりそうだしな」
「だな。リョカとミーシャには俺たちも助けてもらっているし、ここはその恩に報いる時だろう」
「わたくしもやりますわ! 2人に手を出したこと、後悔させてやるですわ!」
「もうカナデちゃんったら、昨日くらいになれとは言わないけれど、やっぱりもうちょっとお淑やかになった方が良いよぅ。まあ気持ちはわかるけれどね~。とりあえずソフィアとかセルネ、オタクたちにも声かけていこうよぅ」
心強い面々に僕は笑みをこぼし、改めてルナちゃんに目を向ける。けれど僕は1つ気になったことがあり、それをアヤメちゃんに尋ねる。
「あ、そういえばあの時フェルミナさんだけじゃなくてウィルソン=ファンスレターも出てきましたよね?」
「あ? ウィルソンだぁ? ソフィアにやられたんじゃなかったのか」
「うん、なんか半液体、というか体が解けていたね。ありゃあ死んでるよ」
「ソフィア、一体何したんだよ」
「ほ~、ウィルソンか。ソフィアにやられたと聞いて少し残念だったが、蘇ったか。俺がやろう」
「ああいう戦いが上手い人は2人に任せるよ。オタクセじゃちょっと経験不足だろうし、ソフィアとは相性が悪い。ってそれもなんだけれど、あのアリシアって子は制限なしに死者を復活させられるんですか?」
「ありゃあ復活っつより、入れ物に液体を注いでいるだ。フェルミナにやった奴とは別物で、あっちはすぐに腐って何も出来なくなる使い捨ての兵隊だな」
「……つまり、体と魂があればAランク冒険者を使役できるんですね」
「俺とテッカとアルマリアで足りるかね」
「問題ない。この学園にはAランク候補がいる。カナデ、お前にも頑張ってもらうぞ」
「任せろですわ! AランクだろうがCランクだろうがぶちのめしますわ!」
「Aランクだって言ってるでしょぅ」
これだけ悪い状況にも士気が下がらないことに安堵していると、やはり顔色の優れないルナちゃんが首を横に振った。
「わたくしは、もうあんな惨劇は、見たくないのです」
「ルナ、いい加減覚悟を決めろ。お前が拒んでもアリシアは喜ぶだけよ」
「でも、でも――」
子どものように声を上げるルナちゃんにアヤメちゃんが肩を落としたけれど、そんなルナちゃんにその手が伸びてきた。
「むぎゅっ」
我らが聖女様が、我らの女神様の顔を両手で掴み、無理やり顔の向きを変えてジッと見つめ始めた。
「み、みーひゃしゃん?」
「……」
ミーシャがルナちゃんの額に、自分の額をくっ付けた。
その行動にどんな意味があるかわからなかったけれど、途端にルナちゃんが驚いた顔を浮かべ、クリクリとした瞳を僕の幼馴染に向けた。
「大丈夫よ」
「ミーシャさんは、怖くないのですか?」
「戦わないで負ける方が怖いわよ」
「勝てるかもわからないのに?」
「あんた誰に物を言っているのよ、あたしはミーシャ=グリムガントよ。最も信心深く、魔王の隣でも負けない過去最強の聖女よ」
アヤメちゃんが何か言いたそうにしているけれど、ガイルに口をふさがれているのを横目に、僕はミーシャを見守る。
「リョカも、この街も、あんたたちだって守ってやるわ。聖女って、そういうものでしょ」
ミーシャの言葉に、ルナちゃんが溢れた涙を袖で拭う。
「……聖女ミーシャ=グリムガント、お願いがあります」
「なによ、言ってみなさい」
「女神として、あなたに神託をくだします。どうか、どうか――わたくしが愛してやまないこの世界を、わたくしが愛してやまないこの世界の人々を、わたくしが愛してやまない魔王様を、守るための盾となってください」
「任せなさい。例え女神だろうが、あたしの手を掴むのなら救ってあげるわ。ああでも、盾になんてならないわよ、あたしは
好戦的な聖女様の笑顔に、やっとルナちゃんが笑ってくれた。
勇者も、その剣も、獣の神も、可愛らしい友だちも、小さな獣も、そんなミーシャに呆れながらもやる気を上げた。
ここは、聖女でなければ恰好は付かない。
魔王が出張ってもしょうがないし、そもそも僕はそんなことは関係ない。
ミーシャにくっ付いたルナちゃんが一度僕に目を向けてきたから、僕はその視線にただ頷くのだった。
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