第15話 魔王ちゃん、世界の不便さを語る

「さって、やっと半分かな」



「意外と近いのね」



 交易都市のぜプテンはプリムティスから徒歩で3時間、馬車で1時間以上、出発は早朝だったから徒歩でもお昼前には付くはず。

 森を進まなければならなかったけれど、意外と広い道になっており、たくさんの人が歩いたからか土がよく固められていて歩きやすい。

 そんな道を行きながら僕はこっちに来て初めて購入した時計に目を落とす。



「え~っと、う~ん? ねえミーシャ今どれほど?」



「時間? 気にしてもしょうがないでしょ」



 この世界は時間に関してルーズ。というより、基準がほとんどない。

 1分が60秒でもなければ、1時間が60分でもない。

 ではどうやって時間が決められているのか。当然ギフトである。

 時縁人ときよりびとなる特質指定型のギフトがあり、そのギフトの持ち主が時間を決めている。街に必ずいる時縁人が早朝に鐘を鳴らすことで、そこから社会にとっての時が刻まれ始める。



 一応、それが基準になっているのだけれど、そんないい加減な時間のつくりをしているせいか。時計が技術的にまったく進歩していない。

 鐘が鳴ってからどれだけ時が進んでいるかわかる程度の時計であるが、それでも僕にとってはないよりマシだった。

 けれどこの時計、定期的に止まる。そうなると、鐘しか基準にしていないから、気が付くのに遅れると時間がわからなくなってしまう。



「まあ世界が回っているわけでも、ここが星であるかもわからないけれどね」



 僕は上空を見上げ、燦々と輝く何かに目をやった。



「あれも太陽でもないだろうし」



「さっきから何を言ってるの?」



「うんにゃ。知っているものより雑なつくりをしているものでも、それはそれで住めば都かなって」



 首を傾げるミーシャに僕は微笑んで見せた後、僕たちの少し後ろで息を切らしているソフィアちゃんに目を向ける。



「一度休憩しようか?」



「い、いえ、わたし、のこと、は、気になさらないで、ください」



 声も途切れ途切れになるほど疲れているのに、大丈夫も何もないだろう。

 僕はミーシャに目配せすると、彼女は頷いてくれ、その場にシートを敷くとそこに腰を下ろした。



「ほれほれ、こっちにおいで。ちょうど小腹がすいていたんだよ」



「そうね、あたしもこれだけ歩いたのは久しぶりだから疲れてしまったわ」



 僕は水筒を取り出して、中に入った紅茶を木製コップに注ぐと、遅れてやってきたソフィアに手渡す。



「あ、あの、ごめんなさい」



「僕たちが疲れて休憩しているだけだよ。ほらお茶飲んで、この水筒僕が発案してお父様が作ったものだから凄い出来が良いんだぞぅ。保冷性バッチリ」



 ミーシャにもコップを手渡した後、僕も腰を下ろして鞄から焼き菓子を取り出す。



「冷たくて美味しいです。さすがジブリッド商会です」



「うんうん、お店に寄ったらぜひ買ってね」



 ソフィアが大きく息を吐き、肩から力を抜いてリラックスしたから、僕は手作りのクッキーを勧める。



「ありがとうございます。わっ、これすっごく美味しい」



「意外と家庭的なのよね。無駄に料理は上手だし、お菓子作りもそこいらの菓子屋より良いもの作るんだもの」



「というか、みんなはもっと数字に目を向ければ良くなるんだけれどね」



「算術ならやっているわよ」



「最終学歴さんすうだしなぁ。そうじゃなくてね……まあいいや。とにかく数字はもっと大事にしようよってお話」



「さすが商家のご息女様ですね。私の家は商いの方には疎いので、ぜひ色々聞かせてもらいたいです」



「今度ね。ん~?」



 どこか小動物っぽいソフィアちゃんをなでなでしていると、ふと気配を感じる。

 野生動物だろうか。いやいや、この荒々しい気配は魔物だね。これだけ広範囲に魔王オーラを設置しても近づいてくるんだ。と、僕は瞬時に辺りに展開していた魔王オーラを小さくして指先に収束する。



「楽しみにしています」



「商人の話なんてつまらないわよ。あたし的にはもっと襲われたとかの話を聞きたいのだけれどね。そういえば、この辺りには魔物とか動物って出ないのかしら?」



「そんなことないはずですよ。そういえば一切出てきませんね」



 のんきにお茶を飲んでいるミーシャとソフィアの微笑ましい2人を横目に、僕は後ろ手で指を鳴らし、離れた場所にいる数匹の獣型の魔物を切り裂いていく。



 もう何も襲ってこないことを確認して、僕は再度魔王オーラを薄く展開する。



「出てこないことに越したことはないでしょ~」



 と、白々しく言ってみるのだけれど、さすがにミーシャに睨まれており、口笛を吹いて誤魔化してみる。



「出てきたらあたしも倒せるわ」



「適材適所でしょ。探知も遠距離攻撃も出来る僕が適任だと思うよ」



「え、今何かありました?」



「それどうやってやってるの?」



「魔王オーラを薄く辺りに展開してるだけ。領域に入り込んだら探知できるし、賢い子はそもそも近寄らない」



 ミーシャが僕の真似をしようと信仰を大きくしようとしているけれど、中々広がらずに首を傾げている。するとソフィアちゃんが驚いた顔をしていて僕は視線で返す。



「あ、いえ、リョカさんって異様に絶気の扱いが上手ですよね。私、父の付き合いで勇者様にお話を聞くことが多いのですけれど、これほどの使い手は聞いたことないですよ」



 勇者の話を聞けるほどの大物かな。と、僕は苦笑し、ソフィアちゃんの腕に目を落とした。

 先ほど歩いている間に草にでも引っ掻かれたのか、切り傷ができており、僕は彼女の腕を掴んで傷口を見る。



「わ、怪我していたんですね――」



「喝才・リリードロップ」



 自身の信仰を癒しに替え、ソフィアの傷を癒す。

 この信仰の変換、造りは魔王オーラとそれほどの違いはない。使用してみて差異を述べるとすれば、それはやはりエネルギー源の違いだろう。

 魔王の力の源、世間一般では世界の絶望だとか、人々の負のエネルギーなんて言われているけれど、魔王の力は単純明快、使用者の感情だ。

 多分、世界で最も自分勝手な力。それが魔王なのだろう。

 で、聖女の力は再三ミーシャも言っているけれど、神への祈りの質がそのまま力になる。でも問題なのはその神への祈りで、その神様の教えが反映される。つまり現在の神様は平和と幸福の調和であり、間違っても平和のためといって暴力を良しとする神ではない。



 僕はミーシャの真似をして信仰を手に集めようとするけれど、まったく上手くいかず、驚いた顔をしているソフィアの傷跡を撫でる。



「はいお終い。怪我したらちゃんと言いな、傷口から何が入り込むかわかったものじゃないし」



「は、はいです。リョカさん、聖女の力まで」



「まあ神様には感謝してるから――」



「ふんっ!」



「あっぶねっ!」



 橙の優しいはずの力が顔の真横に来たことを瞬時に察知し、僕は体を逸らしてそれを躱した。通り抜けた聖女パンチが後ろにあった木をなぎ倒しており、僕はゴリラに非難の目を向ける。



「おいコラこのメスゴリラ! 当たったら普通に死ぬぞ!」



「あたしの役割を奪うから悪い」



「ミーシャこれ出来ないでしょ……ん?」



 今少し、あり得ない現象が起きていなかっただろうか。木が倒れている? あれ、拳圧だろうか。と、僕が首を傾げていると、ミーシャと目が合った。



「なによ」



「ううん、別に」



「……信仰って離せるのね」



 何か恐ろしいことを口にしているミーシャを無視して、僕は立ち上がる。



「さて、それじゃあそろそろ行こうか。あとちょっとで着くから、みんな頑張っていこうね」



 2人の返事を聞き、僕たちは再度ぜプテンまでの道のりを進んでいく。



「何事もなく終わってくれるといいなぁ」



 そんな僕の言葉よ届け天。お願いだから波乱万丈な一日にしないでほしいと、祈るばかりなのであった。

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