第四章 第4話
妹の
そうして、母親に対する意趣返しの意味も込めて。
執念を
集まった二十人近い文官受験者たちの中にいた劉彗は、集合の定刻間際になって到着した馬車があることに気付く。特に興味もなく開始の時を待っていた劉彗の目の端に、淡い
思わず、動きが止まる。
ここに集まっているのは男だけだと、何故かそう思い込んでいた。
惹き寄せられるようにして持ち上げた視線の先で……目が、合う。彼女の姿に、不意に妹の姿が重なった。
呟きは、完全に無意識だった。
「女か」と言っていた。その唇を読まれた。同時に逸らされる、彼女の瞳。困惑に
妹に、似ていた。
それが劉彗の、王都での苦悩の始まりだった。
周囲からは少し、浮いた存在だった。
仕事は、できた。
文字を書かせれば誰よりも正確に筆を運ぶ。
座学の理解も、誰よりも早かった。だが、そのことに対して無自覚すぎるせいだろうか。時折空気の読めない発言をしては、周囲にいる同僚たちを引かせた。
人は、自分たちとは違うものを無意識のうちに排除しようとする。
莉恩はすぐに孤立した。
唯一。常に行動を共にすることになったのが劉彗だ。
同期で、同じ部署の配属。仕事も、講義も、後片付けも。勤務中の行動は全て一緒。
繰り返される日常の中で。
文字に目を落とし真剣な顔をする横顔や。ふと微笑んだ拍子に少しだけ持ちあげられる唇の角度。
まるでその場に妹がいるかのうような。そんな、錯覚に陥る瞬間。
目の前に存在し、同じ文官として働く莉恩を。完全に無視することは、できない。
元々口下手なことに加え、妹によく似た彼女にどう接していいのかわからず。自然と莉恩に対する態度は硬いものになった。
そんな
劉彗の良心を、一層
「なんだ、これ」
その日、執務室に戻ると。
莉恩の手の中にある紙を取り上げた
「……なんでも、ないの」
誰を責めるでもなく。助けを求めるでもなく。逸らされる視線は、周囲の全てを拒絶して。
その苦しみを、自分一人で背負い込もうとするように。
「なんでもないってのは、なんだ?」
ようやく発した一言が。
自分でも呆れるほど冷たく、その場に響く。莉恩はびくりとひとつ、肩を震わせた。当然だろう。劉彗はこれまであえて、莉恩に冷たく当たってきたのだから。
それでも問わずには、いられなかった。
「答えろ。『なんでもない』ってのは、一体。何に対しての言葉だ?」
莉恩は一瞬、戸惑うように何かを言いかけ。そこでふと。言葉を、呑み込んだ。
いや。感情を……呑み込んだ、のだろう。
「私が……悪い、の」
彼女の逸らされた横顔の、色彩を失った瞳を見たときに。
ふつりと何かが、音も無く弾けて飛んだ。
「お前、は…………! っ、」
どこまで
そう、続けそうになって。
慌てて感情を抑え込む。
――助けて、と。
ただ一言、そう言ってくれたなら。
そうしたら劉彗は。妹へ、手を差し伸べてやることができた。
なのに彼女は、全部自分の中に抱え込んで。そうして、なにもかも諦めて。
それが周囲に対してどれだけ残酷な態度なのか、気付きもしないで……。
劉彗はあのとき、なんと言って妹へ声をかけてやればよかったのだろうか。どうしたら彼女を、救うことができただろうか。
妹が願う通りに、全部終わらせてやればよかったのか。
「お前のそういう態度が。相手を一番苛つかせてるんだってことに。……お前いい加減、気付けよ」
そう、告げると。
泣くのかと思った莉恩は。しかしそのまま、唇を噛み締めて涙をこらえた。劉彗の前では絶対に泣かないと心に決めていたのか。それとも。
感情を押し殺すことに、すっかり慣れてしまっているのか。
これ以上何を言っても、彼女には伝わらないのだと悟った瞬間。
劉彗は……。
逃げるようにしてその場から立ち去っていた。
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