第011話 実は話してる時も視界にはみゆきちが入ってる


 最近は暖かさを通り越し、暑くなってきたなと思う。

 それもそのはず。

 今はもう5月も終わり、6月に入ろうとしていた。

 おそらく、来週には皆、衣替えで薄着になることであろう。


 俺は新しく図書委員になったし、席替えで新しい席になった。

 みゆきちとの距離感も縮み、ほぼ、わだかまりも解けたと思っていい。


 新しい席では授業中や休み時間で会話をする。

 金曜の放課後にはほぼ2人きりで2時間弱ほど会話をする。

 もちろん、家にいる時だって、アリアを交えてメッセージアプリでやりとりもしている。


 だが、もう5月も終わろうというのに、まったくしゃべることができていなかった。

 もちろん、目を合わせることもできない。


 筆談は盛り上がるし、アリアを交えた携帯でのやりとりも盛り上がっていると思う。

 実は図書館帰りにみゆきちとファミレスに立ち寄ったこともある。


 その点は実にうまくいっていると思うのだが、致命的にしゃべれない。

 ファミレスで一言もしゃべらずにノートに何かを書いている男女2人はさぞかし異様に見えたであろう。


 俺はこのやりとりを続けていけば、みゆきちに慣れ、そのうち、普通にしゃべることが出来るんじゃないかと思っていた。

 だが、その気配はない。

 むしろ、完全にしゃべらなくなったまである。

 なにせ、筆談で会話すればいいから言葉に発する必要性がないからだ。


 田中さんが言っていた通り、より重症になっている気がする。

 別に筆談が悪いわけではない。

 多分、悪いのは俺の心だ。

 俺は筆談で満足してしまっているのかもしれない。


 これでいいのではないか。

 みゆきちともある程度、仲良くなり、残り2年間の高校生活が気まずくなることはないだろう。

 そういう意味では目的を達成できている。

 次の目的はみゆきちといい関係になることだ。

 だが、出来るか?

 しゃべれねーんだぞ?


 そんな彼氏いるか?


「どう思う?」


 俺は後ろの席にいる帰りたがっているけど、帰れない田中さんに聞く。


「いらない」


 田中さんはバッサリと切ってきた。


「ひどい…………」

「ねえ? 帰っていい? 私に相談されても、良い答えは聞けないと思うよ」

「もうちょっと付き合って」


 俺は放課後、帰ろうとする田中さんを捕まえて、相談に乗ってもらっている。

 なお、みゆきちやアリアは部活に行ってしまった。

 もちろん、他のクラスメイトも部活か帰るかでほとんど残ってはいない。

 残っているのは女子数人だけであり、男子は俺以外ゼロだ。


「…………めんど。もうコクっちゃえば?」

「しゃべれないのにか?」


 そもそも筆談でコクるのか?


「そういう人だっているよ。内気な人とかさ」

「隣にいるアリアや田中さんにうるさいなこいつ、って思われる程にしゃべっているのにか?」

「…………諦めな」


 ひどい…………

 そして、やっぱり田中さんも俺のことをうるさいって思ってんだな。


「諦めかー…………」


 それもありかもなー。

 手に入らないものにいつまでも固執すると、本当に手に入らなくなった時にダメージが大きくなる。

 傷が浅いうちに撤退もありだろうな。


「失恋はどうやって埋めるものかな?」

「バスケやりなよ。上手かったじゃん」


 そら、運動部に所属したことがない田中さんから見たらバスケ部は皆、上手く見えるでしょうよ。


「今さら? 正直、もう無理かなー。衰えというか、朝練も夜遅くに帰るのもだるい」


 というか、2年から入るのもねー。


「じゃあ、別の人と付き合いなよ」

「田中さ――――」

「――――ごめんなさい」

「はやっ! せめて、最後まで言わせて! まだ、名前しか言ってない!」


 ボケ殺しだわ!


「いや、小鳥遊君には10回以上は告白されてる気がする。しかも、ツッコんでーって顔しながら」


 そんなにしたかな?


「あんま覚えてないな…………」

「まあ、小学校低学年の時だからね」


 いやなガキだなー、俺…………


「そら、ごめん」

「実際、他の人とは付き合える?」

「今は無理かな…………」


 たとえ、田中さんでも無理な気がする。

 それほどまでに俺の中でみゆきちの存在は大きい。


「それが君の中の答えだよ。さあ、行って。私のことは置いておいていいから前に進むんだよ」

「田中さん…………!」


 こいつ、良いこと言ってるけど、帰りたいだけだな…………


 俺は教室の時計を見る。

 時刻は5時を過ぎたあたりだ。


「もうちょい待って。まだバスケ部が終わんねーから」


 あと1時間くらいかな。


「え、何? これって、部活終わり待ちなの? 春野さんに突撃すんの?」

「もうそれ完全にストーカーじゃん。違うよ。妹待ち。今日、家に親がいないから晩御飯を外で食べようってなってんだ」

「相変わらず仲良いねー。ドス黒兄妹」


 ドス黒兄妹はひでー。


「小鳥が遊ぶような優雅な兄妹だよ」

「苗字って残酷だよね」


 まあ、君だって、こんなに美人なのに平々凡々な田中さんだもんね。


「田中さん、体育館に見学に行こうか」

「私、帰れないの……?」


 今日は帰さない!


「いいじゃん。たまには見に行こうよ。俺一人だと、ストーカーだと思われちゃうじゃん」

「すでにかなりの人は小鳥遊君をヘタレストーカーという認識なんだけどね。そういう意味では私を連れて行く時点でめっちゃヘタレストーカー」

「堂々ストーカーや陰湿ストーカーよりはいいでしょ。というか、そっちじゃなくて、目的は妹だし」

「君は堂々とした陰湿ストーカーだよ…………」


 田中さんはぶつぶつと文句を言いつつも付き合ってくれるようで、一緒に体育館に向かう。

 体育館に近づくと、体育館から体育館特有のキュッキュやバンバンという音が聞こえてきた。


「やってるねー」

「元バスケ部には悪いんだけど、何が楽しいのかがわからない」


 田中さんは運動神経が悪いわけじゃないけど、スポーツが好きじゃないからなー。


「田中さんはねー。歌とかの方が好きでしょ。趣味はヒトカラだっけ?」

「まあ、趣味と言えるかは微妙だけどね…………どこから覗くの?」


 体育館の前に着くと、田中さんが聞いてくる。


「こそこそすると、マジでストーカーだから普通に見学しながら待ってようよ」

「さすがは堂々とした陰湿ストーカー。っていうか、私も待つの?」

「晩御飯、奢ってあげるから」

「家に帰れば、普通に親が作った晩御飯があるんだけどね」


 俺達は普通に入口から体育館を覗く。

 中では体育館を2面に分け、バスケ部の男女が練習していた。


「ヒカリちゃん、いる?」

「いるとは思うけど…………」


 俺と田中さんは女バスの方を見ながら妹を探す。


「華麗なるレイアーープ!!」


 いたわ。


「あのうるせーのがヒカリちゃん」


 妹は大きな声を発しながらレイアップシュートを決めていた。


「わかるよ。相変わらずだもん」

「1年のくせに静かに出来んのかね?」


 先輩にしめられんぞ。


「ブーメランだねー。小鳥遊君も去年の球技大会のバスケでうるさかったよ。あと体育も」

「声を出すとテンションがね…………」


 そう、メンタリズム的な。


「まあ、今さらだから何も思わないけどね。あ、山岸さん、発見」

「どこどこ!?」

「食いつき…………ほら、あそこ」


 田中さんが指差した方を見ると、確かにアリアがいた。

 アリアは他のバスケ部の子とぺちゃくちゃしゃべっている。


「顧問がいないからってサボってんな…………」

「まあ、いつもガチで練習してるわけじゃないでしょ。ウチの学校はそこまで部活に力を入れてるわけじゃないし。春野さんはどこかな?」

「あそこ」


 俺は春野さんがいる所を指差す。


「はやっ」

「覗いた時に秒で見つけた。何か光ってるし」

「オーラ的な? ストーカーは怖いねー」


 ストーカーじゃないっての。


「まだ練習中だね。男子もか…………」


 男子も女子と同様に練習をしている。

 男子の練習を見ていると懐かしくなる。


「あ、三島君、発見」

「こけろ、三島」

「ひどいね。それでどうすんの? 中に入る?」


 三島を見ていた田中さんが俺を見ながら聞いてくる。


「体育館は暑そうだから涼しい外で見学しながら待ってようよ」


 女子はともかく男子の汗臭いのは嫌だ。


「確かに。あー、帰りて」

「ここまで付き合ったんだから最後まで付き合おうよ」

「ほぼ無理やりだけどねー。まあ、もうすぐ中間だし、小鳥遊君には生徒会長の過去問を仕入れる任務があるから付き合ってあげるけど」


 95点以下を取ったことがないことで有名な生徒会長ね。


 俺と田中さんがバスケ部を見学(主に女バス)しながら話していると、男子の方は終わったようだ。

 すると、見覚えのある1年が数人俺達の所にやってくる。


「小鳥遊先輩、チース!」

「こんちわー!」

「おひさっす!」


 そいつらは同中のバスケ部の後輩だった。


「よう、頑張ってんなー!」

「うっす! あ、田中先輩もこんちわーす!」


 一人が田中さんにも頭を下げると、他の2人も頭を下げた。


「こんにちは。お疲れ様ね」


 田中さんがニコニコとねぎらう。


「あざーす!」

「田中先輩もお疲れさまでーす!」

「お元気そうで何よりです!」


 こいつら、キャプテンだった俺じゃなくて、田中さん目当てで挨拶に来たな…………


「ほら、挨拶はもういいから片付けに参加しろ。先輩にどやされんぞ」


 何人かのバスケ部がこちらを見ていた。


「あ、やべ!」

「田中先輩、またっす! あ、小鳥遊先輩も」

「おつです!」


 後輩共は片づけに合流するために俺達から離れていった。


「…………私のことを知ってたけど、知り合いだったかな?」

「同中の男子で田中さんを知らない人はいないよ。美人で有名なんだもん」


 田中さんはガチで有名な人なのだ。

 まあ、誰だって、美人で有名と言われれば、一目見たいと思うだろう。


「そっちか。知ってる子だったらどうしようかと思って、軽く焦ったわ」

「まあ、あいつらも田中さん目当てだったね」

「そうなの?」

「うん。だって、今さらあいつらが俺の所に挨拶に来るわけねーもん。久しぶりって言ってたけど、その辺ですれ違うし」


 同じ学校だし、普通に会う。


「なるほどねー……おや? また来たわよ。あれも私目当てかしら?」


 俺はそう言われて“あれ“を見る。


「絶対にそうだよ。昔からあれの田中さんを見る目が怪しかった」

「おーい! お前ら、あれ呼ばわりはないだろ」


 俺達の元に来たのは俺達と幼稚園の頃から一緒らしい三島だ。


「こんにちは、三島君」

「よう、元気か?」

「いや、同じクラスじゃねーか。元気も何もさっきまで一緒だったじゃん…………で? お前ら、何してんの? 珍しい組み合わせが珍しい場所にいるな?」


 珍しいんだって。

 こんなに仲良しなのに。


「堂々とした陰湿ストーカーの言い訳のだしのために捕まっちゃったの」

「小鳥遊…………そんなに春野さんを…………」


 こいつら、仲良しでも何でもなかったわ!


「いや、妹の方だから。ストーカーじゃなくて、シスコンの方だから」

「どっちみち、ダメくね?」

「うるせーなー。そんなことより、男子は終わったん?」

「今日は先生いないしなー。早めに上がる。女子もじゃね? ほら」


 三島に言われて女子の方を見ると、女子も終わったようだ。

 というか、女子1名がものすごいスピードでこちらに走ってくる。


「はぁはぁ! お兄ちゃん、ちょっと待っててね!! あ、田中さん、こんにちは」

「はい、こんにち…………って、もう行ったし」


 妹は再び、全力で女子のコートに戻っていく。


「俺、実は15年前から薄々、思ってたんだけど、あいつ、バカじゃね?」

「俺は10年くらい前から確実にバカな兄妹だと気付いていたぞ」

「私も…………あと、うるさいし、図々しいし、馴れ馴れしいし、黒いし…………いや、この辺でやめとく」


 いや、かなりのダメージを負いましたよ?

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