第006話 筆談


 俺の目の前にはみゆきちの物であろうノートが置かれている。


 そこには書いてある文字はお茶を飲むかどうかを意味する言葉が書かれている。


 いや、普通に話せばいいじゃん。


 俺はよくわからないけど、ペンを取り、その文字の下に文字を書く。


『飲んでいいって言われたけど、淹れ方がわかんなかった』


 我ながら字が汚いな…………

 きれいなみゆきちの字(+絵)と並べると、ホント、汚い。


 俺はノートをみゆきちに返した。

 すると、みゆきちがまたノートに書き込み、俺に渡してきた。


『淹れよっか?』


 何と優しいことでしょう!

 みゆきちさんは俺にお茶を淹れてくれるらしい。


『おねがーい』


 俺はそう書いて、ノートを再度、返した。

 すると、ノートを見たみゆきちは立ち上がり、お茶が置いてある所に行き、お茶を淹れ始めた。


 マジで淹れてくれてるし……

 みゆきちの後ろ姿はかわいいなー。

 昨日の稗田先輩よりもかわいい。


 俺は先輩に失礼なことを考えながらみゆきちの後ろ姿をずーっと見ていたが、お茶を淹れ終えたみゆきちがこちらを向いたので、目線を机に戻す。

 みゆきちはお茶を机に置くと、またもや、俺の席の隣に座り、ノートに何かを書き始めた。

 そして、書き終えたようで、俺の前にお茶とノートを置いてきた。


『どうぞ』


 いや、それくらい口で言わんかーい!

 と、ツッコみたくなる状況だ。

 しかし、俺はそんなツッコミを入れることも出来ないので、ノートに続きを書く。


『ありがとう。わざわざごめんね』


 俺はそう書いて、ノートを返し、お茶を飲む。

 

 みゆきちが淹れてくれたお茶だと思うと、美味しいわ。


 俺がお茶を飲んでいると、またもや目の前にノートが来る。


『いえいえ、どういたしまして』


 いい子だなー。

 かわいいし。


『えーっと、稗田先輩は?』


 あの人、何してんだ?


『受付の仕事をしてる。今日は自分がやるから君らはそこで話しててって言ってた』


 本当にいい人だなー。

 受験勉強する予定だったのに、仕事を代わってくれるとは…………


『後でお礼を言っておくわ。あと、なんで筆談?』

『稗田先輩が筆談で会話しろって。小鳥遊君がしゃべれないから…………』


 ごめんねー!

 しゃべれなくて、すみませーん!


『ごめん。ちょっと緊張しちゃって…………』

『…………うん。さっきも何回か無視されたし』


 ひえー!

 気づいてらっしゃるー!!

 あわわ。


『本当にごめん。上手くしゃべれないから知的な寡黙キャラで行こうと思ったらああなった』

『知的って(笑) 無理あるでしょ。クラスでもアリアとかとあんなにふざけてるのに』


 見てらっしゃったー!!

 俺の知的キャラで行く計画はここに崩れ去った。

 アリアのせいだな。


『ホントはもうちょっと大人しいんだけどね。山岸さんが悪い』

『そう?(笑) アリアは昔から明るい方だけど、小鳥遊君はそれ以上に明るくない? しかも、昨日、アリアがすごく馴れ馴れしいし、スキンシップがヤバいって愚痴ってたよ』


 アリアめ……!

 覚えてろよ!


『ウチはフレンドリーな家なんだよー。人類皆兄弟!』


 アリアは兄弟ではなくなったがね。


『あー、わかる気がする。小鳥遊君の妹さんもそんな感じだし』


 馴れ馴れしさでは右に出る者はいない妹よ、ナイスだ!


『あいつ、先輩を舐めてない? シメてもいいよ』

『いや、舐めてないし、シメないよ…………すごくいい子だと思う。人懐っこいし、明るいし。私は好きだなー』


 俺はよく妹と似ていると言われる。

 つまり、みゆきちは俺のことを好きと思っていると同義だと思う。


『ウチの不出来な愚妹を何卒宜しくお願い致します』

『…………まったく同じことをヒカリちゃんにも言われた』


 嫌なヤツ…………


『春野さんは兄弟姉妹はいるの?』

『ううん。一人っ子。でも、小さいころからアリアがいたからねー』


 アリアと姉妹みたいなものなのだろうか?

 どっちが姉でどっちが妹かはわからないけど。


『そういえば、家が隣って聞いた』

『だねー。今でもよく部屋に来るし、行くよ』


 いいなー。

 アリアに生まれ変わりたいなー。


『そういうのいいよねー』

『私は妹がいる小鳥遊君が羨ましいかな。アリアがいたけど、兄弟姉妹が欲しいなと思ったことはあるから』


 たまに一人っ子の友達とかもいるが、そういうことを言う人は結構多い。


『いる? あげるよ?』

『どうやってよ(笑) それにヒカリちゃんが可哀想じゃん』


 いや、可哀想ではない。

 実は君に妹が出来る方法があるんだよ。

 俺は16歳だからあと2年待ってもらう必要があるけどね。


 さすがに、これは書かなかった。




 ◆◇◆




 俺達がその後も筆談をしながら交流を深めていると、部屋にノックの音が響いた。


「はーい」


 俺はそのノックに答えると、立ち上がり、ドアまで行き、ドアを開けた。


「あ、小鳥遊君。ちょっとごめんね」


 ドアの外にいたのは稗田先輩であり、稗田先輩は俺に謝ると、部屋の中に入る。


「春野さん、岡林先生が呼んでるみたいだけど……」


 岡林先生?

 まあ、担任だし、何か用があるのかね?


「え? あ、はい。わかりました」

「職員室だってさ。今日はもういい時間だし、そのまま帰っていいから」


 俺は稗田先輩の言葉を聞いて、時計を見ると、時刻は夕方の6時前だ。

 つまり、俺とみゆきちは2時間近くも筆談をしていることになる。


「わかりました。では、お先に失礼します…………ばいばい」


 みゆきちは稗田先輩に頭を下げると、ノートに何かを書こうとしたが、やめ、俺に手を振りながら別れの挨拶をしてきた。


「はい、またね」


 稗田先輩が手を振る。


「…………また、明日。学校で」


 俺はなんと普通に挨拶を返すことが出来た!

 すごい!


 みゆきちはニコッと笑い、部屋を出ていった。

 この場には俺と稗田先輩だけが残されている。


「小鳥遊君、明日は土曜だからまた明日は違うよ」


 ミスってるしー!


「今のは素でミスりました」

「なんとなくわかるよ。キョドってもなかったし、どもってもなかったから」


 確かにそうだ。

 簡単な挨拶だが、普通に会話が出来ていた。

 多分、相手が外人でも出来るであろうことを俺は初めてみゆきち相手にした。

 大いなる第一歩だろう。


「先輩、今日は本当にありがとうございました。受験勉強って言ってたのに…………」

「いやいや、かわいい後輩のためにひと肌でもふた肌でも脱ぐよ。それに普通に勉強はしてたしね」


 まあ、お客さん、来ないって言ってたしなー。

 それにしても、感謝だ。

 エロい身体をしている稗田先輩がふた肌も脱いでくれたらしいし。


「本当に感謝しています」

「うんうん。筆談だったらしゃべれたでしょ」

「はい。びっくりするぐらいに普通でした。なんで筆談やねんってツッコむところでした」


 お前のせいだろってツッコみ返しが来るね。


「ただの文字だからね。ゆっくりでいいし、焦らなくてもいい。顔も見なくてもいい。メールとかメッセージでもいいけど、隣にいるっていうのが重要なんだよ」


 めっちゃ良いことを言ってるし。

 さすがは図書委員長!


「最初は焦りましたけどね。この部屋で二人きりはきついっす。説明ぐらいは欲しかったです」

「小鳥遊君、パニクってて、それどころじゃなかったから春野さんの方に話したの」


 そんなにパニクってたかな?


「何を話したんすか? えらい長かったですけど」


 10分は待った気がする。


「内緒。君がそうであるように春野さんにも思うところはあるの。ただ、筆談でもいいからちゃんと話し合いなさいとは言った。さすがに、あの状況で受付は任せられないよ」


 お客さんが寄り付かなくなると思うわ。


「みゆきち、怒ってなかったです?」

「みゆきちって…………怒ってないよ。ただ、戸惑いかな」


 さーせん。


「これ以上は聞かないですわ。時期を見て、自分で聞きます」

「そうして。それと、これだけは教えて。君は今でも春野さんが好き?」

「好きであることをやめたかったんですが、無理でしたね。その程度ならプロポーズしませんって」

「まあね…………いきなりプロポーズなんて、多分、少女漫画の王道みたいなシチュなのになー」


 古くね?

 まあ、まだ、ファンタジーものならありかもしれない。


「さすがに出会い頭はマズかったですね。せめて、付き合ってって言うべきでした。あと、その後の対応ですねー。少女漫画の王子様はその後もグイグイ行くでしょ」

「逃げたらダメだよねー…………」


 ホントにね。

 逃げる気はこれっぽっちもなかったのだが、まさかの緊張でしゃべれない。


 自分でもわかる。

 ナシ寄りのナシですわ。


「これからは頑張れそう?」

「ですね。ありがとうございます」

「メールとかメッセージで連絡を取ったら? 教えよっか?」


 そこから始めるかー。


「いえ、みゆきちの友達経由にします。先輩を通すと業務感が出て、進展が遅くなる可能性があるので」


 この時のためのマイフレンド、アリアだ。


「…………思ったより策士だった」


 稗田先輩が苦笑する。


「先輩の連絡先を教えてくださいよー」

「その積極性を何故に生かせなかったの!?」

「馴れ馴れしいことで有名な小鳥遊君ですよ?」

「それは知らなかった…………バスケの試合中にうるさくて、よく審判に注意されてることで有名な小鳥遊君なら知ってたけど」


 なげーわ!

 それ、絶対にバスケ部の先輩が言っただろ!


「先輩は何て付けられました?」


 俺は稗田先輩と連絡先を交換しながら聞く。


「えー…………言いたくないなー」


 おや?

 まさか本当にエロい身体で有名な稗田さん?


「いいじゃないですか。どうせ3年の誰かに聞けばわかりますし」

「うーん、毛筆コンクールで金賞を取ったことで有名な稗田さん」

「うわっ! 自慢じゃないですか!」

「だから言いたくないのにー…………」


 ってか、金賞ってすげー!

 俺、毛筆でも硬筆でも、賞を取ったことないし。


「すごいですねー」

「もう! 帰るよ!」


 怒った稗田先輩はカバンを持つ。

 そして、電気を消したり、窓の施錠を確認したりと帰る準備を始めた。


「今日は終わりですか?」

「うん。大体、このくらいの時間になったら終わり。あ、そうだ。最後は鍵を閉めて、職員室に持っていくこと。今日は私が持っていくけど、来週からは君と春野さんでお願いね」


 なるほどね。

 大体、6時くらいまでの仕事というわけだ。

 こんなに楽で内申点も上がるのは中々、いいかもしれない。


「わかりました。あ、でも一緒に行きますよ。そろそろ暗くなりますし、一緒に帰りましょうよー」

「だから、それをさっき、春野さんに言ったら!?」


 それは無理。

 まだ俺のレベルが低い。


「いずれ、そうします」

「あ、そう…………」

「じゃあ、職員室に行きましょう」

「なんか、すごく懐かれてる気がする…………」


 稗田先輩が図書館の扉に鍵をかけながらつぶやく。


「それだけ感謝してるってことですよー。マジで尊敬します。将来、みゆきちと結婚して、女の子が生まれたら先輩にあやかってミカって名前を付けようかと思ってます」

「絶対にやめて! あと、その結婚と子供のくだり、外では言わない方がいいよ!」

「もう美人で有名な田中さんに言っちゃったし、ドン引きされた後なんですよねー」


 時すでに遅し。


「反省して」


 さーせん。

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