第2話

ひんやりした感触を背中全身で感じる。どうなったんだ? 副部長に階段から突き落とされ、首の骨を折った。悲惨なことに口から血を吐き、副部長からは暴言のような泣け惜しみを吐き捨てられた。

悲劇的だ。

色恋で殺されたのか? いや、こういう風に思考を巡らせれている時点で、即死はしていない。激痛で一時的に脳が強制シャットダウンしたのは容易に想像出来る。僕が予想するに、ここは病院だ。緊急搬送されて、一命を取り留めった。まだ麻酔が効いているので、ベッドがコンクリートみたいに冷たく感じるんだ。これが完全に目覚めたら、激痛が襲う。けど、病院だ。痛み止めの薬を飲んで、激痛からは逃れられる。問題は、首が折れているからリハビリとか必要な気がする。


いや、違う。仮にも小説家志望だ。

もっと小説家志望らしく思考しよう。


僕はかなりの時間、昏睡状態だった。

月日は二年経過して、やっと目が覚めようとしている。だが、僕の昏睡している二年間は、科学の発展が著しく、宇宙人が普通に闊歩する世界になっている。

と、SFっぽい設定の物語はどうだろうか? 即興で思考した設定だったが、自分の中にSF要素があったことが驚きだ。今作は異世界作品と決めていたけど、次回作はSFに挑戦するのも悪くない。


おっと。

思考世界に夢中だったけど、現実世界で僕の身体に触った奴が居るな。多分、看護師さんだ。寝たきりの僕の汗を拭いてたり、点滴を替えたり、大変な仕事だ。目が覚めたら、お礼を言おう。

いや、もう目を開けて、お礼を言うかな? だけど、良い機会だから看護師さんの仕事を文字通り、体験しよう。

そうと決まれば、瞼は絶対に開けない。バレてしまうのは、印象が悪い。僕だけの感覚かもしれないけど、目覚めないフリをするのはむっすり助平っぽいので、回避しないと駄目だ。あくまでも、看護師さんの仕事を間近で、見るというだけ。スケベ心は無い! 決して無い。


で、今は何をされているんだろうか? ん? 顔にお湯が掛かった? 粒の大きい水滴かな? しかも、かなりヌルい湯だ。病人を驚かさないような配慮だと推察する。僕が看護師の立場なら、ホットタオルで拭くのみ。それ以上の施しは、所掌外だ。だが、それでは爽快感に欠けてしまう。と、ここの従業員は判断しているんだ。この業務に対する姿勢は、痒い所にも手が届くケアで、感服してしまう。

本当、勉強になる。お湯を直接、顔に掛け、爽快感を患者に与えるのか。看護師さんも大変だ。

おっと、次はなんだ? 腹部と胸囲部分に重圧を感じる。布団か? だけど、重い。いや、痛い。痛い痛い。激痛だ。絶対に指圧マッサージではない。これが看護の世界にあると言われいるストレス発散か? 寝たきり患者への虐待で、ストレスフリーを実現するという、ニュースで取り上げられ、問題になっているアレだ。僕もその現場に遭遇するとは、全く良い経験だ。

しかし、僕は半分覚醒している。大人しく虐待されている程、お人好しではない。ここはしっかり覚醒して、ビシッと怒ってやろう。

よし、瞼を開けるぞ!


「え?」


僕はまだ、覚醒していないのか? 夢の中を漂う夢見心地だったのか?

仰向きに寝ていた。てっきり病室と思っていた。だが、ここは外。野外だった。だから青空が見える。と、言っても視界の端にだ。

目の前には、ワニの口が迫っている。ヨダレが僕の顔に付着し、腹にはそのワニの足? いや人間の足なんだけど? 少々パニックになるが、ワニの顔を持った人間に踏み付けられ、食べられそうになっているのが現状だ。


僕はヤバいと思い、ローリングしてワニ男の踏み付けから脱出する。直ぐに立ち上がり、ワニ男を見た。


「なんだお前は?」


口から出た言葉は、全てを語り尽くしている。小説家志望と言っても、これ以上の語彙力は持ち合わせていない。今後も知り得ることはないと断言出来る。

改めて目の前のそいつを俯瞰して見れば、ギャグの様な様相だった。


硬質タンパクのケラチンを角質で構成された角鱗と呼ばれる肌質をしている。深緑色と表すれば良いんだろうか? 草木に溶け込む色をしている。目は野球ボール程度の大きさで、ガラス細工の様な有鱗目をしていた。特徴的なのは、口だ。

今は口は閉じられているが、下顎の鋭い牙が見えている。僕はワニ博士ではないので、詳しくは知らないが、口を閉じている状態で下顎の鋭い牙が見えるのは、クロコダイル科のみと聞いたことがある。アリゲーター科は、下顎のの牙は見えないらしい。と、小説家になるために蓄積した知識がここで役に立った。けどここから先は未知だ。

相手がワニだったら「クロコダイル科か、なるほど」で終われるけど、その顔の下はガタイの良い人間の身体をしていた。手はゴツゴツしているけど、人間だ。角鱗ではない。日焼けした人間の手をしている。しかも爪も普通だ。綺麗ではないけど、切られている。服装も布を纏って、お腹のあたりで麻紐で縛っている。それはもう服と言える、良い代物だ。

身体を支えている足は、靴のような物は履いておらず、裸足だった。僕はあの足で踏まれていたんだ。


相手のリサーチが終わった所で、僕は周囲を見た。何処かの森の中だった。床には石畳になっており、そこに呪文のような言葉や絵が描かれている。


そこで僕は、やっと現状を理解した。


これは異世界転生だ。

僕は確かに、死んでいた。階段から突き落とされ、首の骨を折った。即死したと仮定すれば、今の状況は転生と断定出来る。

転移だったら、僕は重症状態で、死体だ。


つまり、肉体的変化が生じている可能性がある。

もしくは、魔法が使える可能性も。

夢が膨らむ。創作意欲が掻き立てられる。

と、握り拳を作って、瞳を輝かせたい所だけど、そんな気分にはならない。目の前のワニ男もさることながら、転生なんて希望していない。

いや、今はどうでもいい。

目の前の脅威に………。


「アレ?」


ワニ男は僕を一瞥すると、鈍い動作で森の中へ消えた。普通だったら、ここでバトルではないのか? 

場面とすれば、有り得ない力の開放。無双モードに突入。雑魚をバサッバサッと倒す。この世界の住人に勇者様的な事を言われるが、強敵出現。

が、異世界転生の定番ではないのか?

何もされないなら、それで良いか。

今からどうしょうか?

服装は制服だ。

靴もいつも履いている運動靴。上履きが無い高校で助かった。異世界転生で、靴が上履きだったら、格好が付かない。

スマホは………ある。

やはり電波が無い。


「くそっ」


思わず、口に出た。駄目な事だけど、出る物は出てしまう。


「クソタレがぁ」


一度、出るとまた出てしまう。

すると、上空で稲光が生じた。


次の瞬間だった。

真横に稲妻が落ちた。

少し掠ったのか、ピリピリする。

丁度、電気風呂に入っている感じだ。

舌も痺れた感覚だった。


「あれ? 疑問符? 外れちゃったナノ」


気付けば、目の前にミニスカの府警さんがニコリと僕に笑い掛けた。

先程までは、そこには存在していなかった。

稲妻で目が眩んでいる一瞬の隙に現れたのか?


「ふむふむナノ。また禁止者ナノ」


禁止者きんししゃ 】という単語を府警さんが発言する。しかも【 また 】という単語も付属している。

僕はある仮説を導き出す。


「異世界転生者っていっぱい居るの?」

「そうナノ」


やはりだ。

彼女はおそらく、僕みたいな異世界転生者を導く者。しかもげんなりしている表情で推測すると………。


これは予測と想像。

だが結論とも言える。

だから、ここは多分と言う。


僕らみたいな異世界転生者は、高確率で死亡している。


続く。

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