4-8

 窓から入り込む真っ白な光と風の音で目が覚めた。正午近い時間帯なのか、開け放たれた窓から見える空は、遠くまで青く輝いている。曇りのない空を見ると少し穏やかな気分になった。

 顔を動かすと、ベッドの脇に椅子を置き、うたた寝をしているエミリーの姿が目に入る。昨日はもうダメかと思ったけど、無事でよかった。

(あれ? なぜ、僕はここで寝ているのだろう……?)

 一瞬、自分が現実にいないような錯覚におちいる。

 昨日は確かディアトロスに襲われて…………。血に濡れて倒れこむエミリーの姿が頭によぎる。そして、僕の隣には泣きじゃくるリオラがいた。

「リオラは!?」

 叫んだと同時に僕は勢いよく起き上がった。あまりに長い時間、眠っていたのか起き上がった瞬間、目眩がした。

「びっくりした」

 エミリーは目をパチクリと瞬かせ、僕を見つめる。僕はそんな彼女の肩を掴んだ。

「リオラは? リオラはどこ?」

「落ち着いてラルフ。リオラは無事よ」

「そう……。ならよかった」

 取りあえず僕は安堵した。どうであれ、リオラが無事ならそれで良い。

「無事なんだけどね。ちょっと…………」

 エミリーは言うのをためらった様子だった。ポットの水をコップに注ぎ入れ、それを僕に手渡してくれた。僕が水を飲み干すとエミリーが口を開いた。

「説明するよりも、見た方が早い。ついてきて」

 僕は言われた通り、エミリーについて歩く。エミリーは部屋を出て階段を降り寮から出ると、隣の兵舎に入っていく。入って一階の廊下を左へ向かうと、突き当たりの部屋の扉をノックした。中からルカの声が聞こえてくる。

「誰だ?」

「エミリー・ウィリアムズとラルフ・ロドリゲス」

 しばらくすると扉が開き、ルカが出てきた。

 ルカは一度廊下に出て他に誰もいないことを確認すると、僕達を部屋の中に引き入れた。

 部屋に入るとそこは倉庫になっていた。地下一階の高さまで掘り抜かれていて、下まで続く階段が部屋の端に設置されている。その反対側には荷物搬入用の大扉が設置されている。

 そして、大扉の真前に明らかに異質な物があった。黒い黒曜石に似た質感の巨大な結晶体だ。

 エミリーは無言で階段を降り始め、僕もそれについて行く。階段を降り切り、結晶体の前までいくとエミリーは言い放った。

「リオラはこの中よ」

 見た瞬間から薄々勘づいていた。僕の前に現れず、こんな倉庫に連れてこられ、こんな結晶を見せられれば誰だって勘付くだろう。

 僕は結晶に歩み寄り、そっと触れてみた。だが、触れても何も感じ取れない。石と同じ冷たく固い感触が伝わってくるだけだ。導線をつなげば答えてくれるかなと思い、導線を伸ばし話しかけてみた。だけど返事は返ってこなかった。

 上の扉が開く音がして僕は振り向く。そこにはモーゼスの姿があった。

「ラルフ、起きたのか。ちょうどよかった。話があるんだ」

「お頭、やはり——」

「ああ、お前にも後で話そう。ちょっと二人とも外してくれ」

 そう言われると、エミリーとルカは倉庫から出ていった。モーゼスは穏やかそうに見えてどこか悲しげな顔を僕に向ける。

「ラルフ。落ち着いて聞いてくれ。お前はこれから………………」

 それを聞いた途端、僕は思わず彼の言葉が間違っているのではないかと疑った。信じられなかった。

「僕が、魔法剣士候補に……」

「そうだ。これから戦争が始まれば戦地にお前も向かうことになる」

 そんな生き方、考えたこともなかった。だって、僕は見送り人でこの国にとって、いや世界にとっても重役人のはずだ。それなのになぜ……。

 モーゼスは自分が許せないのか膝を床につけ、頭を下げる。

「すまない。俺に力だけでなく権力があればこんなことにはならなかった」

 普段見ている頼り甲斐のある大きな背中からは、想像もできないほどその背中は小刻みに震えていた。

 僕はモーゼスの肩にそっと触れる。

「モーゼス。僕は後悔してないよ。リオラを城の外に連れ出せてよかった。リオラのあんなに眩しい笑顔を見たのは初めてだよ。だから、連れ出す手伝いをしてくれてありがとう」

 僕の目から涙がこぼれた。自分の運命が望んでない方向に動いた後悔なのかはわからない。そんな僕をモーゼスが抱きしめてくれた。

「ラルフ、俺はお前を絶対に死なせない。戦場に行く時も俺が必ず守る」

「ありがとう。モーゼス。でも、僕は一人でも大丈夫だ。そのくらいは強くなるよ」

 

 倉庫から出ると、聞き耳を立てていたのかエミリーが突然僕を抱きしめてくれた。慰めるように僕の体を包んでくれた彼女から、姉様に似た愛情を感じた。


 翌日から僕は戦士見習いとして訓練を始めた。訓練は命を奪うことに戸惑うことがないよう殺すことに慣れることから始まった。食料となる家畜を殺し、野生の動物も殺した。それから罪人も——。殺すことに理がある者は動物、人間問わず殺した。最初は恐ろしいと感じ、殺めてから手が震えることがよくあったのだが、慣れていったのか手が震えることはしだいに無くなっていった。

 魔法の訓練も多く積み、あらゆる戦術を体に叩き込んだ。


 そして、僕は魔法剣士として王国の戦士となった。


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