3-2

 翌日から講義の席が変わった。講義の席は前から成績順に並べられ、僕の隣にはエミリーが座った。彼女は目の下にひどいクマをつけ気だるそうな雰囲気を体全体から醸し出している。

「これはひどいわね。なんか無理やり頭にねじ込まれたって感じ」

「そうでしょ。僕も昨日きつかったよ」

「もう無理」

 と言ってエミリーは机に突っ伏す。

 教壇の真前でよくそれができるな……と思っていると案の定オリバーがやってくる。綺麗に垂直に振り上げられたオリバーの平手が急降下し、真っ直ぐエミリーの後頭部を殴打する。

「講義中に寝るやつなど領主候補としてあるまじきだぞ、ウィリアムズ。貴様には罰として課題をくれてやろう」

 耐えるのが難しい眠気に、課題。これだけで終わればよかったのだが……、リオラの夜語りはしばらく続くことになった。

 その日、眠りにつこうとしたらまたリオラの声が頭に響いてきた。翌朝になって今度は僕が教壇前で寝てしまい、オリバーの平手と追加課題をくらい。そして翌日はエミリーが……。その翌日はまた僕が——、と交互に寝不足になる日々を送った。ただ、その成果なのか、僕らは何気ない会話を異国の言葉で話したりするようになってしまった。これがどう役に立つのかはわからない。けれど、リオラが言うには必要になる知識らしいから無駄ではないのだろう。

 しかし、これ以上続けば体調からしてかなり厳しくなる。歩いたまま寝そうになるくらい影響が出てきていた。

 モーゼスになんとかしてくれと頼んだが、どうにもならんと首をかしげられるばかりだ。

 そんなことが一週間ほど続きとうとう体に限界がきてしまった。 

 昼食後の自由時間中に、いつも通り、エミリーと稽古をつけていると、視界が分裂した。

 やばいな剣が二本に見える。あれ? エミリーの胸が三つに……?

「ラルフ、ぼうっとしないで」

 これは重症だな。なんとか剣を振ってガードをして打ち返してはいるけど、もうかなりキツい。

『エミリーは将来、巨乳安産型』

「………………!?」

 リオラの予想外の爆弾予言に僕は気が外れエミリーの一撃を頭に喰らってしまう。

 訓練用の木剣は形状が鋭利ではない。比較的柔らかい杉を使っているため頭が割れることはなかったが、それでもかなり痛かった。

「ラルフ大丈夫!?」

 僕は治癒魔法を頭にかけながら兵舎の方を見た。リオラが笑顔で窓から身を乗り出し、手を振っている。もう我慢の限界だった。

「ちょっとリオラに文句言ってくる」

「ラルフ、ちょっと……」

 本来、訓練場から木剣や防具を持ち出すことは禁止されている。しかし、そんなのを気にせず、僕は木剣を投げ捨て防具をつけたまま走った。

 兵舎に入り、階段を登りリオラの部屋がある三階まで一気に駆け上がる。三階の廊下に出るとリオラが部屋から出てきていた。

「よかった。大事にならなくて」

「何がよかっただ。散々邪魔しておいて」

「もしかして怒ってる? ごめんね。仕方がないの。あのまま続けてたら大きな事故になっていたから」

「それにしたってやり方ってのがあるだろ。こっちは寝るのも邪魔されてもう限界なんだ。いい加減やめてくれ」

「ラルフ、話を聞いて」

「やだね。リオラなんて大っ嫌いだ。話は聞かないよ」

 その一言二言が余計だったことに僕は言ってから気がついた。

「ひどいよ。なんで話聞いてくれないの? 仕方なくやっただけなのに……」

 リオラの目から涙がこぼれる。一粒。また一粒と涙の滴が流れ落ち、リオラは声を上げ泣き出してしまった。

「リオラ、仕方なかっただけなのに——」

 そこへエミリーが遅れてやってきた。リオラが泣いてる姿を見ると、エミリーは眉間に皺を刻み、僕に詰め寄る。

「ラルフ、リオラを泣かせたわね」

「ええぇ……僕が悪いの?」

 僕だってまさか泣くとは思っていなかった。それに泣きたいのはこっちの方だ。頭に木剣が直撃するわ、文句を言ったら泣き喚かれるわ、どうしたらいいのかさっぱりだ。迷惑も大概にしてほしい。

「おいでリオラ。大丈夫だからね」

 エミリーはリオラの頭を包み込むように抱きしめた。しかし、リオラは泣き止むどころかさらに大声で泣き喚く。

 ——まさか……、僕の考えてることを読み取ったのか……。

「ラルフ! さっさとどっか行って!」

 エミリーにしっしっと邪険にされ、僕は仕方なくその場を離れた。階段を降り兵舎を出て、つけたままの防具を戻しに向かった。

(なんだよ——。なんなんだよ! ちょっと話を聞き入れてもらえなかったからってあんなに泣かなくてもいいじゃんか)

 僕は兵舎から出て訓練場に戻ると、防具とほっぽり出した木剣を倉庫に雑にしまい、寮へと戻った。



 談話室で一人不貞腐れていると、そこへエミリーが少しむすっとした表情で入ってきた。

「リオラは?」

「落ち着いて部屋に戻った。もう強引なことはやらないって約束させたわ」

「そう…………」

「リオラね……。ラルフが死んじゃう未来が見えたんだって。木剣が目から入り込んで脳を貫いて即死。それで慌ててテレパシーを送ったって。ラルフが何を聞いたのかわからないけど、あの子に悪気があったわけじゃないの。許してあげて」

「でもさ……。それは睡眠を邪魔しなけりゃいいだけのことじゃん」

「それはそうなんだけどね……。きっと、あの子もわからないんだと思うの。どうやって知らせたらいいのか知識を与えたらいいのか。まだ全然わからないんだと思う。だってまだ十歳だよ。あんな力持ったら戸惑うよ」

「僕だって十歳だ」

「そうね。でもラルフはだいぶ大人びている。私もたまに同い年なんじゃないかって錯覚するくらいにね。だけど、リオラは違うの。分からないことがたくさんあるの。だからね、寄り添ってあげないとダメなのよ」

 僕は納得がいかずそっぽを向いた。

「ねえ、ラルフ。あなた、ちゃんと星の子の勉強した?」

「ちゃんとはできてないよ。途中で反乱を起こされたからね」

 エミリーは呆れたように肩を下ろし、ため息をこぼす。

「やっぱり。ラルフは星の子の知識が足りなかったんだ」

「必要な知識があるなら教えてよ」

「それじゃあダメなの。知識は取りに行って初めて身につくものよ。あなたがちゃんと必要だと思うものを探さないとダメ。図書室の十番棚に星の子の伝記があったから、それを読んでみなさい」

「わかった……」

 その日、午後の仕事が終わり晩食を取った後、僕は寮へ戻らず図書室に向かった。

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