星の降る夜に、僕は何を願うのだろうか
大澤陸斗
星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・上(幼少編)
第一章 次の君へ
1-1
「ラルフ、そこに座りなさい!」
姉のいつもよりも張り上げた声に僕の意識は強制的に姉に向けられた。驚いた。いつも優しくて温厚な姉は僕を叱りつけるようなことがほとんどないのに。
部屋の真ん中には広めのテーブル。姉は奥側の椅子に座っている。
家庭教師の授業でいつも使う部屋だから、対面で教示できるように椅子はテーブルを挟んで二つだけ。
余計な装飾品が一切ないテーブルの上には、一冊の本と筆記用の羊皮紙、羽と墨の入った瓶。明かりは燭台の上の蠟燭の火。小さく頼りなく思える火は、夜の部屋を淡く優しい光で照らしている。
僕が席に着くと姉の顔は一層怪訝さが増す。なぜそんな訝しめられるのか、僕には身に覚えがあった。
それは、今日、僕がある授業をさぼったことだ。そして、さぼった原因がいま目の前に置かれている。
一冊の古びた本。その本が何なのか、僕は題名を見なくてもわかる。
星の子の書記だ。
星の子にまつわる言い伝えがまとめられた本で、僕はその内容を連日みっちり詰め込まれるはずだったのだ。
正直、国の成り立ちとかには興味があるが、おとぎ話には全く興味がない。僕にとってはただの苦行である。
星の子の言い伝えは、本来だったら家庭教師であるジョセフが教えることだ。しかし、他の授業をまじめに受ける僕が星の子の授業だけは、毎回逃げ出すという手段をとったためにジョセフも考えあぐねてしまったのだ。最終手段として僕と仲のいい姉にどうにかしてもらおうと、声をかけたのだろう。
「なんで授業サボったのよ。いつも真面目に受けてたじゃない」
「受ける意味がないと思ったから」
「ラルフ。星の子の言い伝えはバーバスカム王国の由来に関係があるのよ。それに私たち一族にとっても大事な……」
姉は一瞬だけ言い淀むと、待ったと掌を前に突き出す。
「今はそんなことどうでもいいの。とにかく星の子の伝記の概要を今すぐ読んで、要約しなさい」
「えっと……、いつまでに?」
「今夜中に!」
今夜中……。今夜中……。僕は頭の中で想像してみる。
どう考えても一晩で終わらせられる量ではない。何せ、いま目の前にある書紀は僕の拳一個分の厚さがある。こんなものを全部読んで、要約文を書くには、どう考えても一晩では足りない。
「えっと、さすがに無理があるのでは?」
「自業自得でしょ」
「夜更かしになっちゃうよ」
「一晩くらい平気よ」
「果たしてジョセフは父様に事情を説明しているのかな」
「そんなの、見つかった時に事情を説明すればいいじゃない」
「本当に?」
父様は、絶対にこう言う。
『明日になさい』
となれば、明日の授業に間に合わず、ジョセフはまた考えあぐねることになるのだ。そこまで想像ができたのか、姉は深くため息をつく。
「仕方ないわね。私が概要を話すから書き記しなさい」
僕が羊皮紙を広げ、羽の先をインク瓶に浸す。
それを見て姉はゆっくりと話し始めた。
「遠いむかし、今から千年も前のこと。ある日、村に不思議な力を持った少女が現れた。その娘の名前はシオン。星の子よ。
シオンは不思議な力を使う娘だった。今でいう魔法のような力よ。病を治す力だったり、未来を見通す力、風や炎、水も操ったと言われているわ。
少女の力は村人にとってすごく都合がよかった。未来を見る力はその年の気候を先読みし、育てるべき作物を定言したので、村人は飢えることがなくなった。さらに地中に眠眠る水脈を言い当てたことで村に井戸が出来たの。これで万年水不足だった村は豊かになったといわれているわ。
他の地域では飢餓が起こって争い事が耐えなかったというのに、少女がいる村だけは平和だった。
時が流れるにつれ、シオンは村になくてはならない存在になっていった。そして、村のある青年と恋をして結ばれ、幸せな日々を過ごしたといわれているわ」
「やっぱりつまらない」
ふーっとため息をついて僕は書く手を止めた。
「ここから少し面白くなるから」
姉は僕がもう一度聞く体制になっているのを確認すると再開する。
「でも、幸せな日々は長く続かなかった。
ある日、シオンは地球に向かってくる彗星の存在を察知した。
そして、自分が星の子であること、これからどうしたら救われるのかを青年に告げたわ」
「なんて告げたの?」
「もうすぐこの地に光の尾を引く天体が落ちてくる。この村も周辺の村も世界そのものがみんな跡形もなく消えてしまうでしょう。でも一つだけ、滅びずに済む方法がある。私を遠く東にある星見の台座に連れて行ってほしい。そこにいけば私の命と引き換えに彗星を破壊することができる……と」
「なんか暗い話だね」
「そうね。この青年も報われないわ。旅の途中に通った地域は、土地が枯れて食料の奪い合いや殺し合いが起こっていたの。戦争だって起こってた。そんなのを見てしまったから、やるせなかったと思う。
でも最後に少しだけ報われるわ。青年は彗星が破壊された後、消えていく星屑を見て神様に願ったの。どうか、彼女が救った世界を平和にしてほしいと。
そしてその願いは、叶い文明が起きた。こうしてバーバスカム王国が誕生したの」
「ふーん。そういう言い伝えね。その歴史があったかどうかなんて……」
「それはどうかしら、東の国のヨサ王国には星見の台座が本当にあるっていうし、もしかしたら本当にあったことかもよ」
姉は僕にその話を信じてほしいのか、ニンマリと笑みを浮かべる。そんなことを言われたって僕には簡単に信用できない。あまりにも話の具体性がないし、国の方でもそれを裏付ける資料が見つかっていないという。あるのは二つ隣の東洋の国、ヨサ王国にある星見の台座。他にあるとしたら、これと同じような書記だけだ。これだけしかないのに、よく父様も母様も信じられるなと思う。しかもいずれまた起こることだと認識している。なんでこんなにも信じられるのか僕には全く理解できない。
不思議な力を使う女の子が現れて、世界的な飢餓が起こって、さらに彗星が降ってきて……。最終的には、星の子の少女が命を燃やして彗星の衝突を止める。そんなことが現実に起こるはずがないのに。
その時、頭の中でチクとした痛みが疾った。なんだろう。一瞬で治ったけど、どこか冷たく鋭い嫌な痛みだった。
僕が無言でうつむいていると姉が心配そうに声をかけてくる。
「ラルフ、どうかした?」
「ううん。なんでもないよ」
僕が笑顔で答えると、姉は別のことを訊いてくる。
「ねえ……。ラルフがもしこの言い伝えに出てくる青年だったらどうする?」
「え? そんなの……」
急に言われても困る。そもそも話をあまり信用してないし、でも——。
「寂しくないようにしてあげたいな。きっと星の子って寂しくて辛い思いをしないといけないから、もしその子が一人だったら友達にでもなってあげたい」
「そう。優しいのねラルフは。きっと良い領主になれるわ」
姉は寂しそうに俯いた。なんとなく理由はわかる。
僕たちは貴族の生まれである以上、僕は領主にならなければいけないし、姉は他の貴族の家にお嫁に行かなないといけない。そして姉はあと一年でお嫁に行ってしまう。時間が差し迫るなか、姉は貴族のマナーやしきたりを勉強しないといけない。姉弟水入らずの時間を作るには、こうして授業をサボって、姉に教えてもらう時間を無理やり設けてもらうしかなかったのだ。
——もっと一緒にいたいのに……。
僕は下を向いた。
「もう、なんでラルフがそんな悲しそうにするの?」
姉は僕の頭をそっと撫でてくれた。
「別に会えなくなるわけじゃない。今よりも会える回数が少し減るだけよ」
そんなことは言われなくても分かっている。でも……、それでも姉がお嫁に行ってしまうのが寂しくて嫌だった。
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