どうかその想いが実りますように
おもち。
第1話 私は愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者
学園内を歩くだけで色々な人がこちらを冷めた目で見てくるが、私は下を向く事は決してしない。だって私は後ろ暗い事などしていないのだから。
その態度が気に入らないのか、同級生や他の学年の令嬢令息達がこちらを見てコソコソ囁き合っている。
『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』
きっとここは婚約者のいる相手と、恋愛関係にあっても許される場所なのだろう。でも自分達が同じ立場になったら実際寛大に許せる人などいるのだろうか……
いや、ここは自分達が聞きたい事、信じたい事こそが真実になる場所でもある。
そこに当事者の思いや事実はきっと関係ないのだろう……
婚約者であるアーロン様と私は幼い頃からの幼馴染だった。
お互いの両親が親友という事もあり、昔から共に過ごしてきて同じ伯爵位という事もあり、両親は仲のいい私たちを見てこの婚約を決めた。
恋愛に発展する事はなかったけど、それでも信頼出来る間柄だったし、実際私は信頼関係はきちんと築けていると思っていた。
だから、アーロン様が他の女性を好きになってもきちんと話してくれると信じていた。
学園に入学して、アーロン様は一人の女性と恋におちた。
相手は男爵令嬢で、最初はきちんと節度のある態度で彼に接していたと思う。
ただ、相手の女性もアーロン様と同じ気持ちなのか、最近は好意を隠す事もしていない。
私は彼の幼馴染でもあるからこそ、長い時間を共に過ごしてきて、彼女に好意がある事もお互い想い合っている事も見ていて気がついていた。
だからこそ、言い出してくれるのをずっと待っていた。
でも彼は一向に私にその思いも、今後の事も何も言ってくる事はなかった。
気付いたら私は、『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』という酷いレッテルを貼られていた。
アーロン様には何度も確認をした。けれどその度にそんな事実はないと言われ、挙句にしつこいと罵倒され、嫌悪を隠しもしない態度を取られるようになっていった。
私達は、話し合う事すら無理な関係になってしまったの?
だからと言ってそのままには出来ない。私はアーロン様に事実確認をして彼女を心から愛しているなら、婚約解消を父に願い出るつもりだった。
だからこそアーロン様から直接気持ちを聞きたかったのだ。
でもそれすらも叶わない。
こんな嫌悪感たっぷりのアーロン様の表情を私は見た事がなかった。
あぁ、いつの間にかこんなに嫌われていたのね……
どこか他人事のように考えていると、ふと横からハンカチを差し出された。
「フローラ嬢……その、大丈夫か?」
見上げると、同じクラスの侯爵令息マクシミリアン様が心配そうに佇んでいた。
先ほどのアーロン様との会話を、聞かれたのかもしれない。
そしてハンカチを差し出されて初めて自分が泣いている事にも気付いた。
「……マクシミリアン様ありがとうございます。ですが私と一緒にいる所を他の方達に見られると、マクシミリアン様まであらぬ疑いをかけられてしまいますわ」
「俺の事はいいんだ。周りにとやかく言われる筋合いはないし……それに泣いている女性を放っておけるほど冷たい人間でもない」
そう言ってハンカチを差し出してくださる優しさに更に涙が溢れてくる。
「ふふっ。ではお言葉に甘えてお借り致しますね」
「フローラ嬢はこのままでいいのか?君がそこまで我慢する事なんだろうか?学園での証言なら私が協力する事も出来る」
「……ありがとうございます。そうですね、もう無理なんだと思います。アーロン様の態度を見ていてそう感じました。帰宅したら父に全て報告しようと思います」
「その方がいい。俺は同じクラスの人間として君の努力も気高さも知っている。君はよく頑張ったよ」
——だからもう頑張らなくていいんだよ。
そう言われ、止まっていた涙がまた溢れ出す。
きっとマクシミリアン様は同級生として放っておけなかったから、こうして手を差し伸べてくれたのだと思う。
でもずっと学園で居場所のなかった私にとって、どれだけマクシミリアン様の存在に救われたか彼はきっと知らない。
今も私の心が歓喜で震えている事すら、きっと気付いていない……
でもそれでいい。婚約者に邪険に扱われている魅力のない女なんて、マクシミリアン様にはふさわしくないのだから……
だから、この想いに気付かれてはいけない。絶対に。
ハンカチでそっと目元を拭い、出来るだけいつも通りの笑顔を作り感謝を伝える。
「マクシミリアン様、本当にありがとうございます。お言葉に甘えて証言の件も、必要になりそうならお願い出来ますか?」
「あぁ、もちろん。きちんと証言するから心配しないでいい。必要ならいつでも侯爵家に手紙を寄越してくれ」
「はい、必ず。ではまた来週学園で」
「……あぁ、また来週」
マクシミリアン様と別れ、父に婚約解消を願い出る為に帰路に就く。
お父様は何て仰るかしら……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます