第2話 知らない少女

 高校入学から2ヶ月が経過して早くも6月になっていた。


 しとしと降る雨のなか傘をさして独りで帰宅する麻生まおう


 小柄な体格で背中を丸めてとぼとぼ歩く姿からは悲壮感が漂っていた。


 それもそのはず。



―――昼下がりの国語の授業の時間―――


 麻生まおうは国語の教科書を開くと本日の授業に該当するページが破られていた。


 それに気づいて麻生まおうの困った顔を見てクスクスと笑う声が聞こえた。


 麻生まおうはこれが誰の仕業か予想はついたが本人に言う勇気もないので怒りを抑えて何もなかったようにやり過ごすことにした。


 しかし、その日に限って教師から音読を任命されてしまう。


 麻生まおうはその場で立ち尽くした。


 教科書のページが破られているなんて言えるわけもない。


 教師は催促しても黙って立ち尽くす麻生まおうに愛想を尽かしてついぞ別の人を任命した。


 これが今日の麻生まおうの教室での出来事だった。


 「はー…」


 大きくため息をつく麻生まおう


 何故あの連中は毎日毎日飽きもせずに自分を虐めてくるのだろう。


 こちらが辛い表情をしていても虐めの手を緩めることはなく、むしろその表情を楽しんでいるのだ。


 「鬼畜だよアイツら…」


 呟きながらとぼとぼ歩いていると大きな声でバカ笑いする集団がチラリと麻生まおうの目に写った。


 3人の男たちが大声で話しながら大通りの歩道を我が物顔でこちらに闊歩してくる。


 金髪にピアスやタトゥーと暴力的な雰囲気をバンバンに醸し出している男たち。


 「うわ…」


 こういう連中に絡まれては堪らないので目を合わせないように傘で顔を隠した。


 ゲラゲラと品のない笑い声が段々と近づいてくる。


 10歩、9歩・・もうあと数歩ですれ違う

と思われた。


 

 だが目の前でその声は突然止まった。



 「おいボウズ。ちょっと金貸してくれや」

 「えっ…」


 怖い男たちは麻生まおうの目の前で立ちはだかるやいなや金をせびってきた。


 「あっあの、ボクお金持ってないです」

 「あん?」


 とりあえずお金を持ってないと言ってはみたが、それが返って男たちを逆上させた。


 男たちは麻生まおうを取り囲むと建物の脇の路地に連れ込もうとしだした。


 麻生まおうは周りの人間に助けを求めるようにチラチラと周りを見渡したが誰1人として目を合わせなかった。


 「早く来いよクソチー牛ボウズ」

 

 誰の目もない路地。


 犯罪をするにはうってつけの場所だ。


 麻生まおうはこれから起こることを想像して足が震えだした。


 「アハハ!このボウズ足が子鹿みたいに震えだしたぞ」

 「おい!早く財布出せや。金があるかないか確認してやるからよ」

 「ウソだったらぶっ殺すからな」


 麻生まおうは抵抗するのも怖かったので言われた通りに財布を男たちに差し出す。


 男たちは乱暴に財布を取り上げると中身を確認し始めた。


 「千円札しか入ってねぇじゃねえか。クソ貧乏チー牛がよ」


 男は文句を言いながら千円札を抜き取ると次に学生証も抜き取り写真と名前をマジマジと見出した。


 「名前は麻生まおう

 「ウハハ!名前だけ立派だな!チー牛の麻生まおう!チー牛魔王だ!」


 男たちは名前を見ると勝手に渾名あだなを付けて笑い出した。


 そして一頻ひとしきりの笑いが済むと1人の男が麻生まおうの胸ぐらを掴み鼻息を感じるほどの距離まで顔を近づけてきた。


 麻生まおうは驚いて思わず傘を手放してしまう。


 「オレはさ…テメーみたいな顔のヤツが大嫌いなんだよ。とりあえずウソだったから殴らせろ」


 男はすごい形相で麻生まおうを睨みつけ片方の拳を振り上げた。


 「や、やめてください!!お金は渡しますから」


 恐怖のあまりに泣いて懇願する麻生まおう


 しかし男はそんなことお構いなしに麻生まおうを殴ろうとした。



 ―――その瞬間。


 

 『辞めろ!!!』



 路地に女子の声が響きわたった。


 男も突然のことに手が止まり間一髪で麻生まおうは殴られずに済んだ。

 

 だが事態はこれで収集したわけではなさそうだ。


 女子の声がした方向には1人の女の子が男たちを睨んで立っていた。


 翠色すいしょくの長い髪に青白磁せいはくじの綺麗な肌をした同年代くらいの女の子は天女のような服装をしている。


 控えめな胸に胸元の大きく空いた丈の長い朱色のワンピースを着て一重の上着を羽織った大昔の中国の宮女のようにも見える服装。


 そして現代にそぐわない風貌の女の子の登場にこの場の誰もが困惑していると女の子はポツリと一言呟いた。


 『やっと…見つけた。父上の空器からのうつわ


 女の子は不敵な笑みを浮かべてたしかにそう言ったのだった。

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