11 第二次源平合戦

 ホテルの屋上に着いた。

 ここまで来るのに少なからずの悪霊を倒した。

 ほとんどやったのはリッカ&ゲッコスだ。

 ゲッコスは魔法の出力が強化されただけで、ヤモリっぽい外観は変わらない。

 しかしリッカはだいぶ大きくなり、翼も大きく強くなり、角も長く伸びてきた。

 もう少ししたらサーラの助言通り乗り物ヴァーハナの契約を結ぶかもしれない。

 

 「成長したな。

 おれの育て方がいいんだね」

 「ギャオ」

 「オデ、強くなるギ」


 二匹がすりすりしてくる。

 途中でサーラが合流してきた。


 「あるじさま。

 内部の敵はさほどでもないので人間に任せても大丈夫です。

 しかし、上にいるのはそうでもないみたいで」

 「精霊・・・外国の強大な精霊がいるみたい」


 女神ハトがふわりと浮かびつつ言った。


 「そ、そんなのとた、戦うの?」

 

 ダイスケのメガネがずり落ちる。

 女神は彼を叱咤しつつ話を続けた。


 「悪霊、邪霊、そして大いなる精霊。

 混戦になるわ。

 気を付けて」

 

 「まずは平野の安全の確保か。

 どうするべきか」

 「をれもサポートするでしゅ」


 キツネ姿のナビが元気よく答える。


 「情報は最大の武器でし!」

 「よし、このドアの先に敵がいる」


 階段を上ってすぐ、屋上の扉の前でおれは言った。


 「ジョージ先生と山野先生が負傷しているらしい。

 もしかしてダミアンと水戸もいるかもしれない。

 サーラとレイナは負傷者を避難させてくれ。

 ゴトマツとナビはおれのサポート。

 リッカとゲッコスはおれと一緒に攻撃。

 決して無理するな。

 あとダイスケと女神さまも攻撃してくれるか?」

 「お、おう」


 ダイスケは両手から蔓を出した。


 「日頃の特訓の成果、見せるべき時が来た」



          〇〇〇



 新月の夜。

 明かりのない真っ暗い屋上。

 青白い人魂がたくさん浮いている。

 その中央に平野は宙に浮かんでいた。

 いや、それは平野ではなかった。

 平野の肉体に重なって、びしょ濡れの女が―腰から下が魚で真っ青な肌の女が視えた。

 豪華な模様の単衣を纏っているが前がはだけている。

 青ざめた乳房を惜しげもなく出し、その先端には小さな眼球が付いている。

 ばさばさの黒髪に絡んだ海藻。

 磯の香り。

 その隣には、黒い直衣を着た上品な顔立ちの男が控えている。


 「今宵こそ、わらわが本格的に復活する夜じゃ」


 女は背筋が凍り付くような声で叫んだ。

 全身に青白いオーラが燃え立っている。


 「一門の者たちよ、よく聞け。

 わらわは肉体と神の力を得て、そもじらを再び人界に転生させよう。

 おお宗盛よ!

 ようやった。

 自慢の息子じゃ。

 この八百年・・・待った甲斐があったのう」

 「・・・誰だ!」


 男がこちらを振り向いた。

 端正な顔に驚愕と怒りと恐れが刻まれている。

 おれはこいつを知っている。


 「きさま・・・平宗盛だな。

 処刑の後梟首されたというのに・・・」

 「まろは死なぬ」


 宗盛は怒りで真っ黒いオーラをたぎらせ、答えた。


 「今でも覚えている。

 憎き下手人が刀を我が喉に突き立てるのを。

 まろは体を失っても死なぬ。

 神によって力を与えられ、生き返ったのじゃ」

 「転生とかじゃないんだ・・?」


 ダイスケの言葉が終わらぬうちに、憎悪の矢が飛んできた。

 彼は首尾よくそれを蔓の鞭で弾いた。

 平野に取り憑いた磯の女は真っ赤な目を開けた。


 「わらわが眠っている間に、こんなになっていたとは・・・。

 日本も落ちたものよ」


 青い指先が示す先、そこにはうずくまるジョージ先生がいた。

 その隣には、ほんわりと緑色に輝く妖精。

 山野先生だ。

 佐久間同様、人外の血が混じっているのだろう。

 

 「お、遅いぞ、バンパイア・・・」


 低い声で呻いているのは水戸だ。

 ダミアン同様全身傷だらけで、足をやられているらしく突っ伏したきりだ。


 磯の女は耳障りな声を上げた。

 笑っているのだろうか、泡がはじける音がこだまする。


 「異人に精霊もどき、坊主の息子ごときで女神たるわらわに背くとは」

 「あんた誰?」


 おれが聞くと、磯女は驚いたようにこちらを見た。


 「そ、そもじ・・・!」


 瞳も虹彩もない赤い目が細められ、吊り上がっていく。


 「よ、義経め!

 ここで会ったからにはすっ首を掻き切ってやる。

 しかしまあ・・・」


 怪物はガタガタ震えつつこちらを凝視した。


 「人の噂は当てにならぬのう。

 こんなに美しい男とは」


 たまらず、宗盛(の怨霊?)は叫んだ。


 「母上!

 奥州の九郎ごときに油断しないでくだされ。

 所詮は野良犬、われらの襟くずにも及びませぬ。

 ったくもう、昔から面食いなんだから」

 「おい、人魚さん。

 平野の身体から離れてくれない?

 アンタも一応貴族だったんだろ。

 卑怯な真似するなよ、まして庶民相手に」


 「ぎゃああ!」


 おれの答えに対し、磯女は水戸&ダミアンに邪悪な水魔法をかけた。

 素早くそれを解除するサーラ。

 レイナとハト女神がそちらに行き、待機する。

 サーラは素早く負傷者全員を転移させた。


 「ユイたちの場所に送りました。

 怪我人がここにいては危ないので。

 これで大丈夫よ」

 「サーラ、ありがとう。

 あとはこの化け物どもか。

 ・・・おい、マロ助、よく分からんが説得に応じないのだったら、こちらも全力で行く。

 貴様らは再び死に、地獄の住人になるだろう。

 それでいいな」


 宗盛の身体が暗いオーラで見えなくなる。

 再び姿を現した時、それは巨大な黒い猪になっていた。

 猪が屋上の床を蹴ると、ぴりりとヒビが入った。

 このままでは建物が損壊してしまう。


 「分かった。

 あくまでも引かぬというなら」


 おれはキラナ剣を抜いた。

 頭上に掲げ、戦闘開始を宣言する。

 新月の夜空は次第に痣のような紫色に変わった。

 血管じみた赤っぽい筋雲が出現する。


 「おれらも受けて立つ。

 平野の身体から永遠に貴様らを払ってやる」


 かくして第二次源平合戦は口火を切った。

 平家側は宗盛(怨霊)と宗盛ママ(水魔)、その他平家の浮遊霊。

 さすが800年間の怨念がある亡霊は手強いが、天の精霊の末裔たるリッカ&ゲッコスの前ではいかにも無力だった。

 消えゆく彼らは一瞬だけ生前の姿に戻る。

 それは粗末な防具に身を包んだ若い男だったり、みすぼらしい単衣に髪を乱した栄養失調気味の女官だったりした。

 亡者に同情することは禁物だが、改めて彼らを見ると・・・いかに昔の日本人が貧しく不潔で脆弱な体をしていたのかが分かった。


 サーラの剣がきらめき、宗盛の胴を真っ二つにした。

 化け猪の下半身が消滅し、宗盛の顔をした魔物は上半身だけのままずるずるとこちらに向かってくる。


 「なぜ、なぜだ・・・」


 猪の姿が点滅し、端正な顔の男が苦悶の表情を浮かべているのが見えた。


 「よ、義経・・・。

 なぜ我らを滅ぼした。

 わが父は貴様らの命を取らなかったのに」

 「ふむ、確かにその時は殺さなかったな」


 おれは宗盛の負のオーラをジリジリ焼き滅ぼしつつ答えた。

 人霊とはいえ、彼の憎しみは本物だった。


 「しかしおれが鞍馬に行った後、夜な夜な刺客を差し向けたのはお前らだろう」


 そう。

 建前上助命しただけで、後に暗殺するつもりだったらしい。

 鞍馬の僧兵はそれに気づき、そのたびに暗殺者を始末してくれていた。

 しかし数人の稚児がおれと間違えられ、毒殺されてしまった。


 「おまえらは無実の少年らの命を奪ったのだ、平毒盛めが」

 「は、母上、そんなことがあったのですか?」


 憎悪が当惑に変わった。

 赤い目の水魔が叫ぶ。


 「仕方なかったのじゃ。お館様は甘すぎる。

 禍根は断たぬと我らがやられてしまう」

 「そ、そんな・・・

 では母上がそんなことを・・・」


 宗盛はうつむいた。

 

 「イノシシ殿、どうする?

 今、再びおまえを斬首することはできる。

 それとも改心し、平野の体を返すか?

 今後一切彼女の身の上に関わらず、これまでの賠償をするか?」


 気の弱い相手に司法取引を持ちかける。

 しかし怨霊はくわっと真っ黒になった目玉を剥き、こちらに向かった。


 「まろは最後の平氏ぞ。

 敵に屈することはない」

 「残念だが、その心意気あっぱれよ」


 キラナ剣はバターのようにするりと宗盛の首に食い込んだ。

 瞬間、黒いオーラが血飛沫のように飛び散り、やがて消えた。

 彼は最後の時、一言も発しなかった。


 「おお、宗盛よ・・・」


 女怪は崩れ落ちた。

 素早くダイスケがその魚の尾に蔓を結びつける。

 シュルシュルと音を立て、魔物はグルグル巻きになって拘束された。


 「ううっ!」


 赤い目が細められる。

 蔓は木っ端みじんに砕けた。

 ダイスケとハト女神は床に叩きつけられてしまう。


 「サーラ、彼らの保護を頼む。

 安全第一だ」

 

 彼女が瞬間移動し、回復術をかけるとダイスケは息を吹き返した。

 メガネにヒビが入っている。


 「ありがとう、ダイスケ、ハト女神。

 あとは・・・」


 亡霊たちはみな消滅していた。

 リッカとゲッコスのおかげだ。

 おれは水魔に向かい合った。

 彼女の口はもはや耳まで避け、猛獣じみた歯をむき出しにしている。


 「お前は・・・司法取引に応じる性質ではなさそうだ」

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