7 平野のりこの過去
「待たせたな。
例のブツを持ってきたぜ」
人気のない教室の一角で、おれはティッシュに包まれたものを佐久間に手渡した。
彼はそれを受け取り、中を開いた。
黒い髪の毛が10本ほど。
平野のりこのものだ。
約束通り、ユイとサーラが持ってきてくれたのだ。
「金翅鳥の法かぁ。
結構邪法寄り・・・?」
「時と場合によると思いたいな」
スズナの言葉に佐久間が苦笑した。
対してダイスケは珍しそうに、均等に並べられた蠟燭や机の上に広げてある曼荼羅を見つめている。
道具師は落ち着いた手つきでその上に髪の毛を置いた。
ちりん、と静かな音がする。
「後学のためちゃんと見ないとね、ダイスケ」
ハト女神は励ますようにメガネボーイの背中をぽんと叩く。
「大勢の前でやるのは初めてだな。
なんか・・・恥ずかしいけど」
佐久間のぽっちゃりした顔に汗がにじむ。
それもそのはず、TMAのメンバーが勢ぞろいしているからだ。
「気にしないでいいのよ、佐久間君」
サーラが元気づけるように言うと、彼の顔はきれいなピンクに染まった。
彼はサンスクリット語(?)で呪文を唱えた。
周囲が急に暗くなり、曼荼羅が青白く光った。
蝋燭の焔が燃え上がりそして消えた。
そして。
曼荼羅から燦然と輝く鳥型の光が現れた。
「鳥の神よ、すべての情報を司る神よ」
佐久間は低いはっきりした声で言った。
「平野のりこの過去を我らに教えたまえ!
我らはかの者の苦悩を救うつもりなり」
光の鳥はぐんぐん大きくなり、ケーンと甲高く鳴いた。
おれたちは光に飲み込まれた。
〇〇〇
彼女は幸せだった。
少なくとも、あの日までは。
20XX年5月7日。
彼女は、清水野莉子は6歳の誕生日を迎えていた。
ちょうど日曜日で、両親や生まれたての弟の翔もいた。
彼女の大好きなイチゴのデコレーションケーキがテーブルの中央に置かれている。
料理上手な母が作ったものだ。
「お誕生日おめでとう、のりこ!」
「ハッピーバースデー、ジャスミンちゃん!」
両親は口々にそう言い、祝ってくれた。
生まれたばかりのショウも、赤ちゃん椅子の上で機嫌よくバブバブ言っている。
ジャスミンというのは母親が付けてくれた愛称だ。
野に咲く莉の花(ジャスミンの一種)のごとく強く美しい人になるよう、両親が名づけたのだ。
「パパ、ママ、ありがとう。
ノリ、うれしいよ」
少女は笑った。
幼稚園に通う幼い娘。
いかに愛された存在だったことか。
蝋燭の焔がゆらめいた。
「地震か?
こんなときに・・・」
父親の声を聞いたのはそれが最後だった。
ガラスの割れる音が響き、獣の唸り声が響く。
その後少女の目前を覆いつくしたのは、赤、赤、赤。
気が付いたら市立病院のベッドの上、白一色の世界だった。
「パパ、ママ、ここどこ・・・?
ショウは・・・?」
彼女は声を出し、手足が包帯でぐるぐる巻きにされているのを見た。
麻酔でも聞いているのか、あまり痛くなかった。
年配の優しそうな看護師がやってきた。
目が潤んでいる。
「かわいそうに。
お名前、分かる?」
「あたしの名前は・・・。
あれ?」
少女は首を傾げた。
自分が誰だか分からない!
でもパパとママと弟のショウがいるのは覚えている。
「かわいそうに、かわいそうに」
看護師は彼女を抱き、慰めてくれた。
その時初めて、火事で両親と弟が亡くなったのを知った。
彼女は泣いたが、それでも自分が天涯孤独になったという実感はなかった。
しばらくして、紺色の制服を着た男が2人病室にやってきた。
彼らは看護師と言い争いをしていたが、半ば強引に病室に入ったのだ。
「きみいくつ?」
「わかりません」
彼女は素直に答えた。
男たちは飢えた者がご馳走を見るような目でこちらを見ている。
「パパとママがどうなったか知っている?」
「火事で死んじゃったってさっきの人が言ってた」
「そうとも言えない。
きみのパパとママは殺されちゃったんだ」
警察官の男たちの目はあくまでも暗くよどんでいた。
そして劣情の焔がゆらめいた。
「おじさんたちはね、きみがパパとママを殺したんじゃないかって思ってる」
「まあ、部外者の焼死体もあったんだけどね。
きみのパパの浮気相手かもしれないけど」
「な、なんてことを!
子供にそんなこと言ってはいけないよ!」
「うるせえ、黙って消えろこのブスババア!」
警察のうちの1人が看護師の腹を思い切り蹴った。
彼女はどうと倒れた。
「のりちゃん、おじさんたちに疑われたくなかったら着てるもの脱いでくれない?」
警察はねっとりした声を出した。
「あ、手が使えないんだ。
じゃ、脱がしてあげよう」
「やめて!」
少女は必死に抵抗したが、大の大人には敵わない。
中年男の太い指が彼女の胸をまさぐり、更に下の方まで・・・。
「がああああっ!」
排水溝の詰まるような音が響いた。
目の前の男2人、脳天から真っ二つに引き裂かれ、壊れたおもちゃのように病院の床に落ちた。
壁中に血飛沫が飛び散り、少女の体もベッドも深紅に染まった。
内臓らしきモノがトロっと手すりから落っこちた。
「あ、わわ・・・」
看護師は半ば白目を剥き、少女を指さした。
悪魔、獅子の悪魔、と。
〇〇〇
「きみは平野のりこという名前なんだよ」
数日後、病室を訪れたのは和服姿で清楚な感じの青年だった。
彼女の母方の伯父だという。
神薙神社の神主をしており、彼女を迎えに来たという。
「警察のおじさん?
ああ、きみは彼らに何もしていない。
あの人たちはあろうことかここで自殺しちゃったんだ。
迷惑な話だね」
伯父はさも汚らわしいと言わんばかりに口をすぼめた。
彼女は平野のりことなり、伯父に引き取られることとなった。
神社に着くなり、男の顔は厳しいものとなった。
「娘よ、我のことはお館様と呼びなさい」
「・・・はい」
「そして、おまえは神社の巫女となるべく、修行に明け暮れるのだ。
その前に神前儀式を済ませようと思う」
儀式は新月の真夜中に行われた。
神社の神がそう命令したらしい。
のりこは神社の巫女たちに体を清められ、お神酒を飲んだ。
甘くおいしかったが、次第に頭がぼうっとしてきた。
少女は厳重に管理された檜の戸の向こうに連れていかれた。
お付きの女は彼女が中に入るのを確認すると、再び戸を閉めた。
中は暗闇そのものだった。
磯の香りがする。
うめき声が聞こえ、闇は次第に女の姿となった。
艶やかな十二単を身につけた、肌の真っ青な美女だった。
しかしその髪の毛はびっしょり濡れて乱れ、眼球は赤く爛々と光っている。
「すばらしい贄や」
女性は少女を抱き・・・食らいつくした。
〇〇〇
あたしって何?
毛むくじゃらの八本足がみえる。
悲鳴を上げそうになるが、もう声は出ない。
喉も舌もないから。
出るのは糸だけ。
粘着質の、強い強い糸だけ。
大きな醜い蜘蛛の妖怪だ。
怪物になっちゃったんだ。
元の身体はもうない。
取られちゃった、着物の女に。
あたしの身体だったモノは、別の人が使ってる。
女の人と、尻尾がヘビのライオン。
ライオンは他の人間しか襲わないけど、女の人は喜びながらあたしをいじめるの。
仕事をしろって。
人間を糸で捕らえることしかできないけど、本当に疲れるんだ。
もう楽になりたい。
「ツナ、ツナ・・・」
例の声が聞こえる。
意地悪な女の人じゃない。
あの人は瞳のない赤い目玉をしているけど、この声の人は違う。
人間のお婆さんだ。
尼さんの格好をしたお年寄りだ。
「ツナ、負けないで。
悪霊に負けちゃだめよ」
お婆さんは炎のように揺らぎつつあたしに言う。
「折をみて、あいつらを成敗するんだ。
あたしたちはツナ。
源綱子。
判官様にお仕えしていたのよ。
弟のショウもここにいる」
そうだ。
あの時。
あたしの誕生日に知らない女が窓ガラスを割って侵入してきた。
女は口からライオンの怪物を出した。
怪物はパパとママを引き裂き、ショウを丸呑みした。
そしてあたしの体内に入ってしまった。
怪物は女を見限りあたしにとり憑いたんだ。
だからショウはあたしと共にいるはず。
「母上」
お館様がかつてあたしだった体にひざまづく。
「このたびは復活おめでとうございまする。
この宗盛、800年以上も一門の者たちを探しておりましたゆえ」
「まさか源氏の生まれ変わりの身体とはな」
女の人がくつくつ笑う。
いやらしい、意地の悪い声だ。
「して、かの者の情報は?」
「こ奴いわくすでに復活しているとか」
お館様もとい宗盛は漆の台に置かれた何かを指さした。
それは男と女とも分からぬ、ミイラの頭だった。
のりこの身体を通じて女は眦を釣り上げた。
「ああ、ああ、何と忌まわしい!
奥州のあらえびすごときに我が一門を殺されるとは!
おお、宗盛、今やそなたこそがお館様や。
一門をまとめ上げ、再び我らの天下を取れ。
その前に、にっくき小男――義経めの首を手に入れるのじゃ」
「言われずともそうしますゆえ」
お館様はにちゃーっと笑った。
「魔王と契約し神通力を手に入れたまろを、見くびらないでくだされ。
しかし、かの者・・・義経が天竺の邪神だったとは」
「天竺の言い伝えにも名がないのであろ?」
「さようで。
こやつに聞いてもさっぱり」
お館様はミイラの生首をすっと撫でた。
「ふふっ、仲間が集まるのも時間の問題よのう。
楽しみじゃ。
宗盛、今度こそはぬかるでないぞ」
おぞましい笑い声が響いた。
神社最深部、奥の院の闇はこうして生き残った。
―――
「うげ、ごほっ!」
ダイスケはハンカチを口に当てた。
凄惨な場面を垣間見てしまい、精神と胃がもたなかったのだろう。
「こ、これ・・・。
どうするの、ユウマ?」
普段は気丈なユイも顔を青くしている。
他のメンバーも凍り付いた表情をしているが、一番ダメージを受けているのは佐久間だった。
彼は後ろを向き、勢いよく吐いた。
「おい佐久間、大丈夫か?
バケツ・・・ほれ、バケツの中でどうぞ」
昼食のなれの果てがバケツの中に流れ込んだ。
饐えた匂いが満ち、ユイとスズナが慌てて窓を開ける。
外は雨足強く、音は聞こえないだろう。
「なるべく早く解放してやんな」
鞄から飛び出したゴトマツが呟くように話した。
「きっかけを作ってもいいわね」
ハト女神が物騒な事を言った。
「もしかしておとり捜査ってこと?」
ダイスケはハンカチで口を押えたままくぐもった声で尋ねた。
女神はうなずいた。
「確かに、このままだと本来の彼女――清水野莉子は弱ってしまうわ」
サーラも乗り気だ。
おれは考えた挙句、こう決断を下した。
「学長に相談してみる。
何か手を打ってくれるかもしれない」
「お、おれのことは黙っててよ」
バケツから顔を上げた佐久間がこちらを見た。
涙で目が潤んでいる。
「あたぼうだ。
寮に帰ったら結界を張ってしまおう。
約束通りにな」
「ありがとう」
佐久間は小さなタオルで顔をぬぐった。
「あと一つお願いなんだけど、おれも黒木君の仲間に加えてくれない?
実際の戦闘はちょっと無理だけど、道具でのサポートはできるからさ」
―――
寮に戻ると、幸いなことに誰もいなかった。
ヒキガエルはこれみよがしに邪魔防止の結界を張る。
「これで悪意をもった人間は近づけないからね。
見てよ、この白く新鮮なバリア。
ユウマ、どうだい、覚えたかい?」
「あ、ああ・・・」
「霊対策ならできるけど、人間相手じゃ手も足も出ないからさ」
佐久間は安心した顔でカエルにお礼を言った。
これ以降彼の朝は心地よいものになったようだ。
しかし宮前ダミアンの両手は焼けただれたような跡がついていた。
その細くつり上がった緑色の目が危険に光るのは、すこし後の話だ。
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