8 死者の踊り

 それ・・は美しくもおぞましい魔物だった。

 肌は青黒く所々に死斑らしいものが見えている。

 完璧なプロポーションに、黒龍めいた四肢。

 股間には黒ずんだ毒蛇。

 漆黒の翼。

 彫刻のごとき端正な顔に輝く白い目。

 瞳のない乳白色の死人の目。

 首には荒縄がきつく食い込んでいる。

 両性具有の悪魔だ。


 それ・・は声ならぬ声で話した。


 《黒木ィ・・・。

 殺してやる!

 ああ、よくも!

 よくも!》


 憎悪の炎が飛んできた。

 背後の樹に当たり、それは瞬時に燃えた。


 「おまえがマンションに放火したんだな。

 成敗してやる」


 おれはキラナ剣を念じて出現させ、構えた。

 刃は虹色に光り、魔物はたじろぐ。


 《怖い、この子怖いよ!》

 《アオイよ、約束を忘れてなかろうな。

 こやつを討たねば、お前は地獄に堕ちるのだぞ》

 《アアッ!》


 「アオイって⁉」


 驚きの声がおれの口から飛び出した。

 魔物は驚異のスピードでおれの攻撃を避ける。

 鋼鉄の爪でおれの顔や首を狙ってくる。


 「あんた、ユウジのお母さん?」


 魔物は少し離れたところに着地し、耳障りな声を張り上げた。

 とたんにおれの体が金縛り状態になる。


 「ギャオ!」


 リッカが吠え、魔物に向かって突撃する。

 魔物は美しい口を開け炎を吐き出すが、ドラゴンはそれを避け矢のように飛んでいく。

 しかし鋼鉄の爪の餌食となり、ぼろきれのように地面に叩きつけられた。

 キューンと弱々しく鳴き、胴体からは青い液体が流れている。


 「姉ちゃん!

 許さないギ!」


 ゲッコスは怒りで目をきらめかせ、空中に浮かび上がった。

 魔物に向かい、冷気を吐く。

 灰色の地面は瞬時に霜に覆われ、悪魔の足は凍り付く。


 《チンケな虫、こんなことしかできないのね》


 魔物の白い目は細めらた。

 嗤っているのだ。

 黒い翼が広がり、アオイは軽々と空に浮かんだ。

 爪を振り上げ、 ゲッコスを真っ二つにしようとする。

 おぞましい笑いと共に。

 エクスタシーを感じてるように、美しい顔がねじくれている。

 

 《黒木、おまえのおもちゃを壊してやる。

 その次におまえを殺し、神に捧げるわ。

 見てなさい》


 「ゲッコス!

 ちくしょう、体が動かねえ」

 「☆×※!」


 聞いた事のない言語がこだまし、唐突におれの体が前につんのめった。

 金縛りが消えたのだ。

 急いでゲッコスを前に飛ばし、魔物の爪から救出した。

 おれはキラナ剣を構えた。

 魔物は再び金縛りの術を吠えたが、今度は効かなかった。

 

 「ホラ、早くあいつの首を刎ねなよ」


 足元から甲高い声が聞こえた。

 見ると、ぽってりと太ったヒキガエルだった。

 黒褐色のイボイボの背中に金色の目。

 瞳孔はゲッコスと違い、横に長い。


 「あたしだって力が限られてるんだ。

 ガキ、早くしろってば!」

 「口の悪いガマだな。

 何者だ」


 おれは空中を飛び、悪魔に近づいた。

 それは高速で逃げていくが、やっと追いつき背中の翼を切り離した。

 ものすごい叫びと瘴気が飛び散る。


 「そいつは禍津日マガツヒ神に取りつかれている。

 瘴気は浄化してやるから、早く仕留めろ!」

 「おうさ、言われずとも!」


 キラナ剣はバターのようにぬるりと魔物の首に食い込んだ。

 血ならぬ瘴気を浴びたが、ガマが防御の呪文をかけたのか、何の効果ももたらさない。

 悪魔の体は狂ったように踊り暴れたが、ゲッコスの冷気魔法で動きを止められる。


 「心臓を貫け。

 そこに禍津日はいる」

 

 剣は悪魔の心臓を貫いた。

 耳をつんざく悲鳴と共に、震度4くらいの地震が来た。

 首のない体は黒い霧と共に失せた。


 「邪悪な女神よ。

 死んではないけれど当分の間、地上に出てこないだろう」

 

 ヒキガエルはリッカの傷を治しつつ話した。

 

 「あとはそっちの首だ。

 そいつは死人だね。

 ガキ、あんたの関係者かい?」

 「口の悪い両生類だな。

 どれ。

 まさか生首を尋問することになるとは」


 灰色の地面に転がっているのは、もはやヘビの髪を持つ魔物ではなかった。

 やはりユウジの母、アオイだ。

 すでに死んでいる人の顔になっている。

 目は白濁して血走り、紫色の唇からは黒ずんだ大きな舌が出ている。

 首に巻きついた縄から察するに、自殺したのだろう。

 怨念のあまり邪神につけこまれ、悪魔の姿でこれまで暴れまわっていたのか。


 《殺ス・・・、お前ら、皆殺ス!

 ああユウジ!

 仇を討ってちょうだい!

 お母さんはもうおまえと会えな・・・!》


 真っ黒な炎が生首を包んだ。

 弾かれたようにおれはそれから離れる。

 鼻がひん曲がるようなひどい匂いがし、口を押えてもんどりうった。

 気づいたら、炎も首も消えていた。


 「地獄に堕ちたんだ」


 カエルは大きな蝦蟇口をぱくぱくさせて言った。


 「あたしも、ああはなりたくないねえ」

 「おまえ、何者だ?

 ああ、リッカを治してくれたのは感謝するぜ」


 蝦蟇はよたよた近寄ってきた。

 白い腹。

 両脇腹には灰色と黒のラインが入っている。

 カエル嫌いな者ならば、下手すれば気絶するだろう。


 「あたしは黒木光枝」

 「ぶーっ!」


 思わず変な声が出てしまった。

 ヒキガエルはそれに構わず話を続けた。


 「生前の名前だけどね。

 あんたは義理の孫になるんだろう」

 「おまえ、死人なのか?」


 カエルの金色の目がきらりと輝いた。


 「あたしが水光姫命ミヒカヒメノミコトと戦って負けたのは・・・知ってるね。

 あの後あたしは罪深い死人として閻魔大王の前に連れていかれた。

 うんと怒られたよ。

 仮にも精霊―日本の神と戦い、封印したんだから。

 別に私利私欲のためじゃなかったんだけどな」

 「ギャオ!」

 「ギッ!

 親の敵ギ!」


 リッカとゲッコスが怒ってカエルに体当たりする。


 「いてて。

 だからあの時はあたしが悪かったってば。

 でも、そっちのトカゲ姉ちゃんを助けてやったろ。

 勘弁してよ。

 で、月神がお越しになってね」


 黒木光枝は死んだ後、閻魔庁にて裁かれた。

 精霊を傷つけた罪で地獄行きになるはずだったが、そこに月の神が弁護にやってきたのだという。


 「扶桑(日本)にて虹の神が復活する。

 彼の助けとして働き、徳を積んだならば地獄行きは免除してやろう。

 そう言われたよ。

 やれやれ、にしてもこんなに戦闘がヘタな神サンだとはね!」

 「にしてもどうしてカエルなの?

 そういやあんた、月影神社の人だったんだろ。

 カエルを祀ってるの?」


 両生類はまん丸い腹を抱えて笑った。


 「ご祭神がカエル⁉

 なわけないだろ。

 うちの祭神は月読命だ。

 月天ソーマのご長男でね。

 ・・・まあ天界の規則とやらで、月種族が罪を犯した場合ヒキガエルに変えられるらしいんだよ。

 それでかもしれない、あたしがこうなったのは」

 「よく分からんが、礼を言っておく」


 おれはリッカとゲッコスを抱え、カエルに向かって言った。


 「じゃあね。

 達者でな!

 たくさん虫を食べて長生きしてくれ」

 「ちょっと待った!」


 カエルは大きな口をぱくぱくさせて声を張り上げた。


 「さっき言ったろ。

 あたしはあんたの配下として仕えなくちゃいけないって。

 でないと、地獄に堕ちちまうよ」

 「知らねえよ、そんなこと。

 おまえがミヒカの命を削ったのは本当の事だ。

 それにおれ、これ以上奇天烈キテレツな眷属はいらないってば!」


 「あ、あの・・・」


 後方で声がした。

 振り向くと、顔を煤で汚し黒髪を乱した少女がいた。

 19階で救出した子だ。

 

 「あれ?

 ここ中有界なんだけど。

 きみどうしてここにいるの?

 まさか亡くなった・・・⁉」

 「なわけないだろ。

 小娘、あんた能力者だね」


 ヒキガエルがずうずうしく話しかけた。

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