間章 氷雪の精霊
1 遺品整理は計画的に
高校に上がる前の春休みだ。
3週間もないのだが、やることはたくさんあった。
人ならざる身をもってしても過労で倒れそうだった。
まずは、相続の問題から片付けることにした。
去年父方の祖父・黒木誠司が亡くなった。
享年70、自宅で孤独死とのことだが全くの嘘だろう。
爺さんはどこかで生きている。
少なくとも、自宅で死んでいない。
眷属を連れて祖父宅に着いたおれはそう確信した。
死の匂いがしないからだ。
相続放棄するはずだったのに、弁護士が惨殺されて計画がおしゃかになった。
弁護士殺害の犯人はいまだに捕まっていない。
ユウジの顔が脳裏にちらつくたびに胸が重たくなる。
いずれにせよ爺さんの家屋敷はおれのものになってしまった。
遺言書の威力は凄まじいのだ。
よけいな厄介事が身に降りかかる。
いや、だからこそおれに相続させたのかもしれない。
親父からもらった鍵を使い、玄関に入った。
昭和の時代に流行っていたのか(?)タヌキの置物がある。
埃だらけで、花瓶に挿した花も真っ茶色に枯れて痛々しい。
「かわいそうに」
鞄から出てきたレイナがそれに息を吹き込むと、たちまち花は生き生きとした。
茎は真っ直ぐに伸び次第に緑になる。
小さめで可憐な花々は色彩を取り戻した。
明け方の夢のようにはかなげな青紫色の花弁だった。
「ハナシノブか。
ずいぶんマイナーな花を飾ってたもんだな、爺さん」
「何かのメッセージかもしれませんよ」
レイナはトンボのような翅をきらめかせ、目の前に浮かび上がった。
「あるじ様、この家から妙なにおいがするのですが」
「あたしもです。
清涼感があるような、冷たいような」
レイナに続いてサーラも話した。
「ナビ、おまえはどう思う?」
「コーン!」
キツネの精霊がレイナの隣に躍り出た。
ふさふさの尻尾を揺らし、しきりに空中を嗅ぎまわっている。
「この家、精霊の卵があるでしゅ」
「た、卵!」
思わず叫んだ。
サーラも首をかしげている。
天界の精霊はそのままの姿で生まれる(化生)か、レイナのように花から生まれるかだという。
「ということは、その精霊は天界の精霊ではないということか」
「ん・・・?
分からないでしゅ」
「ちょっとナビ!」
サーラが問い詰めた。
「あんた、分からないってどういうこと?
最高の神工知能だなんて言ってたのに。
その精霊は地霊?
それとも餓鬼や悪魔みたいなもの?
だとしたら、被害が出る前に始末しないと!」
「サーラさん、落ち着いて、怖いわ」
レイナがそわそわし、ナビの背中に乗った。
「なるほど、分かったよナビ」
おれは腕を組んで考え込んだ。
にしても埃のたまった汚い場所だ。
霊力を解放し清浄の呪を唱えると、瞬時にしてかつての姿を取り戻した。
これで靴を脱いで上がれる。
いつごろの建物だろう、廊下にも部屋にも絨毯が敷き詰められている。
バブルの頃に流行っていたのだろうか。
毎日掃除しないと不潔地獄となるだろう。
ずぼらな母さつきをここに住まわせ、日々掃除に精を出してもらうのも一興だ。
おれの(ユウマの)両親は都内のマンションでよろしくやっている。
ナビの呪術のせいで親父は本来の好色さと不誠実さを消された。
さつきももうちょっとマシな母親になればいいのだが。
ナビは人格の余計な部分を消去できても、元から欠けた部分につぎ足すことはできないという。
かくして母さつきは今でも知性に欠けたままなのだ。
カピバラ顔の旦那と美人でおつむの軽い夫婦。
考えただけで笑えてくる。
にしても、あいつ――ユウジとその母が気がかりだ。
奴らが両親を襲撃することは十分に考えられる。
特にユウジ。
一度は見逃してしまったが、次相見えた時はどちらかが命を落とすだろう。
居間は狭くて6畳ほどだった。
隣の和室には小さな仏壇がある。
早くに亡くなった祖母・光枝の遺影と位牌がそのままだ。
祖母は40位でがんになり、あっという間に死んだそうな。
端正な顔立ちの女性の白黒写真がこちらを向いている。
なのに親父たち三兄弟はどうしてあんなに不器量になってしまったのだろうか?
祖父の誠司だって、若い頃の写真を見る限り二枚目俳優みたいな感じなのに。
二階に上がった。
階段がややきしむ。
「こっちでしゅ!」
ナビが先行し、白い木の扉を尾で示した。
「この中にナニカがあるでしゅ」
「危険な物か?」
おれが聞くと、彼は首を傾げた。
「仕方ないわね。
あるじ様、あたしが先に入ります。
もし邪悪でしたら・・・」
容姿が変化し、猛禽の足をした白鳥のような姿となる。
銀髪美少女の真の姿、
「大丈夫。
おれも構えているからね」
おれがそう言うと、鳥は少女の姿に戻った。
サーラは扉を開いた。
「埃臭い!」
「どれ、また清浄呪か。
どんだけ汚れてんだよ」
そこはいわば物置のような場所だった。
もとは子供部屋だったかもしれない。
3人の子供のいずれかが使っていたのだろうか。
彼らが独立した後、爺さんはここにいろいろな物をしまい込んでいたのだろう。
ナビも部屋に乗り込み、クンクン嗅ぎまわる。
「ここでしゅ。
この中にあるんでしゅ」
クローゼットの中。
その最深部にそれはあった。
漆塗りのきれいな箱だった。
その中に卵が入っているという。
「あるじ様!
底に紙がくっついているわ」
レイナが声を上げた。
「おじいさまが書いた手紙かもしれないわ」
「爺さんも変なことするなあ」
おれはともし火呪文をかけなおし、箱をひっくり返してみた。
箱の下に紙がくっついている。
それをはがした瞬間、真冬の木枯らしが部屋を荒らしまわった。
「しまった!
これは封印の
「あるじ様、気を付けて!
飲まれちゃう!」
サーラの声も空しく、おれと眷属は冷気の渦に巻き込まれ箱の中へと閉じ込められてしまった。
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