20 羅刹の家 ②長澤の最期

 八田を始末したついでに長澤の家に行った。

 ちょうど深夜だ。

 今宵は新月、秋の風が気持ちいい。


 長澤の家は街のはずれのりっぱな日本家屋だった。

 庭もきれいで、選定された松の木や池、鹿威しまである。

 長澤の親父は暴走族上がりだというのに、こんなに趣味がいいのか。

 人間、意外性がある奴の方が面白い。

 しかし息子のジーク君は意外性や面白みのない単なるDQNである。

 容姿はまあいいほうだとしても、勉強はできないわ素行は悪いわ体力もぱっとしないわで、将来が心配だ。

 

 そんな奴は、未来を持たないほうがいい。

 だから長澤が将来心配しないように取り計らってあげようと思う。

 ・・・なんという仏心だろう!


 「ジーク君はどこで寝てるのかな?」


 「あるじ様、あそこにいるでしゅ」


 ナビが尻尾で奥の間を示した。

 途中数人の若い衆とすれ違ったが、挨拶したらうっすと声をかけてくれた。

 (困ったような顔をしていた)

 剃りを入れた奴とか刺青だらけの連中だ。

 しかし、最低限の礼儀をもっている。

 

 「あら、あーた、ジークちゃんのお友達?」


 いかにも水商売上がりっぽい、派手な女が近づいてきた。

 顔立ちからしてジークのママだとすぐ分かった。

 金茶色の巻髪に濃い化粧。

 甘ったるい香水が鼻をつく。

 光り物のアクセサリーをたくさん身につけ、ブランド物のミニドレスを着ている。

 およそこの屋敷にふさわしくない格好だ。

 なるほど、無頼の棟梁を気取ってはいても、結局のところ化けの皮がはがれている。

 成り上がりは所詮成り上がり。

 女の趣味が悪すぎる。


 「はい。

 山田君に言われて来ました。

 あ、ぼくは八田です」


 「あんたが八田だって!」


 ママは素っ頓狂な声を上げた。


 「おいガキ、ウチを相手に嘘をつくなんて、容赦しないよ!」


 「ナビ!」


 神狐がコンと鳴くと、長澤のママは目をとろんとさせた。


 「ああ、八田のトモちゃんね。

 ずいぶんイメチェンしたんやね、その方が合ってるワ。

 今晩お泊り?」


 「はい。

 山田は用が出来たから来れないって言ってましたよ。

 代わりにおれがジーク君と遊ぶんで」


 ケバい女はうなずき、奥の間を指さした。


 「ジークならあそこにおるよ。

 もうすぐあの人のお説教が済むから、待ってて」


 そしてすたすたどこかに行ってしまった。


 「親父に説教食らってんだ。

 どうしてだろう?

 テストの点数が悪かったとか?」


 「あるじ様、あたしが見に行ってきます」


 さっきからずっと空気だったサーラがここぞとばかりに声を上げる。


 「ナビばかり目立っちゃって!」


 「仕方がないでし。

 をれはとても有能だから☆」


 「二人とも、静かに!」


 おれはしーっとたしなめた。

 サーラは姿を消し、奥の間に忍び込んでいった。

 しばらくして戻ってくると、彼女は口を開いた。


 「あるじ様。

 件の男は親から言いつけられた仕事を失敗したようです。

 その証拠に、この家の地下に人が捕らえられています。

 男が三人、瀕死で」


 「さすがヤクザの家だ。

 で、地下への入り口は?」


 おれは腕組みしつつ尋ねると、彼女はうなずいた。


 「物置小屋の床から入るようです。

 鍵はさっきの女が持ってるみたいで」


 「行ってみよう。

 長澤組を潰せるかもしれん。

 長澤の母親は・・・少し眠ってもらおうか」


 おれたちはジークの母を探すことにした。



               ―――



 「エリカ!

 もっと楽しませてくれよ」


 屋根裏の一角で、スキンヘッドの男が全裸で長澤の母親とじゃれ合っている。 

 何をしているかはお察しの通りだ。


 「今夜はやめとき。

 ウチ、そんな気分ちゃうんや」


 といいつつも彼女の手は見事に言葉を裏切っている。

 子供を数人生んだにしては若々しい。

 腹の線はさすがに崩れているが、白く張りのある乳房やきれいな腰の線は大したものだ。


 「おれたち、愛し合ってる仲だろが」


 スキンヘッドは執念深く女を抱きしめた。

 女はくすくす笑っている。


 「女の勘や。

 さっき、ジークの友達が来よってな・・・。

 身の毛がよだったワ」


 「ガキのダチ?」


 興ざめしたらしいスキンヘッドが身を離す。

 その背中にはこれ見よがしにデデーンと昇り龍が彫ってあった。


 「ぶっさいくなガキはかわいそうだな。

 おめえに嫌われちまうなんて」


 男はエリカのきれいな輪郭を指でなぞりつつ言った。

 女は首を振った。


 「ブサイクとちゃうわ。

 顔は見目よろしい方やね。

 でも、あれは・・・」


 瞬間、彼らはとてつもない睡魔に襲われ、倒れ伏した。

 裸体のエリカの上に、裸体の刺青男。

 そのまましかるべき場所に瞬間移動する。

 さて、修羅場の始まりだ。

 仲良しの二人は局部もあらわにしたまま、長澤の親父の前でおねんねしているはずだ。


 「サーラ、ナビ、よくやった」


 おれは眷属に礼を言い、女が着ていたドレスのポケットを物色した。

 髑髏の形をした鍵が出てきた。

 これで地下の男らを救出できるだろう。

 彼らは大切な証人だから、丁重に扱わないといけない。

 おれは近くに捨ててあった紙袋を被り、目の部分だけ小さな穴を開けた。

 声を変える。三十くらいの男の声がいい。

 本格的な変身術は、魔力に負担がかかるのでやらないことにした。


 地下室は、異様なにおいで満ちていた。

 一言でいうなら、腐肉と血のにおい。

 糞便のにおいもする。

 ともし火の魔法であたりを見ると、常人には耐えられない光景が広がっていた。

 

 時代劇に出てくるような座敷牢に、人らしきものが3体。

 少し離れたところに、白いモノが―――明らかに人の骨と分かるモノが転がっている。

 髪の毛が数本ついた、やや大きめの頭蓋骨。

 背の高い成人男性のものだろう。


 「もしもし、生きてますか?」


 おれが座敷牢に声をかけると、小さなうめき声が聞こえた。

 3人とも男性で、一人は目玉をくりぬかれ、一人は手足の指を全部切除され、もう一人は全身の皮膚を切り刻まれて血達磨だ。

 思わず胃酸が逆流するが、辛うじてこらえた。


 「あんたらは大切な生き証人だ。

 ちょっと待っててくれ」


 両手に魔力をこめ、彼らに癒しの光を発する。

 男らの傷は瞬時にして癒えた。

 不思議そうに目をぱちくりさせている。


 「あ、ありがてえ」


 彼らは泣きはじめた。

 仏を拝むような恰好をしている。

 おれは苦笑し、話を続けた。


 「あんたら、どうして長澤に捕まってた?」


 男らの話によると、長澤の親父は他国の政治家と通じており、不法移民を大量に入れてT市を乗っ取らせる予定だったらしい。

 長澤の親父もその国にゆかりのある者らしく、公安からマークされてたとか。


 「ってことは、あんたら公安の人なんだ」


 おれの言葉に男らがうなずく。

 目をやられてたやつと、全身を切り刻まれてたやつだ。


 「忍び込んだつもりだったんだがな。

 その道に長けてると慢心したのが、失敗のもとだ」


 「証拠を取ろうとしたのか?」


 おれが聞くと、彼らは途端に真顔になり黙った。


 「おまえは何者だ?

 おれらを助けたってことは、長澤組のモンじゃないだろう?

 加島組?

 まさかな・・・」


 指が復活した男が聞いてきた。

 こいつは公安側のスパイだが、長澤組の構成員として長年活動していたらしい。

 情報を流し手引きしたのはいいが、失敗してこのザマになったと苦笑しつつ教えてくれた。


 「おれは・・・そうだな、ヨッシーと呼んでくれ。

 昔ここの家の息子にいじめられていて、盗られた金を取り戻しに来ていた。

 ひょんなことからあんたらの事を知り、興味本位で来ただけだ。

 今なら逃げられるぜ。

 おっと、これ以上のことは聞かないでくれ。

 へへっ、企業秘密・・・・だ」


 「いじめられて?

 さっきみたいな術を使えるのに・・・?」


 「これ以上は言いっこなしだ」


 おれがそう言うと、男らは黙った。


 「あいつもいたんだがね」


 目が復活した男が寂しそうに頭蓋骨を指さした。


 「ガキの頃からの知り合いだった。

 目の前で射殺され、こんなになってしまって」


 おれは頭蓋骨を持ってきた。

 そばにあった布でくるむ。


 「彼のためにも、早く逃げろ。

 そうそう、証拠の書類とかがあるならば取ってきてやる。

 その代りといっちゃナンだが、長澤組が完全崩壊するように計らってくれないか?」


 「外国語の書類だ」


 目復活の男がぼそっとつぶやいた。


 「たぶんあんたは、別組織に雇われた凄腕なんだろうな。

 助けてくれて感謝するよ。

 長澤組のことは・・・できるだけのことをしよう」


 「外国語・・・英語じゃなかろう?

 アジア語だな」


 彼がうなずくのを見て、袋を被ったおれはにんまりとする。


 「さあ、逃げろ。

 例の書類は、見つけ次第あんたの元に届ける」

 

 「届けるって言ったって、おれらがどこにいるかおまえ、分からないだろ・・・?」


 「大丈夫。

 その時はお互いきれいな格好で会おうぜ」


 おれは牢の戸をぶち壊し、彼らを急かした。



               ―――



 ナビの力を借りて書類を探し当てた。

 姿を消しているので、誰も気づかない。

 件のモノは屋根裏の金庫の中にあり、ナビから教えてもらった開錠術を試す格好の場となった。

 使えば使うほど上達するらしい。


 「あるじ様が出来なかったら、をれの出番でしゅ」


 「あるじ様、ナビに負けないでっ!」


 ほとんど出番がなかったサーラが応援している。

 数回の失敗の後、扉がカチャリと音を立てて開いた。

 魔力をかなり消耗してしまった。

 変身術を使わなくてよかった。

 おれは中に入っていた文書をごっそり持ち出し、屋根裏を出ようとした。


 「馬鹿め、そこまでだ!」


 首元に日本刀が食い込む。

 青い液体がにじみ、それを見た極道が声を上げる。


 「おやっさん、こいつ人間じゃないよ!」


 「青い血だなんて、きっとエイリアンっすよ!」


 「おめえ、ジークの友達かい?」


 髪の毛をオールバックにしてごつい喜平ネックレス(たぶん24金)を光らせた男が近寄ってきた。

 紙袋をとられてしまう。


 「こ、こいつやで!

 ジークの友達いうてウチを騙したのっ!」


 背後からジークのママのなれの果てがやってきた。

 手下との不倫がバレ、リンチを食らったのだろう。

 顔が腫れ上がり、髪の毛も無残に引きちぎられている。


 「おいガキ、おやっさんの家で何してたっ!

 さては警察の犬だな」


 「警察犬?

 おれをシェパード扱いするのか」


 ジークの親父が懐から拳銃を取り出し、おれに向かって発砲した。

 弾はおれの胸に当たり、おれは血を吐いて倒れた。


 「公安め、一度失敗したからって、こんなひよっこを雇うことねえのに」


 若頭がつぶやいた。


 「あとは任せた。

 いつも通り八田に電話して、処理を頼め」


 長澤の親父は言い捨て、その場を後にしようとしたが・・・。


 「残念!

 おれはここにいるよ」


 背後から長澤の親父の顔面を思い切り蹴ってやった。

 グキリと音がし、奴の鼻が折れた。

 盛大に鼻血をぶちまける。

 同時に乱射された。

 さすがは極道、褒めてやる。


 「バイバイ、社会のバイキンちゃんたち!」


 おれが声を上げると、一同はセピア色の空間に閉じ込められた。

 撃たれたおれの姿も、組長を蹴ったおれも目くらましだ。

 本体は眷属ともどもジーク君のお部屋で待機していたのだ。

 金庫を開けたのも、おれの分身。

 サーラやナビの姿もめくらまし。

 魔力で創っているので疲れるし操作が難しかったが、安全だ。


 「ってことでジーク君」


 全ての魔力を解放し、目の前で猫に睨まれたネズミみたくなっているジークに言った。

 

 「10万円返して」


 こうしておれはヤツに盗られた金を取り戻し、ジークは両親ともどもセピア空間に閉じ込められることとなった。

 彼らの肉体は現実界で生きているだろう。

 意識のない、植物人間として。

 しかし能力者でないので、中有界では体を動かすことはできない。

 瞬きすらできないだろう。

 精神体のまま、寿命の尽きるその日まで中有界に滞在することとなるのだ。

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