邪神皇子―じゃしんのみこ―
喜見城幻夜
Ⅰ 義経、目覚める
1 令和の義経
ズコンと音がし、身体全体に衝撃が走った。
ぴりりと布が裂ける音がする。
痛い。
苦しい。
目の前の大柄なあばた男がぼくをがっちりホールドしているのだ。
誰か助けて!
ぼくはここ、体育館の裏にいるよ!
誰か!
ダレカ・・・。
(己を知れ)
脳裏に、真紅の鷲の幻影が閃いた。
不死鳥のごとく燃え上がり、金を溶かしたような瞳でこちらを見つめている。
(・・・リスよ、己を取り戻すのだ)
(誰?
ぼくは誰なの・・・?)
全身が破裂したような感覚に襲われた。
シナプスが点滅する。
そう、ぼくは、ぼくは・・・。
「おい、こいつやべえぜ。
なんかこう・・・痙攣してる⁉」
不良の声がやや上ずっている。
おれはゆっくりと目を開けた。
目の前には15歳ぐらいの少年が5人立っていた。
学生服を着崩し、そのうちの一人はナイフを持っている。
おれはそいつの腕をつかみ、反対側によじってやった。
少年は女の子のようにきれいな声を上げ、泣きはじめた。
「沼田、うるせえぞ!」
後方にいたイケメンが怒鳴った。
この身体の記憶によると、こいつがいじめの主犯格で、山田
3年D組、同じクラスの男で街一番の金持ちの一人息子。
成績優秀、スポーツ万能でバスケ部のスター。
背が高く顔立ちも精悍で整っているので、女性に人気だとか。
こんなことする男がモテるなんて、信じがたいことだ。
「こ、こいつ、目が・・・
目があっ!」
ナイフ男の沼田が刃物を地面に落とし、ガタガタ震えている。
それを見て、他の男らも顔を青くしている。
おれを締め付けていたあばた野郎もまごまごし、隣にいるヒョロガリ眼鏡に寄りかかった。
「ば、バケモンだ。
黒木・・・呪われてんだ・・・」
「あ、あたし何も知らない、知らないからねっ!」
やや離れていた所にいる女が上ずった声を出し、膝をくの字に曲げつつ逃げていった。
沼田の彼女で、鎌田シエナという少女だ。
バレエを習っていて美少女を気取っているが、実際はスタイルのいいカバだ。
出っ歯で鼻の穴がよく目立つので、カバ田と呼んでやる。
おれはゆっくり立ち上がった。
「これでおしまいか?」
おれが一歩近づくと、与太者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
なんだ、面白くない。
復活したついでにお礼参りしてやろうと思ったのに。
―――
800年以上、おれは死んだままだった。
なぜ今になって意識が戻ったのかは分からない。
ただ最後に覚えているのは、衣川の屋敷近くで敵に挟み撃ちされ、部下の娘を人質に取られたこと。
彼女の命と自分の首を交換条件とし、川べりで斬首されたこと。
それだけだ。
三途の川とか、閻魔庁とか、そんなものは記憶にない。
気が付いたらここにいた。
小柄でやせたおれこと源義経は、170センチ70キロの太った少年に変わっていた。
ぶよぶよすぎるだろ、まだ14才なのに。
名前は黒木
勉強も運動も苦手、友人もいない落ちこぼれの中学生だ。
しかもいじめられている。
意識が戻った今、この状況はさすがにヤバいと感じている。
「さっきのガキが目がどうのこうのって言ってたな」
ズボンに付いた土埃を払い落とし、窓ガラスを覗いてみた。
色白の太った丸顔に、金色の目が輝いている。
虹彩が金色で、瞳孔は猫のように縦状。
ネコの目、ニャンコの目だ。
「ふざけるな、以前のおれだってこんなじゃなかったぞ」
昔のおれは小柄でやせていて、眼も髪も色素が薄そうな茶色だった。
決してこんな、人外の瞳ではない。
「やばいな。
生き返ったと思ったら、こんなかよ。
落ち着け、自分」
数度言い聞かせると、瞳は黒っぽく変化した。
人間に戻ったようだ。
少なくとも、今は。
「制服、破れちまったな」
あばた男(名前は八田、野球部で先生からも好かれている)に破かれたらしく、前面が見事にギザギザ。
ボタンはつけられても、ここまで派手にやられては・・・。
「金、ねえし」
母子家庭で貧乏だから、まして中3の今になって制服を買い替えるわけにもいかない。
同じ中学校の卒業生から安く譲ってもらうか、レンタルか・・・。
いずれにしても金がかかる。
「くそ、世知辛い。
生まれ変わったのはいいが、最低な境遇だな、これ」
ダメになった制服を持ち、ぱっと広げた。
制服は一瞬にして新品同様になっていた。
詰入りの金ボタンもつるつるできれいだし、どこも破れていない、汚れていない。
「はぁ?」
顎がかくんと落ちた。
これは幻覚だろうか。
それとも魔法だろうかといぶかった時だった。
「そこで何をしている!」
背後から野太い声が飛んできた。
一難去ってまた一難。
振り返ると、案の定柴田先生だった。
暴力教師で、体育担当。
おれのような落ちこぼれの帰宅部をいびり倒した鬼でもある。
いや、山田たちの嘘を、嘘と知りながらおれを叱り殴るから、鬼よりたちが悪い。
こいつのサンドバックにされてはや3年。
お灸をすえてやろうと思う。
「こんにちは、柴田先生。
何か御用ですか?」
おれの態度に、柴田は面食らったようだった。
いつもおどおどしてた以前のおれと違うからだろう。
「く、黒木。
こんな所でまた悪さをしてたんだろう!」
柴田は身長180センチぐらいで体重100キロぐらい。
柔道の猛者にふさわしい堂々とした体格と、イノシシみたいな凶悪な面構えをしている。
「お言葉ですが、
「しかし、山田君たちが言ってたぞ、この前ここで女子生徒をカツアゲしてたって」
「カツアゲだって?」
おれはわざと目玉をくるくるさせてイノシシを馬鹿にしてやった。
「このぼくがカツアゲだって?
先生も馬鹿じゃなければ、そんなの嘘だってわかるでしょ。
言いますけどね、ぼくが山田たちにカツアゲされているんです。
トータル20万ぐらいかなあ。
柴田先生、山田たちを叱ってくださいよ」
「く、黒木ィ~!」
おれの言葉に挑発されて、柴田は目を真っ赤にして怒りはじめた。
鉄拳が飛んでくるが、楽々と避ける。
平家の雑魚兵のほうがずっと素早い。
これで体育教師だなんて笑わせるな。
「ダメですよ、柴田センセ。
かわいい生徒に体罰やっちゃあ。
それでも公務員なんでしょ?
退職金もらえなくなっちゃうゾ」
柴田の怒りは頂点に足したようだ。
ゴリラのように興奮し、ドラミングしながら(!)突進してくる。
「あばよ、下人!」
おれは素早く背後に回り込み、やつの延髄に蹴りを入れた。
ゴリラは白目を剥いて崩れるように倒れた。
「ちぇ、つまんねえの。
復活したのに、こんな下品なサルばっかりだわ」
おれはがっかりし、ひとまず家に帰ることにした。
途中数名の生徒とすれ違いざまに、おえっと言われたが気にしない。
実に醜い!
実に趣のない、いやな時代に生まれたものよ!
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