第4話 結婚しました

結婚式にはベールがある。


それに観客がワーワー合いの手を挟むので、結構賑やかで(主に私の親族だが)、緊張もするので、それはそれで誤魔化されてしまった。


「では、誓いのキスを」


ベールが上がるが、私は硬く目をつぶった。


ちゅ


何だかわからないが、気づかれなかったらしい。相手も、目をつぶっていたかもしれない。見てないからわからないけど。


(主に私の親族の歓声で)賑やかな式が終わると、二人で、騎士様の自宅に向かう。


これからが本番だ。


二人きりになってしまう。


どうしよう。


「身の回りの世話をしているセバスです。どうぞよろしくお見知りおきを」


二人きりじゃなかった。


「ご紹介します。女中のアンと料理番のメアリです」


三人も使用人がいたんだ。独身の騎士様のご家庭にしてはすごい。


私は、目を見張った。


「奥方様がこられた以上、家内の采配は奥方様にお願いすることになります」


「あ、でも、どこの家でもやり方はそれぞれですわ。私の方が、これまでのやり方を教えていただいて、もし、何か問題が出てきたら、その時は考えますが……」


三人は明らかにホッとしたらしかった。


というか、私にしたら、使用人の悪意は極力避けたい。いつ人違いだったとばれるのか、しばらくは地雷生活だ。その後の旦那様からの好意は全く期待できないのだから、せめて使用人とは円満に過ごしたい。


「お身の回りの世話に、侍女はお連れにならなかったのですか?」


肩書きは伯爵令嬢である。


でもね、一口に伯爵家と言っても色々なのよ。うちはまごうかたなき正真正銘の貧乏伯爵家。

姉妹が順番にお互いの着付けをして、髪を結っていたものよ。


旦那様に余裕があるなら、侍女も考えたらいいと思うけど、とりあえずは、要らないと思う。実家も、姉のアマンダの屋敷も近い。何かの時には頼めるわ。


「舞踏会にいくような時のドレスはとにかく、それ以外の時は自分でできます。家の仕事だけで手一杯でしょう。これまで以上に負担をかけるようなことはないと思うわ」


本当はどうだか知らない。


家のサイズと一人だけと言う点を考えると、この人数は多すぎる気がする。

もっとも、後で、セバスはもっぱら馬の世話をしていると聞いて納得した。


それより、初夜である。


私はハラハラしていた。


結婚式だって、もう、地雷原の上を歩いている気分だった。どこで人違いだってバレるかわかりゃしない。



いやいや、それどころではないのよ。


ろくすっぽ、顔も知らない男が触りにくるのである。


男がやってくる。すごい怖い。


何か叫びそう。ギャーとか。




ドアが開いて、見知らぬ人物が隣の部屋からやってきた。


自宅に知らない男が! 自宅に知らない男が! 自宅に知らない男が!


普通だったら、警察案件になる話なんですけど!


だが、ここは、ファーラー様のご自宅。


ファーラー様は間違っても不審人物にならない。どっちかって言うと不審人物は私の方だ。


いや、もう、不審人物でもなんでもいい。


「さすがにそんなにまで、おびえられると……」


苦々しげな声がした。


「お、怯えてはいません」


一応、答えた。私、偉い。しゃべっているわ。男性相手に。


「いや、怯えているだろう」


「ちょっと、怖いだけですわ!」


「それを怯えてるって言うのだ」


見ず知らずの強姦魔(予定)は、呆れたように言った。


それから、諦めたのか嫌になったのか、「勝手にするがいい」と言うと出て行ってしまった。



私は、ほおおおおーと盛大にため息をつき、床の上に崩れ落ちた。


「いい人でよかった」


涙が目からこぼれ落ちた。


この時、私は、この方に誠心誠意尽くそうと心の中で誓ったのだった。


「そして、ご機嫌を直してもらって、早めに離婚してくださるようお願いするのだわ……」








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