閑話 悪だくみ
「何という……素晴らしい……これこそまさに神の奇蹟」
一糸纏わぬ生まれたままの姿で私は叫んだ。大自然に包まれながら、私はすーはーと大きく深呼吸をした。
「これがターナーでなければ、神の奇蹟として王国中に触れ回りたいのですが……かしこから感じられる神の祝福の名残が……。残念です!」
「やめてくれ。本部に目を付けられたくないのですよ。マックス神官殿」
「殿付けはやめて下さい下さい。我が師バリュー」
久しぶりのターナー領で新しい温泉につかると、小さな泡が体中に纏わりついた。
◇
「教会本部がターナーを訝しがっているのですか?」
温泉から上がった後、領主とバリュー神父の前で報告をした。私がここに来たのは、特許を取りまくるレイシア様の動向を気にしていたことから王女との関係に突き当たったらしい。調査をしようとしていたことを知った私が志願してスパイとして送り込まれた。実績があるから選ばれるのも簡単だったのだが。そう伝えながら私は気になっていることを聞いた。
「それで、いまターナーの状況はどのようになっているのでしょうか。偽の報告をするにも現状が理解できなければ全体像が描けません。私はターナー、レイシア様とバリュー神父の味方です。信用してお話頂けませんか」
「君がバリューに対して師と仰いでいるのは分かるが、なぜレイシアが出てくるんだ? レイシアはまだ子供だぞ」
「神の奇蹟を見ました。私にはそれしか申し上げる術がありません」
領主にはあの日の奇蹟は伝えられない。何が何だか分からないだろうな。
レイシア様が初めて特許を取られたあの日。たまたま居合わせた私は神の声を聞いた。それ以来、私は神の気配を感じることがある。残り香のようにある気配も。
ターナーは神の気配が強い場所だ。先ほどの新しい温泉には本当に強く神の気配を感じられた。
私の回答に納得がいかないのか、領主がバリュー神父を見た。
「まあ、信用するしかありません。こちらの手として動いてもらうために説明しましょう」
全ての告白を聞いたバリュー神父は私を信用し、領主を説得してくれた。
………………はあ?
レイシア様が王女の庇護下に入り、石鹸が一万リーフで売れる? その石鹸は孤児が作っている? 品物が足りないから孤児の工場を増やした? 田んぼ? 米を作る畑が田んぼ……。それで孤児が田んぼを管理している? 平民が孤児の言うことを聞いて秋には米がとれる? 麦は植えても植えた種の3~4倍しか収穫できないけど、米は20倍以上取れそうだ? どういうこと? 新しい商会をレイシア様が作る? 魔道具? なにそれ? んごああああぁぁ~!
「まあ、分からないよな」
「そうですね。私でも最初に聞いた時は真っ白くなりましたし」
「お前でそうなんだ。俺の驚きと言ったらこんなもんじゃなかったんだ!」
「クリフト様は小出しできいたのですよね」
なんかほのぼのと会話をしている。私の理解力が悪すぎるのか?
「大丈夫ですよ。クリシュ様以外とまどっているのですから。とりあえず、今日はここまでにしましょう。時間は沢山あるのですから」
バリュー神父がそう言って最初の話し合いは終わった。
◇
朝の礼拝とスーハーがおわってから、視察に出かける。孤児院の見学。クリシュ君との会話。工場の見学。教育現場の見学。田んぼ。温泉。この数日、驚きと感動の毎日だ。ターナーこそ神に愛された理想郷。そうとしか思えなくなった。
「それで、どう報告するつもりですか?」
このまま見たままの事を報告などできない。領主とバリュー神父、それにクリシュ君を交えて報告書の内容を相談した。
「相変わらず借金で苦しんでいる……。というのは無理そうだな、バリュー」
「そうですね。レイシア様が商会を作ったらすぐにばれるでしょう」
「となるとレイシア様が商会を作るまで伏せておきたいことをリストアップして、報告内容を絞った方がいいのかもしれませんね」
私がそう言うと、クリシュ様が発言した。
「お姉様が商会を立ち上げる前に、孤児院を教会から引き離した方がいいのではないですか? 孤児が石鹸を作っていると知ったら教会がちょっかいを出してくるかもしれませんよ。今のままでは孤児院が教会所属なのですから」
「それについては大分進んではいるのだが、教会本部の認可をどう取ろうかと困っているところなんだ」
バリュー神父だけでなく領主も嫌われているからなぁ。下手に願い出れば腹も探られるだろう。そうだな。
「では、私がこう報告したらどうでしょう。貧乏なターナー領では孤児が増えている。教会からの孤児に対する支援金と、国からの孤児への支援金で神父だけが潤っています。と」
「私が悪者になるのだな」
「そうです。そして、孤児を使って金儲けを考えている。こういえば孤児の売買だと思うことでしょう」
「確かに支援金は入って来ているし、孤児もとんでもなく増えている。最も他の街からの捨て子が多いせいなんだが」
「そうです、ターナー様。バリュー神父が悪者になるのは心苦しいのですが、状況は大方間違ってはいないのです」
「私の事はどのように報告してもいい。いやむしろ極悪人として報告したら喜ぶだろう」
楽しそうな悪い顔でバリュー神父が作戦を肯定した。
「ではこういうのはどうでしょう。このままでは神父の思い通りになる。むしろ孤児院を教会から離してターナーの領主に押し付けるべきだと。そうすれば教会からの支援金は払わなくてもすみますし、運営費が半減した領主は困り果てる。しかも領主主体の孤児院では孤児の売買は禁じられている。たくさんの孤児を押し付けられたら困り果てるだろう。いかがですか?」
「そう上手く行くか?」
「大丈夫だと思いますよターナー様。あなた達は本当に嫌われていますから」
「王家の許可はすぐ取れないだろう? レイシアの商会が出る前に出来るのか?」
「お姉様に手紙を書きます。王女の庇護下なら融通が利くのではないでしょうか」
「教会ではすぐに孤児院を分けるように説得します。嫌がらせをしたがっていますから簡単でしょう。それに、私も大分有名になってきましたから。あちらこちらに影響力を持っているのですよ」
「ほう。しばらく見ぬ間に立派になったではないか。なにをしたんだ?」
「師の教えの実践です。今は『スーハーの伝道師』という二つ名を頂いております」
領主がぶはっと紅茶を吹き出した。
「スーハーを広げているのか?」
嫌そうな顔をしてわが師バリューが聞いてきた。
「もちろんです。若く志のある仲間も増えてきました。これからの教会のために頑張りましょう、我が師よ!」
あれ? なんで皆黙るのでしょうか。何はともあれやることは決まりました。
その後、バリュー神父とクリシュ様と私でバリュー神父を悪人に、ターナー子爵を無能に仕立て上げた本当に酷い報告書を書き上げたのはまた別のお話。
しかし、悪だくみをする状況を、私やバリュー神父より想像豊かに書くことのできるクリシュ様は作家の才能でもあるのでしょうか。
王都で報告書と孤児院への提案書をみせると大喜びされた。すぐに孤児院をターナーの教会から離す要望書が王室に周り速やかに処理された。これでターナーの孤児院は教会本部が手を出せなくなった。
オズワルド様も孤児院を教会から引き離そうと頑張っている。同じことは出来ないが、私にできる事があれば協力は惜しまないつもりだと伝えている。
今の教会本部を改革するために、力が欲しいと私は本当に思った。
ふいに神の気配を感じた。私はその場で跪き、神に聖詠を捧げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます