レイシアのお茶会対策会議

「姉がこれをよこした。レイシア、お前に拒否権はない。ほんっとうに嫌だとは思うけど、受け取ってくれ」


 アルフレッドは「ほんっとうに」と強調した上で、レイシアを気の毒に思いながらも預かった手紙を差しだした。


「やはり来たのね。……大丈夫。あなたからお姉様の話を聞いていたから。いずれ来るとは思っていたわ」


 レイシアはため息をつきながらも手紙を受け取った。頭髪洗浄剤の話題を何度も出され、それでも譲ることを拒否していたレイシア。作り方なら知っている。その気になれば数回分作ることはできたし、いざという時のために作ってもいたのだが、あえて渡さずにいたのだった。


 休み前に呼び出されることは予測していた。そこで頭髪洗浄剤を渡し、王女様に顔を売るつもりだった。いつでも取引ができるように。

だが、休みに入ってからのお茶会に招待されるとはレイシアにとっても予想外だった。しかしそんなそぶりはアルフレッドには見せられない。どう情報が王女に伝わるか分からないから。なんとか平然を装いながら、情報が欲しいレイシアは、アルフレッドを図書館に誘った。


「ここで開けるわね」

「ああ」


 貸し出しカウンターでペーパーナイフを借りた。そのまま一番奥の席に座り、丁寧に手紙の封蝋を切った。中の手紙を確かめる。一通り目を通した二人の感想は正反対になった。


「よかったわ。どうやら招待客としてではなく、スペシャルゲストでの参加みたい」

「よかったのか? ゲストだぞ」


 ゲストと言えばお茶会のテーマを決める大事な役。レイシアのお茶会であれば、イリアがゲストだったため本好きのお茶会になったし、アリアのお茶会ではあろうことか王子が特別ゲスト(ただし、生徒会長としての出席)だったために、生徒会と学園生活がテーマになった。芸術家や、社会的信用のおける者がゲストに呼ばれることが多い。もちろんゲストなしの雑談中心のお茶会の方が多いのだが、ここぞという時には特別なゲストによって自分の影響力を強くするのだ。


「お客様よりは気が楽だわ。王女のお茶会となれば周りは公侯爵が中心でしょ。子爵程度が混ざれるものじゃないのよ」


「確かにな。特におまえじゃ」


「そう。ゲストなら見世物で済むの。芸人として参加すればいいわ」


「それって……」


「そうね。たまにあるという虐めね。お茶会で恥をかかせる古典的な手法として教科書にも載っているわ。でも今回は違うと思う。恥をかかせたかったら普通の招待客として周りのお嬢様達に紹介すればいいの。かみ合わない生活レベル、常識の違い、ドレスや宝飾品の見比べ。どうしても私に居場所が無くなるわ」


「たしかにな。姉の周りのレベルだと、お前のドレスじゃ貧相に感じるな」


「当たり前よ。お母様のドレスは子爵にしてはよい生地を使っているけど、流行は追っていないオールドタイプだし、金銀の刺繡は伯爵以上じゃないと出来ないのよ。お姉様から何か聞いていないの?」


「ぜんぜん。必ず出席させるようにって。それだけ」


「そう。打ち合わせもないようね。こちらに丸投げ、好きにしていいってことね。なるほど。去年無理やりお茶会を開くように言われたけど、確かに先生の言う通りやっておいてよかったわ。貴族女子コースを受けていなかったら大変だったよ。なんで受けなきゃいけないのって思っていたけど、こんな所に落とし穴があったのね。勉強しておいてよかったわ」


 アルフレッドは普段と違う貴族の方向性でやる気になっているレイシアの表情を見て、なぜか背筋が寒くなってきた。


「何をする気だ?」


「さあ。何が出来るか考えないといけないわ」


 レイシアの発言に何か引っかかりを感じた。


「俺がエスコートしようか?」


 放っておいてはいけないと何故か思った。


「女子だけのお茶会よ。アルフレッド様が入れる場所じゃないわ。それに」


「それに?」


「これは戦いよ。覚悟と戦略なきものは足手まとい。お姉様相手に私と戦う覚悟がある?」


「……無理だ」


 アルフレッドに女性の社交に口を挟む事は出来ない。ましてや姉だ。無理。その現実を突きつけられた。


「でしょうね。見て、参加予定者の面子。全員を敵に回すか和平に持っていけるか。これからの情報収集と計略が肝になるわ。私の情報はどこまでつかんでいるのか。アルフレッド様、私のこといろいろ話していないですよね」


「ん、ああ……。それっぽく話したことはあるが」

「何を話しました?」


「ええと、温かい料理が食べたいとか」

「言っちゃダメって言いましたよね」


「すまん! 一度きりだ。それと、そうだな。一年生の時にお前に学力でも武力でも負けたことは知っている。俺が言ったんじゃない。生徒会長だからな。いろいろ知っていると思うぞ」


「そう。魔道具とかの話は言ってないよね」

「ああ。あんなもの誰にも話せん」


「そう。よかったわ。出席の返事は明日でいい? これから情報収集と打ち合わせね。お茶会はいかに相手の情報を知るかが大事なのよ。そうだ、今夜付き合える? おいしいお菓子を振舞ってあげるから情報くれるだけくれない? あなたが行きたがっていたメイド喫茶黒猫甘味堂にご招待するわ」


 一介の子爵令嬢が王太子を下町に呼び出す。ありえない状況だとアルフレッド自体思っていたが、提案が魅力的すぎた。


「俺を何だと思っているんだ? 自分の爵位を知っていて言っているんだよな」


 常識を振り絞って提案を断る一度目。


「ええ。子爵なのに王女のお茶会に呼ばれるのよ。私には後がないの。たった一度のお茶会、粗相があったらそれだけで身の破滅なのよ。最高位のご令嬢たちを敵に回して、孤立無援の戦いをするのよ。協力して」


「無理だね」


 二回目のお願いも断らなければいけない。それが様式美。


「頼れる人があなたしかいないの。アルフレッド様。そういえば、メイド喫茶黒猫甘味堂ではね、常連客のために『メイドの日』という特別イベントを開催してまかない料理を提供したことがあったの。私の監修で作ったまかない料理、食べて見たくない? そうね、帝国料理で使われるトマトケチャップをオヤマーの米と炒め、卵の薄焼きで包んだ特許料理『オムライス』を出してあげるわ! 喫茶黒猫甘味堂でしか味わえない料理よ」


 聞いたことのないレイシアの特許料理! 二回はちゃんと断った。三度頼まれたら受けてもいい! 大義名分はそろった。


「仕方がない。友として協力しよう」


 レイシアは「友?」と思ったのだが、いちいち反論してもしょうがない。この間からそう言っているからそういう事にしておこう。そう判断してアルフレッドに待っているように言ったら、速足で外に出た。


「サチ、ポエム、お願い」


 音もなくサチとポエムが現れた。


「ポエム、お祖父様に緊急の相談があるの。王女様からお茶会のご招待を受けたの。商売もチャンスだから相談したいって伝えて。何があっても5時半までメイド喫茶に来るように手配して」


 ポエムは頷くと、消えるように去った。


「サチはヒラタ商会の会長に。黒猫甘味堂には営業終了後借りるって伝えて。それから喫茶黒猫甘味堂の店長にも知らせて。カンナさんには遅くなるって伝えて」


 サチも「分かりました」と答えると、あっという間にいなくなった。


 レイシアは図書館に戻り、アルフレッドに王女の事を聞き出してはメモを取っていった。



「ご紹介します。こちらが私の同期のゼミ生で、この国の王太子のアルフレッド様です」


 全員の呼吸が止まった。


 ここは下町の外れ、平民のやや裕福な女性がお嬢様になりきれる素敵なお店『メイド喫茶黒猫甘味堂』。現在お店は営業時間外。外には立派な護衛が5人目を光らせて立ち尽くしている。店の中には雰囲気に似合わないおっさんたち。レイシアとなんちゃってなりきりメイドたち。天井裏にはポエムとサチ、本職のメイドが潜んでいる。


 そんな中に王子がいる。隣には執事が立っている。オズワルドお祖父様以外は絶対に会うことのない王子とその側近たちに、平民の皆様はどう対応したらいいのか分からない恐怖を感じていたのだ。


「今回は俺の姉の我がままにレイシアが巻き込まれた。申し訳ない。だから今日は王子と思わずレイシアの友として対応してもらいたい。相談相手だな。不敬など気にせず思いっきり作戦を立ててくれ」


 最大限の王子の譲歩に、全員が突っ込みを入れたかった。


(((できるか~!)))


 突っ込みたい! でも突っ込めない! 何とも言えない空気感。


「まあ、同じ学生で私と同じゼミの知り合いですので、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ほら、ご本人も不敬を気にせずと言っているんですから。そうだ、メイさん。アルフレッド様がここの料理に興味があるみたいなの。オムライスを全員に振舞って。その後に定番の『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』をデザートとしてお出しするように。執事さんや護衛さんにもお願いね。メイさん、あなた達はいつも通りでいいの。お客さんを笑顔にする黒猫甘味堂のメイドとしてしっかりと働いて」


 メイとメイドたちの雰囲気が変わった。レイシアの言葉は彼女たちにとっては神の進言。メイド喫茶黒猫甘味堂で働いているプライドを取り戻した。


(最初から平民の私達。何をいまさら)


 中には学園に通っていたナノ様なんかもいるが、今は平民として生き抜いている。王子だろうがレイシア様だろうが平民にとって貴族としては一緒。どちらも天上の方々なのにレイシア様は温かな眼差しで私達を導いて下さる。そう、祝福の女神様なのだわ!


 メイド喫茶黒猫甘味堂のスタッフは目覚めた。レイシアは頼れるお姉様から神へと変貌を遂げた。メイを含め全員がレイシアより年上のスタッフなのだが。


 気合を入れ直した黒猫甘味堂のスタッフたち。料理が始まると店内にバターの説ける香りが広がる。玉ねぎを炒めるジュージューという音が始まり、ケチャップが焦げる香ばしい匂いが立つ。お祖父様や王子達には初めての体験だった。アルフレッドの期待が高まる。


 真黄色の見たこともない料理がテーブルの上に並んだ。


「さあ、まずは味わいましょう。まかない料理『オムライス』よ」


 レイシアが毒見代わりにスプーンを持った。黄色い卵の皮が破られると、なかから真っ赤に染まったご飯が現れた。


「芸術的な色彩ですね」

「うむ」


 カミヤがほめ、オズワルドが頷く。王子はレイシアのスプーンを凝視している。

 ほむほむとオムライスを頬張るレイシアの顔はにこやかだった。が、急に真剣な表情に切り替わった。


「エミさん! レシピいじった?」


 名指しで呼ばれた調理班のリーダーエミは背筋を伸ばし返事をした。


「申し訳ございません」

「いえ、いいのよ。あなたが入れた白キノコが良いアクセントになっているわ。そのバランスを保つために、卵に入れる砂糖の割合を増やし、ごはんのケチャップを減らしたのね。それに、私にも分からない隠し味があるわ。何を入れたの」


「さすがレイシア様です。鳥肉を炒める時お醤油を数滴、焦がすようにフライパンのヘリに入れました」


「お醤油⁈ そうか、だからこの鳥に深い味わいと香ばしさが付いたのね。素晴らしい工夫だわ! 帝国のケチャップ、王国の米、それに和の国の醤油が融合したのね。エミ、これからも好きにレシピいじっていいからね。停滞は料理人にとっての死よ。より良い配合を探しなさい」


「はいっ、ありがとうございます!!!」


 エミが感動に打ち震えている中、耐え切れなくなったアルフレッドがオムレツを食べ始めた。


「なんじゃこりゃ~!」


 普段滅多に口にすることのないケチャップの甘さとコクに、食事時には似付かわない叫び声を上げた。


「うまい。うますぎだぞ、レイシア。お前ら普段からこんなものを食べているのか!」


 ガツガツとマナーなど忘れたように食べ続ける王子アルフレッド。執事が顔をしかめながらもオムライスを一口。


「んっ、これは。確かに美味」


 そこから無言で手が止まらなくなる。護衛たちも一気に食べつくした。


 口の周りがケチャップだらけになった王子が執事たちに言った。


「これがレイシアの料理だ。俺が恋焦がれるのが分かっただろう。これから姉のお茶会の相談を始める。お前たちがいては意見も言いづらいだろう。トーマス、しばらく席を外してはくれないか」


 執事は「かしこまりました。その前にお口元を綺麗になされてくださいませ」と小言を言いながらも受け入れ、スタッフルームに案内された。護衛たちは外で警備を始めた。


「じゃあ、デザートは話し合いが終わってからにしましょうか。護衛の皆さんと一緒に食べましょう」


 アルフレッドは話し合いを早く終わらせるために必死になった。大人たちにどんどん意見を言うように、不敬など気にするな、早くまとめるためならどんな言葉遣いでもいい、そう強く言い聞かせたのだった。



「アルフレッド様からの情報では、王女様はとにかく切れ者ね。女性の社会進出をテーマに勉強しているらしいの。家柄は重視するけど、才能ある人を重用するのも好きみたいなのよね。それと新しいものが好きみたいね。アルフレッド様が試した頭髪洗浄剤の効果を見て気になってしょうがないみたいね」


 レイシアは、昼間聞き出したキャロライナ王女の分析結果を話した。


「だから今回は、洗浄剤と共にふわふわパンを売り込もうと思うの。王族から貴族社会に広がれば、ふわふわパンの価値はとんでもなく上がると思わない? いたる所の貴族のお抱え料理人たちが、ふわふわパンの特許の使用権を買い取るのよ。このチャンス、生かしてみるね。お祖父様が言っていたチャンスはこのタイミングしかないと思うの。店長もいいよね」


 オズワルドとシロエは了解するしかなかった。


「オムライスは出さないのか?」


 アルフレッドが前のめりになって聞いた。


「それはまだ早いわ。お茶会だから食事を出すのは違うと思うの。アルフレッド様、あなたを見ていた私は分かるの。『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』が最高位の貴族をどれだけ感動させられるかを。メイさん、アルフレッド様に先にお出しして」


 手早く作られ王子のもとに届けられた『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』。初めて対面するアルフレッドはその美しさから引き込まれていった。


「なんだ? まるで絵画のようなこの一皿は」


 そのお皿はいつも使っている白い皿ではなく、執事喫茶の新しい料理の試作用に買った黒いお皿だった。真ん中に満月のようなふわふわパンをのせ、その上にはひとかけらのバターが溶けながらも存在感を醸し出す。手前には白い生クリーム。五分立ちにホイップされたクリームは、凪の海に立つ波のように敷かれていたていた。色鮮やかな小粒のベリーが皿の黒く残った所に綺羅星の如く散りばめられている。天の川のようにお皿とふわふわパンを貫きかかる甘く透明な蜂蜜。やがてバターは溶け切りパンにしみ込み、静寂が訪れた夜の海を模したような一枚の風景画となった。


 レイシアすらも息を飲み込んだ見事な作品。


「素晴らしい。この間試したことがここまで進化したなんて! エミさん。特別ボーナスを支給しますわ。もちろん、協力したスタッフ全員にもです。よくやりました」


 アルフレッドは食べた。もはや何も言葉が出ない。無言のまま食べ続けた。


「この一皿で、王女様達には十分だとは思いませんか? このお皿への盛り付け、私も再現できそうです」


 王子の反応を見て、それ以上何も言うことがない大人たち。


「では、後は私がお茶会でどう動いて主導権を取るかですね。みなさんのご意見を頂きたいですわ」


 執事が招き入れられ、全員にお茶とお菓子が行きわたり話し合いが再開された。

 レイシアは執事に様々質問をし、お祖父様と共に計画を練った。必要なものはカミヤが揃えることになる。


 寮の門限が近づき帰らなければならなくなるまで、話し合いは続いた。無難なことはできない。話し合いの結論は一か八かの危険な方向に決まった。


 

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