第三部完 レイシアは三年生に向かって突き進む

「じゃあ、あたしはもう少しクロウ先生の所に通ってから帰るよ。帰ったら寮に顔出すから。ここで何枚か、メイド喫茶と執事喫茶の原稿書いておくからさ。じゃあね」


 イリアと別れ、レイシアたちはオヤマーを経由して王都に帰ることになった。いくつかの街を通り、オヤマーに着いたレイシアとお祖父様は食品開発部に顔を出した。

 食品開発部にほとんど人がいなかった。活気があった開発部がひっそりとしていた。


「どうしたのだ? 今日は休業日ではないだろう?」


 お祖父様が聞くと、開発部長が答えた。


「現領主ナルード様の方針で、開発部は縮小されました。やがて解散させられるのではないかと噂が立っています。予算削減の一環だそうです」


「なにを馬鹿なことを。売り上げを伸ばすには開発費をケチってはいけないというのに。ナルードは何を考えているんだ!」


 お祖父様は、家督を譲った息子ナルードの行動が分からなかった。


「大奥様のご意向が働いているらしいです」

「ナルシアが? ナルードのために儂がいない間に儂の影響力を削ぐつもりか。それとも、ナルードを使って好き勝手始めようとしているのか?」


「どういうことです?」


 レイシアが聞くと、お祖父様は首を振った。


「まだ推測の域を出ない話だ。情報を集めてから話そう。今は執事喫茶を無事に出せるように計画を練ろう。場合によっては孤児院を先に手を付けた方が良いかもしれんな」


 レイシアにはそう言い、開発部長に向かって聞いた。


「働いていた職員の処遇は」

「大半は民間に流れました。優秀な者達ですので王都で再就職した者が多いですね。一部は配置転換で残った者もおります」


「仕事があるならよい。しかし、もったいない。雇用を何だと思っているんだ。人材育成は簡単にできるものではないというのに」


 ブツブツと言いながら、開発部長と話し合いを始めるお祖父様。レイシアはお祖母様のきつい物言いを思い出していた。


「大丈夫ですか、お祖父様」

「ああ。この程度で終わるのなら大したことがない。しかし、こんなことが続くとなるとオヤマーにとっては痛手になる。儂が今更何を言っても耳を貸さんだろう。それより他が心配だ。いくつか回るがレイシア、お前はどうする?」


 レイシアはお祖父様について行くことにした。お祖父様の想像通りいくつかの開発部や研究室が縮小されていた。


「また話し合う機会を持とう。まさかここまで手早く潰しにかかるとは。商業ギルドとも話さないといかんな。レイシア、この事はまだ内緒にしておけ。カミヤ商会へは儂から話しておく。すまないが今日はオヤマーに泊まろう。明日の朝帰ったらいい」


 お祖父様は宿を取ると、レイシアとサチを残し情報を集めに行った。


 レイシアとサチは部屋で夕食を取ると、たわいのない話をしながらその日は過ごした。



 翌朝、朝の礼拝に行くとマックス神官がスーハーの先頭に立っていた。終了後訪ねに行くと、快く迎えてくれた。


「ここでは話せませんが、例の件は上手くできそうです。後日お会いして話しましょう」


 マックスのおかげで、孤児院は上手く行きそうだとレイシアは安心した。

 その後、お祖父様と朝食を取った。


「レイシア。儂は数日オヤマーに残ることにした。帰りはどうする? 馬車を出そうか?」


 走れば早いのだが、平民の入り口はとても混む。以前のようなトラブルに巻き込まれても大変なため、レイシアは送ってもらうことにした。


 貴族街を通り学園に入ると、レイシアは更衣室に入った。制服があればよかったのだが、借り物のため王国から持ち出せなかったためここにはないドレスから。それなりに生地の良いワンピースに着替えた。


 学園では入学式に向け、職員や業者が忙しそうに働いていた。学生だけでなく大勢の保護者、格の高い貴族が大勢集まる社交の場を兼ねているため気を抜くことはできない。授業でお茶会の準備を経験していたレイシアは、入学時には分からなかった裏方の苦労を感じることができるようになっていた。


「レイシア! どうしたんだ?」


 生徒会として準備に忙しい王子が、レイシアを見つけて声をかけた。


「あ、アルフレッド様。どうしたんですか?」

「生徒会の仕事だ。暇なら手伝ってくれ」


 王子はとにかく使える人材がほしかった。


「急に言われてもダメです。仕事内容だってわからないし、それに生徒会の方々私のこと分かりませんよね。今から入るのは却って迷惑ではないのですか? 上位貴族の方々ばかりですよね」

「だからだよ。役に立たないんだ」


 疲れ果て、ため息交じりで本音をぶちかます王子。


「えっ? この国大丈夫なんですか?」


 レイシアはレイシアで、思ったまま失礼なことを言った。


「姉が言うには、俺の側近候補が使えないのは俺のせいらしい。なんでだ! この休みの間、ヤツらには特訓という勉強をさせたというのに。真面目にやらないんだ」


 王子はストレスが溜まっていた。この準備ももはや任せるより自分でやった方が早いと、側近候補を側に置かず、自分で走り回っていた。


「この書類を学園長の所に持って行って、そこで簡単な説明を行ったらサインを貰える。それすら安心して任せられないヤツらなんだよ」


 王子の荒れぶりを察してレイシアは同情心が湧き出した。


「それは大変ですね。手伝う気はありませんが、お昼ごはん奢りましょうか? シャルドネ先生がいたら部屋を借りましょう」

「それは、アレが食べられるということか?」


 王子のテンションが上がった。


「ええ。秘密ですよ。一人でお越しください。そうですね、シャルドネ先生の部屋か、先生が不在だったら図書室にいることにします」


 久しぶりに来た学園で、久しぶりに会った数少ない知り合いにこの程度のサービスを行ってもよいだろうとレイシアは思った。以前から何かと役立ってくれているし、イリアに仕事を与えてくれているし、王子には少しくらい優しくしてもいいかなと、そんな気分だった。

 あの料理が食べられるなら急いで仕事を片付なければと、王子はやる気になり駆け出していった。


 レイシアはシャルドネ先生の部屋を訪ね、休みの間に行ったことを報告をした。簡単に話したつもりだったが、シャルドネは頭を抱えていた。


「喫茶店の新店舗の計画と盗賊退治? その上クラーケンも退治をして、魔道具を複製? さらに新しい石鹸を開発中? 意味が分からないわ」


 教会のことはあえて話さなかったし、伯爵二人から報奨金を頂きさらに婚約の申し込みがあったことは省いたのだが、改めて行った事を羅列して説明したら、自分でも何を言っているのか分からなくなるほどおかしいかもと思い始めた。


「そうだ! 魔道具開発のケルト師匠がシャルドネ先生によろしく言っておいてって伝言されました」


「ケルト師匠? ケルト……、ケルト先輩か! 師匠ってあなた……」

「はい。魔道具のオリジナル作ったのケルト師匠です。複製品はここにありますよ。出しましょうか?」


「あ、ああ。そう……。見せなさい」


 レイシアはカバンから冷暗庫を取り出し中からジュースを取り出した。


「これが冷暗庫です。食べ物を冷たくする魔道具です」


 そういって、カップにジュースを注いで渡した。


「ジュースって、冷やすと別の飲み物みたいに感じられるんですよ」


 シャルドネがおそるおそる口にすると、キリっとした液体が口の中を支配した。思わず味わわずにゴクリと喉の奥へ飲み込む。食道が一気に冷え込み胸の間の体温を奪う。


 もう一口。誘われるように口にする。今度は口いっぱいにオレンジの甘さと酸味が広がる。冷たい息が鼻から抜け、甘い香りが脳を刺激する。ゴクリと飲み込むと、口には至福だけが残った。


「おいしいわ。確かに生ぬるいジュースとは別物」


「そうなんですよね。私も初めて飲んだ時には驚いてしまいました。料理長のアイデアなんです。料理長はお酒を冷やしていましたが」


「お酒? 確かにおいしくなりそうね」


 シャルドネの喉がゴクリと鳴った。


「後で一本貰えるかしら?」

「入れ替えるお酒があればいいですよ」


 シャルドネはチリンとベルを鳴らすと、侍従メイドに同じ銘柄のエールを8本買ってくるように命じた。


「何時まで学園にいるの?」

「そうですね。アルフレッド王子と食事の約束を……、そうだ、先生、食事の場所を貸してくれませんか? どこかの教室でいいのですが、見られたくないので」

「だったらこの部屋でいいでしょう。私の分もお願いねレイシア」


 ちゃっかりと自分の昼食も用意させるシャルドネ。レイシアが「小銀貨4枚です」と言うと、喜んで払った。


「それにしてもケルト先輩、なんてものを作ってるんだか。それを再現するあなたもおかしいわよ、レイシア」


 そんなことを言われても、出来てしまったものは仕方がない。


「三年生では、私のゼミに来なさい。他のゼミでは研究の妨げになるわ。魔道具の研究したいんでしょ」


「はい! 他にもやりたいことはあるのですが」


「何? 何をやらかす気? 魔法の研究?」


「それは魔道具で一緒にやります。石鹸を王都で売り込むため、流通や店舗の勉強もしたいし、お祖父様と開く喫茶店のアイデアを考えたり、ターナー領の孤児院の運営とか」


「どれだけあるのよ! まあ、授業が始まったら相談に乗るわ。貴族の授業はどうするか考えておきなさい」


 レイシアは「やりません」と反射的に言いかけたが、クリシュやイリアの事を思い出して考え始めた。貴族籍を残すことになったイリア。伯爵家から縁談を持ちかけられているクリシュ。


「貴族籍についても勉強した方がいい様に思えてきました」


「そう? 一年間貴族コースを取って何か考える所があったのかしら。知識は多い方がいいわ。商人になった時もきっと役に立つと思うわ」


 まあ、聴講生として貴族女子基礎を眺めているのでもいいかと考えていた。しっかりとした社交は自分には無理だし必要ないのではないかと思っているレイシアだった。



「ああ、これだ。俺が求めていた飯は。温かいスープにふわふわのパン。おまけに握り飯まで。なんという贅沢。ありがとうレイシア。生徒会で姉にこき使われ、側近候補の至らなさにストレスしか溜まっていかなかった俺の心が、魂が浄化されていくようだ」


 レイシアは(大げさな)と思っていたが、料理をほめられるのは悪い気分ではない。本気で手が止まらず食べ続けながら、涙を流しうまいと話す王子にレイシアは追加の料理を提供した。


 それは冷たいスープと冷たいジュース。


「なぜだ? 温かいものが美味しいのではなかったのか。冷たいことが美味しさになる? いつも食べておる食事は冷たくて……、そうか! いつも食べているのは冷たいのではなくて冷めているだけなのか」


「その通りです。温かい料理は温かいうちに。冷たく冷やした料理は冷たいうちに食べるのが一番おいしいのです。もちろん、握り飯やローストしたお肉のように常温でもおいしい料理はあります。料理の種類によって温度管理ができれば、新しい世界がひろがりますね」


 レイシアの言葉に一瞬感動した王子だったが、王族である以上毒見を終えた冷めた料理しか食べることができないことを思い出し、せっかくの感動がが絶望に変わった。


「まあアルフレッド、高位貴族、ましてや王族ともなれば仕方がないことだ。私だって似たようなものよ」


 シャルドネは冷暗庫の中の冷えたエールと買って来たールを入れ替え、グラスに注ぎながら言った。


「三本目ですよ。大丈夫なんですか?」

「だいじょ~ぶよ~。今日の研究終わったことにすればいいだけだから~。冷えたエ~ルって最高ね~」


 クイッっとエールを飲み干しながら、シャルドネは答えた。


「ソーセージとかないの?」

「ありますけど。別料金です」

「いいわよ金貨一枚払うから~」

「金額おかしいです!」


 カバンから鍋を出し、水とソーセージを入れた。水を気化させると、ボコボコと泡を出しながら水が沸騰していった。


「茹でたてです。どうぞ」

「何をしたの、今」

「今度話しましょう。冷めますよ」


「お、俺にもくれ」

「しょうがないですね。金貨はもらい過ぎだからサービスですよ」


 王子にも茹でてあげた。


「やっぱり、俺の側近にならないかレイシア」

「嫌ですよ。料理目的でしょう」


「それだけじゃない。俺が知っている中で一番仕事ができるのがレイシア、お前だ」

「料理は無しでもいいのですか?」

「それは……」


「いいですね、私が料理提供しているのは内緒ですからね。誰にも言っていないでしょうね」


 王子は姉にグチりながら、温かい料理が食べたいと話したことを思い出した。


「い、言ってないぞ」

「そう? 何か隠してない? もしバレたら二度と提供しませんからね」


 シャルドネが冷暗庫を開けてエールを交換していた。


「先生、飲みすぎです。もうしまいますね」


 レイシアは冷暗庫をカバンに収納した。


「ああ! だってつまみがあってエールがないというのはおかしいわよね」


「もうダメです。それで終わりにして下さい。アルフレッド様も早く食べ終わってください。ソーセージしまいますよ」


 あわててソーセージを頬張る王子に対し、ゆったりと最後のエールとソーセージを味わう方向にシフトしたシャルドネ。


「お皿は授業が始まったら返してください」

「ああ。洗わせておくわ」


 レイシアは、やれやれと思いながら部屋を後にした。王子も仕事に戻ったので、寮に帰ることにした。


 途中、マグロ包丁を研ぎに出すため刃物屋に寄った。


「サカの街でクラーケンを倒したから研ぎ直してくれ? 何やってるんだ、嬢ちゃんは」


 そう言いながら包丁を眺めた店主は、ため息をつきながら感心した。


「確かに使い込んではいるが、刀身にブレがない。正しく使えているじゃないか」


 しばらく預けることになったが、サカで貰った和包丁シリーズを見せたら店主の目の色が変わった。


「よいもん見させてもらったな。これだけ揃っているのは見たことがない。嬢ちゃん凄いな」


 料理でしか使っていないのだが、和のシリーズは研ぎ方で変わると力説され、全て研ぎ直すことになった。


「ありがとうよ。これだけまとめて研げば、腕が上がるぜ」


 店主はほくほくとした顔で、本日休業の札を店の前に立てかけた。



 やっと寮にたどりついた。


「ただいま」

「おや、レイシア。よく帰って来たね」


「カンナさん。またよろしくお願いします」

「ああ。イリアもいなくなったし、新入生も入らないから今年からはあんた一人しかいないよ。食事いらない時や遅くなる時は早めに言っとくれ。まあ、疲れただろう。今日の夕食はどうしようかね」


「大丈夫。私が用意するから。まずはお風呂いれるね。あったかいお風呂、カンナさん入ってないでしょ」

「あらあら、これじゃどっちが世話しているのか分からないね」


 カンナは、は~、と息を吐いて苦笑いをした。

 レイシアは、いそいでお湯を張るとカンナをお風呂に入れさせた。

 サチにテーブル周りを任せ、料理を取り出した。カンナがお風呂から上がると、すっかりと食事の準備ができていた。


「至れり尽くせりだねえ。それじゃあ頂こうかね」


 食事をしながら、レイシアは休みの間に行った、あれやこれやを話した。あまりの話に目を丸くして聞くしかなかったカンナは、それでもまた一年レイシアと過ごせることに感謝をした。


 この一年も楽しくなりそうだ。


 みんなが同じことを思いながら、楽しい食事は続いていった。


(第三部 完)



…………………………あとがき………………………………



 終わった~! やっと終わったよ!


 二年生もやっと終わり、次から三年生です。作者の意向に反して貴族の講座を取ることになったレイシア。書くの難しかった。


 騎士団ボコボコとか、何書いていたんだろう? 本当に手探りの二年生編でした。


 まあ、まだ閑話が何本か書くのでしょうが、何書くかまだ決まっていません。どうしましょうか?


 クリシュに懸想するビオラさん! なぜそんなにぐいぐい出てきたの? メインキャラっぽくなってしまっていませんか? 同時進行で書かなきゃいけなくてつらいのですが!

 三年生、やること多すぎになりそうです。とうとうオープニング回収にむけてヒロインも出さなくてはいけなくなりましたし。


 できるのか? この複雑になった物語の回収。


 そして、学園は5年生まである。第六部までなので、これでやっと半分だと!


 お付き合い、よろしくお願いします。


 まあ、三月はダラダラ更新になると思います。三部おわったのでしばらくお休みがてらリハビリですね。四部本格始動まで、不定期更新になると思いますので、よろしくお願いします。


 よかったら、♥とかここまでの感想頂けるとありがたいです。


 では、次の閑話までしばらくお待ちください。


 みちのあかりでした。

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