圧迫面接?

 宿に連れていかれたイリアは、身だしなみを整えるように執事から言われた。さすがに平民の着ている厚手のトレーナーにコート、さらにスカートでもないパンツスタイルではオヤマーの元領主といける場所など探しようもなかったからだ。


「そうは言っても、ドレスなんて持っていないよ」

「私のドレスじゃ小さいよね」

「うん。無理だね」


「私のメイド服着ますか?」

「それいいかも!」

「でもイリアさん。今日はお客様だから……」


 その時、レイシアは思い出した。


「そうだ、お茶会の時の衣装。私預かっていたままだった。待っててね、今出すから」


 レイシアはカバンの中から黒猫甘味堂で行った、法衣貴族女子のためのお茶会の時のドレスや靴、下着等を取り出した。


「えっ? またこれ着るの?」

「貴族仕様にしたら簡易なものなのよ。締め付けも緩いし、肌の露出も少ない。なんてったって四季兼用の便利なドレスなんだから」


 他にない中の提案にイリアはしぶしぶ了承するしかなかった。



「ほう、それなりに整えることができたようだな。では行こうか」


 お祖父様は、これからの食事をレイシアの祖父としてではなく、レイシアのビジネスパートナーとして会食を行うことにした。作家イリア・ノベライツを審査する方向に舵を切っていたのだ。レイシアにはこっそりとその事を伝えていたが、イリアには内緒にするように言い含めていた。


 店の前に馬車が止まると、執事とお祖父様が先導して店に入り、レイシアとサチが高級店に慣れないイリアを安心させるように導いた。


「イリアさん、大丈夫。かなり丁寧に話せるようにすればなんてことないから」

「少しじゃなくてなの⁉」

「う~ん。かなりかな?」


 フォローになっているのかいないのか分からないレイシアのアドバイスに、イリアは動揺した。


「食事のマナーは大丈夫だよね」

「そこは一応。基礎授業で習ったから」


 法衣貴族の授業ではいつ何があっても困らないように、食事のマナーやお茶会のマナーはしっかりと教え込まれるのだった。半数は役に立てることはできないのだが、このような突発的なことが起こらないとも限らないから授業というものはありがたいものだ。


「空のお皿でフォークやナイフで食べた振りしながら、差しさわりのない会話をするだけのなんちゃって食事会は何度もやらされたよ」


「……ソウナンダ」


 想像したら悲しい情景しかなかった。


「まあ、頑張ってお嬢様言葉を使うわ。私のヒロインたちにはお嬢様言葉で書いているから、知識としてはいけるはず」


「そうですよ。ヒロインになりきりましょう! 私がリードしますので、相づちを打ってくださいね」


「分かった。頑張ってみる」


 作家イリアの戦いが幕を上げるのだった。



 食事は個室で行われた。執事とサチは使用人のための控室で簡易な食事を与えられ休憩をしていた。つまり、室内にはお祖父様とレイシア、そこにイリアが混ざった状況。店主が挨拶をして料理が並べられると、室内には得も言えない静けさが広がった。


「では、祈ろうか。イリア嬢、どの神に祈る?」


 今日はあなたの神に全員で祈ろうと、お祖父様が言い出した。この食事は全てイリアのためであり、イリアが主導して盛り上げなければいけなくなるということ。祖父と孫の食事に混ざられたのではない。イリアの作家としての品定めにするよ、というお祖父様からの宣言だった。


「……私は文学の神、カク・ヨーム様に毎日祈りを捧げておりますわ」


 無理くりのお嬢様言葉で対応を始めた。


「では、カク・ヨームに祈りを。レイシアもよいな」

「はい。カク・ヨーム様に祈りを捧げましょう」


 イリアはきりきり痛む胃を気にしながら祈りの言葉を先導した。


「人々に知恵と喜びを与えて下さる文学の神カク・ヨーム様。あなたの恵みは私達の心の栄養となり人生にいろどりを添えて下さっています。カク・ヨームに感謝を捧げます」

「「カク・ヨームに感謝を」」


 レイシアとお祖父様がカク・ヨームに感謝を捧げ、食事が始まった。


「イリア嬢。先ほど町で見かけた時とは違い、実に貴族らしい祈りの言葉と振る舞い。さすが学園を卒業しただけはあるな」


「ありがとうございます」


 イリアはドキドキしながら返事を返した。今はこれが精一杯だった。


「イリアさんは学生の時から本を何冊も出版している大人気作家なのですよ」


 レイシアがフォローに入った。


「それに、いつも寮でお世話になっていたの。二人しかいない寮だったから、お姉様のようにしたっていたのよ」


「ほう。お前が姉のように思っている先輩か。イリア嬢、レイシアを可愛がってくれたようで私からも感謝をする」


「い、いえそんな。私の方こそレイシア様に助けられてばかりでしたわ」


 無理やりお嬢様言葉を引き出すイリア。


「ほう。どんな風に助けられたのかな」


「ええと、それは……」


 どこまで話していいのか分からないイリア。風呂はまずいよね。


「私、クリシュのために掃除洗濯食事の用意が完璧なのですよ」


 何とかフォローしようと混ざるレイシア。


「そうなんです。レイシアさんの料理を食べられなくなるので卒業したくなくなる程でしたわ。特にふわふわパンに肉と野菜を挟んだ、ええと」

「バクットパンですね」

「あれか。確かにお前の料理は他にない素晴らしさがあるな」


 そこから話が続かない。廊下では給仕が静かになったのを感じたのか次の料理が準備された。ノックの音がして、給仕が失礼いたしますと声をかけてからドアが開いた。スープを持ってきたのだ。


「ほら、話ばかりで食事が進んでいないわ。お祖父様も質問ばかりではいけませんわ。イリアさん。前菜を食べましょう。慌てる必要はないですし、ゆっくり味わって楽しめばいいですから」


 レイシアは、お祖父様には質問攻めを止めるように、イリアには上品に食べるようにやんわりと話した。イリアはレイシアの意図を読み込むことができた。レイシアの食べ方をトレースするように気を使いながら食べ始めた。


(私が今、こうして誤魔化せているのは小説を書くために上位貴族の生活を資料で読み込んでいたおかげだね。出版社の社長に口うるさく言われていたのが役にたったよ。カク・ヨーム様、社長、ありがとう)


 そうして、しばらく三人は無言で前菜を食べ続けた。



 お祖父様とイリアにワインのアルコールが程よくまわり、レイシアがうまいこと繋いだおかげで食事も後半に近づくと多少の気楽さが出てきた。


「今、イリアさんに黒猫甘味堂のお店を宣伝する紙1枚の短編小説を依頼しているの」


 レイシアが何気なく振った話題にお祖父様が興味をもった。


「紙一枚で小説が書けるのか? しかも宣伝じゃと。どういうことだ」


「今までなかった小説ですから」


 にこにこと自慢げに話すレイシア。


「どうゆうことだ? イリア嬢説明してもらえるかね。レイシアではよく分からんからな」


 お祖父様はレイシアが黙っているように仕向け、イリアを試すように聞いた。


「あ、はい。レイシアさんからご依頼を頂き書かせて頂いております。主に、働いている方々にインタビューを行い、その中から好印象を与えることができるエピソードを選びます。その上で読んで楽しくなるように脚色しながら日記風の小説を書かせてもらっています。日記でしたら紙一枚がちょうどよいかと思いまして」


「日記風の小説だと? 聞いたことがない」

「私も知らないです。多分どこにもない私のオリジナル小説になりますね」


 お祖父様は目を見開いた。どこにもないものを作り上げるということがどれほどの価値があるのかを知っているから。


「イリアさん! 特許、特許です。特許取りましょう!」


 レイシアが興奮気味に言った。


「レイシア。文章の書き方で特許は取れないの。それに、もし取れたとしても私は取らないわ。文学ってね、先人の工夫や発見をみんながリスペクトしながら発展させるものなの。盗作はいけないけれどリスペクトは大切なのよ。誰かが独占していいものではないのよ」


 イリアはレイシアを嗜めるように言った。


「いい? ラノベが出る前の文学って聖書をもとにしたかたい本か英雄譚、歴史書、論文しかなかったの。それがラノベの普及でいろとりどりの小説がでるようになったの。もしラノベの書き方が特許で使う事が難しくなったら、今ここにあたしはいなかったよ。ここまでラノベが広まったのは特許を使わなかったから。小説家なんて貧乏人が多いからね。その中で成り上がるためには特許で縛られたら大変だろ。だからみんな真似すればいいと思う。あたしが第一人者だし、簡単に超えられるようなへぼい文章書く気はないからね」


 思いが募りすぎて言葉遣いが乱れてしまったイリア。しかし、その熱さにお祖父様はイリアを認めた。もちろん、その前に王子とのつながりや、出ていた本の売れ行きなどしっかり聞いていたのだが。しかし、元法衣貴族のオズワルドとして、若い頃の自分と重なるところが見えていたのかもしれない。熱い気持ちはお祖父様のこころを揺さぶったのだった。


「よし。イリア・ノベライツ嬢。儂がパトロンになろう。レイシアと儂のプロジェクトに噛んでもらう。その代わり、イリア嬢の実家の貴族籍は抜かないように。法衣貴族でも貴族は貴族だ。籍が残っているだけで活動のため出入りできる場所が増える。平民だとこちらが仕事しづらいんじゃ。いいな。後で正式に契約をかわそう」


 そうして、イリアは王子だけでなくオズワルド・オヤマーの仕事にも巻き込まれるようになってしまったのだ。



 イリアはドレスのまま宿に帰るわけにもいかず、お祖父様の提案でレイシアの隣の部屋に泊まることになった。もちろんお祖父様が会計を持つことで強引に入れたのだが。予定していた宿にはサチが連絡をし、荷物は当人でないと引き取れなかったため翌日まで部屋そのまま借りて荷物を預けたままにした。


 レイシアたちは翌日立つ予定を変更し、一日遅らせて翌日イリアと一緒にラノベの神の所に向かうように計画を練り直した。


 高級なレストランで圧迫面接のような食事を終え、高級な宿に連れてこられたイリア。レイシアの部屋でドレスを脱がせてもらい普段着に着替えるとやっと生き返った感じがした。

 レイシアが、「お疲れ様」と温かいスープをカップに入れてイリアに渡した。


「あ~、どんな高級な料理より、あったかいスープが一番だね」


 そう言ってスープを飲み干すと、「バタン」とベッドの上に後ろ向きで大の字に倒れ込んだ。

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