サチの聞き取り

 レイシアたちが形ばかりの視察をしていた時、打ち合わせ通りにサチは孤児院に隣接している小屋に向かった。器用に掛けてあったカギをピンで開けると静かにドアを開けた。


「じゃまするよ」


 そう言うとサチは、子供たちが押し込まれている部屋に入っていった。


「誰だお前!」

「静かに! 差し入れ持ってきた」


 リーダーっぽい孤児が声をあげると、サチはアタッシュケースを開けて見せた。


「に、肉!」


 カバンの中には、ソーセージとパンがぎっしり詰まっていた。


「これは、私の主レイシア様からの差し入れだ。毒なんか入っていない。ほら」


 そう言って、ソーセージを一つ食べて見せた。


「ほら、分けるから並びな。一つずつ取って。ちゃんと平等に分けてやるからさ」


「何が目的だ? だいたいお前は誰だよ」


 孤児たちとサチとの間に入り不審がるリーダーと、肉に誘われる孤児たちがごちゃごちゃとしている。食べ物につられた孤児たちは、リーダーが何を言っても統制が取れない。


「私はサチ。元ターナー領の孤児だ」

「そんな恰好で孤児なわけないだろう!」

「いいや。孤児だよ。それよりどうする、こいつら欲しがってるぜ」


 孤児たちがリーダーを見つめる。


「クッ。本当に大丈夫なのか」

「ああ。お前ら殺したところでどうする。まだ不安ならあんたの指差したヤツ食ってやるよ。元孤児が食べ物無駄にすると思っているのか」


「分かった。まず俺が食う。何でもなかったらこいつらに分けてやってくれ」


 リーダーが意を決して、パンとソーセージを食べた。


「……うまい!」


 わっと歓声が上がった。


「静かに! 騒いだら取り上げられるぞ」


 大人が来ないように静かにさせた。そして「大丈夫、十分にある」と言いながら、パンにソーセージを挟んで配った。


 もぐもぐもぐと、咀嚼する音だけが小屋に響く。誰も何も言えない。久しぶりの噛み応えのある肉に夢中になる孤児たち。思ったより孤児は少なく、二セットずつ渡すことができたサチは、にこにことその光景を見ていた。



「久しぶりの豪華な飯だった。ありがとな。ところで、あんた何しに来たんだ?」


 リーダーがサチに聞いた。


「私はサチ。さっきも言ったように元孤児だ。私の主人のレイシア様が今この孤児院を見学している。でもいい事しか聞くことができないだろう。レイシア様は本当の事を知りたがっているんだ。だからあたしに食事を持たせて、本当の事を聞いてくるようにと指示を出した。聖女アリアについて、また、いつもどんな生活をしているのか聞かせてくれ」


 サチはわざと砕けた言い方でリーダーに行った。


「オレはニッケ。アリの姉貴からリーダーを引き継いだ」

「アリ?」

「聖女様の孤児の時の名前さ」

「ああ」


 サチはレイシアにレイと名乗るように言ったことがあったよな、と懐かしいことを思い出していた。


「姉貴が聖女になるまではひでえもんだったよ。分かるだろう。食事は水のようなスープとかったいパンが一切れ。それを朝と夕方食べるだけ。こき使われては殴られる。街で物乞いさせられる。稼ぎが悪いとぶん殴られる。盗んでもいいから最低額は確保しろと言われるんだ。女の子は夜呼び出されて変な事させられるし。冬場は寒くて何人も死んだよ。死なずに成長すれば売られてどうなっているんだか分かんねえし。アリの姉貴はそんなオレたちに優しくしてくれたんだよ。貴族の子だから優遇されていたんだけど、偉ぶらないでね……、優しかったんだ」


 サチは聞いていて胸糞がわるくなったが、表情に表さないように我慢していた。


「姉貴が光魔法? だかなんだか神の祝福を受けたとかでいなくなる前、神父の野郎と約束してくれたんだ。俺たちをぶん殴らない。女の子に変なことをしない。食事を改善する。盗みはさせない。物乞いみたいなこともさせない。売り飛ばさない。その代わり寄付を増やす。ここの事は話さないってね。神に誓ったらしいから、本当にできないらしいんだ。おかげで前よりはよくなったよ。殴られなくなったのと食事がちゃんと出るのははありがたいよ」


 噂では聞いていたが、直接聞くと真に迫るものがある。サチは顔を歪ませそうになりながら聞いた。


「アリアさんは、本当にあなた達の事を考えていたのね」


「そうだね。オレたちが売られないようにいろいろ考えてくれたよ。孤児院から出たら神父のいう事は聞かず一人で生きると答えろって。職を紹介してやるって言葉には乗っちゃいけないって言われたよ」


「じゃあどうするの? 身寄りもないのに」

「『下町のゴーンってごろつきの親分を頼れ、アリの知り合いだと言えば何とかしてもらえるように言っといた』そう言ってくれたよ。どうなるか分かんねえけど、オレはアリの姉貴を信じてる」


「そうか」


 それから他の子にも辛い事や日常の生活の事、孤児院長の事を聞いていった。サチの知っているターナーの孤児院とは全く違う現実をかみしめながら聞いて行ったサチ。何もできない自分の立場と現実に気持ちが落ち着かなくなっていた。



「という感じでした」


 サチがレイシアに報告をした。


「そう。そんなにひどいのね。サチ、大丈夫?」

「私も、ターナーの孤児院にいなかったらどうなっていたかと考えてしまって。あそこにいたのが私だったらと思うと……」


 レイシアはサチに抱きついた。


「大丈夫。サチは私の先輩で友人で大切な仲間よ。ターナーの孤児院が今まで通り良い所であるように頑張ろうね」

「うん。レイシア様。お願いします」

「一緒に頑張るのよ」

「そうですね。はい。頑張ります」


 サチは涙を流しながら頷いたのだった。

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