第八章 サカの孤児院 レイシア15歳 弟10歳

再会できた

「さあクリシュ、召し上がれ。これはお姉様が捕まえた、クラーケンのサッシミーよ。これが生、こっちがボイルしたクラーケンの脚。ショッツルとショウユ、どちらも試してみてね。厚さでも印象変わると思うわ」


 やっと会えたクリシュを見て、疲れていたレイシアはテンションがおかしくなった。

 おじいさまへの挨拶もほどほどに、クリシュを家に引き入れテーブルに座らせると、目の前でぶっといクラーケンの足を二本、生足と茹でた足をカバンから出し、柳葉包丁で薄造りから歯ごたえのあるサッシミーまでを作っては、クリシュの前に差し出したのだった。


 本当に大変な討伐後のレイシア。クリシュは訳が分からないまま、サッシミーを食べ始めた。



 街道が安全になったと確認が取れ、一般の通行が問題なくできると決まるまで、レイシアたちはあちらこちらへと引っ張りまわされていた。


 クラーケンを解体し、ギルドに収める前に、サチと二人で戦闘中に切り取った足は戦利品として獲得。鮮度の良いままマジックバックに収納していた。


 クラーケン討伐打ち上げは、冒険者、騎士団、街の人々入り乱れていた。

 一人3000リーフで飲み放題・食い放題のお祭り騒ぎ。

 冒険者には参加した回数分の賃金、騎士団には特別ボーナスが領主から支払われるので3000リーフは安いもの。


 赤字補填は領主と各ギルドが折半。特に商業ギルドは酒を差し入れたり原価で渡したり、大盤振る舞い。


 料理長が、街の料理人たちにクラーケンレシピを惜しげもなく伝えたため、料理人のテンションも爆上がり!

 レイシアとサチは女神のように扱われそうになり、それは嫌だとその場を脱出して、しれっと給仕係に専念していた。


 翌日は、ギルドからの呼び出し。

 領主との謁見の準備を今すぐに行なってくれと泣きつかれた。


 領主は直々に感謝を伝えたいと討伐の翌日の午後から会うつもりだった。

 どうせクラーケンがでたら、予定など吹っ飛んでいたんだ。今日の予定などどうでもいいと言い張ったおかげで、レイシアたちは大慌てで支度を始めた。


「よく来てくれた。私がここの領主、グエン・サカ伯爵だ。ん? クラーケンを倒したのはそなたか? そのドレスの子は、娘? いや、どういう関係だ?」


 領主との謁見に対して、それなりの格好をしないといけなかった料理長。

 ギルド長の手配で正装はしたが、レイシアのドレスとはつり合いが取れない。とても親子には見えなかった。

 サチとメイド長は安定のメイド服。領主が関係性が分からなくなるのも無理はない。


 レイシアがカーテシーを決め、挨拶を始めた。


「お初にお目にかかります。私はクリフト・ターナー子爵の娘、レイシア・ターナーです。訳あってここにいるメイドのサチと冒険者パーティ、ブラックキャッツを組んでおります。冒険者ランクはC。この度、クラーケン退治に一役買わせて頂きました。そしてこちらが、私の師であり、我が家の誇る料理長サムです。冒険者ランクは同じくC。クラーケンに止めを刺したのは、このサムでございます。あと、こちらのメイドも私の師でありわが家の誇るべきメイド長キクリ。この度の討伐で見事にクラーケンの目を潰した功績を伝えさせて頂きます」


 間違ってはいないが、意外性が高すぎる発言に躊躇する領主グエン。


「ん? クリフト・ターナー? もしかして母はアリシアか?」

「はい。あの、母をご存じなのでしょうか」


「そうか。懐かしいな。アリシア・オヤマー嬢は図書館の姫と呼ばれて、男子学生からひそかな人気があったお方だ。どんな本を読んでいるか全くわからなかったんだが、ラブロマンスでも読んでいたのではないか? ラノベという本は教会からは有害図書として読まないように言われていたが、一部女子生徒の間では、『尊い書物』と言われていたみたいだよ。図書館の隅で頬を染めながら真剣な目つきで本を読んでいる姿に、尊さを感じていた男子生徒がどれほどいたか。そのマドンナが辺境のターナーに駆け落ち同然で嫁いだんだ。それだけ素敵な相手だったんだろうね」


 美化は恐ろしい。薄い本を隠すように読んでいたアリシア。誰も寄らない端の席を選択するのは必然だった。男どものあれやこれに顔が赤くなりながらも夢中で読んでいただけなのに、深窓の令嬢のような文学少女と思われていたのだった。


「社交界からも離れてしまって。今はどうしているのかな?」


 レイシアはアリシアが亡くなったことを伝えた。そして、災害で領地経営が傾いたこと。いまは奨学生として学園に通っていること。そんな話をしながら、お母様の学園時代の話を聞いたのだった。


「そうか。どうだレイシア。うちの息子と婚約しないか! 見ての通り港町サカは貿易の中心地。他国からの珍しい品物もすぐに手に入る。伯爵家と縁続きになれば子爵のターナー領にもメリットだらけだ。援助も惜しまず行うと約束しよう」


 唐突な話に焦るレイシア。領主としては、憧れていたアリシアの面影をもつレイシアに対しての好意も混ざっていたのだが、冒険者としての実力と受け答えから分かる頭の良さに将来性を感じていたのも確かだ。正室ではなく第二夫人としては十分すぎる逸材に思えた。


「ありがたいお話だとは思うのですが、私の夢は弟と一緒にターナー領を復興することです。婚約などまだ考えられませんわ」


「そうか。まあ私の方からクリフト・ターナー子爵に打診して見よう。お父様とよく話し合って欲しい。さて、これからは冒険者サムとブラックキャッツの二人に話そう。此度は誠によい仕事をしてくれた。領主として感謝と報酬を送りたい。受け取ってくれるな」


「はい」

「はい」

「謹んでお受けします」


 三人はそれぞれ恭しく返事を返した。


「では、まずは報奨金。冒険者三人には一人当たり五千万リーフを進呈する。メイドは……雇い主のレイシアから報奨を与えよ。よいな」


 三人は黙ってうなずいた。


「次に、三人、いや四人なのか? しかし、冒険者ではないからな。三人ないし四人でクラーケンを倒した実力。Cランクでは不足であろう。ギルドにむけてランクアップ用の推薦状をだそう。ヒラタの領主も出すであろう。今後Bランク冒険者として活躍してくれ」


 レイシアは、学園に帰ってから信用している先生たちと相談してから出させて頂きますと領主に伝えた。


「まだ学生の身でございますから」

「そうか。では推薦状は好きに使うがいい」

「ありがとうございます」


「それならば、何か欲しものはないか? 大概のものであれば揃うのが港町サカのいいところだ」


「そこまで言うのでしたら、実は欲しいものがあるのですが」

「なんだ、言ってみなさい」


「それは……」



 そうして、領主から『和の国の包丁セット、マグロ包丁を添えて』を送られ、レイシアたちはそれぞれに手に入れることができた。今さっきクラーケンをサッシミーにした柳葉包丁は、レイシアの新しい包丁。


 出刃包丁・菜切り包丁・柳葉包丁・三徳包丁・筋引き包丁・そば切り包丁・そしてマグロ包丁。


 冒険者ではないが、ナイスアシストを認められたメイド長もちゃっかり貰っていた。領主が与える報償としては安いものだ。


 そして最初の場面に戻る。ここはオヤマーのお祖父様の別宅。待ち合わせの場所として指定されていたのがこの別宅だった。


「おいしい? クリシュ」

「はい。不思議な歯ごたえですね。厚みが変わるだけで味まで変わるようです。それにショウユもショッツルもふしぎな味です。クラーケンにぴったりな液体ですね」


「そうでしょう。これ狩るのに何か月も苦労したみたいでね。お姉様なら簡単に倒せましたのよ。あ、それから、過ぎてしまったけど誕生日おめでとう。パーティーはできないけどプレゼントよ」


 レイシアはマグロ包丁、サチは筋切り包丁、料理長は柳葉包丁、メイド長は三徳包丁をそれぞれクリシュに送った。


 刃物に囲まれたクリシュは、「あ、ありがとうございます」と戸惑いながらお礼を言ったのだった。


 この後、料理長の御馳走が出てきた。クリシュの誕生日のお祝いを、お祖父様や使用人たちも交えて、ささやかながらも行われたのだった。



……………………お詫び………………


 すいません。思うところあってここから新章にします。

 前回の閑話が伯爵令嬢だったことも変えたきっかけです。

 これからもよろしくお願いします。

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