閑話 悪役令嬢レイシア

(注>お嬢様たちは「私」と書いてあったら「わたくし」と言っていると思ってください。今回は、夏休みの初期に行われたレイシアが受けている貴族コースのお嬢様たちのお茶会の様子です)



 今日は子爵令嬢のお家で私達一年生が集まるお茶会の日。私は伯爵令嬢として恥ずかしくない手土産を持ち子爵家の王都の別宅に向かったの。


 会場に着くとすでにほとんどの方があつまっていました。爵位が低いものが遅く来るのはマナー違反になりますから爵位が上がるほど早く来てはいけないのです。今日は法衣貴族の方も何人か呼ばれているみたいですわね。侯爵家のライラック様が到着して、お茶会が始まりました。



「私、やっと『無欲の聖女と無自覚な王子』を手に入れて読むことができましたの」


 男爵令嬢のコスモス様が嬉しそうに言った。その話題に何人かの令嬢が反応したわ。私も学園に入って本を読むのが好きになった一人。恋愛小説って素敵よね。


「ラノベは読まないように。あれは文学とは言えません」って言っている先生もいますが、平素で読みやすい文章は、ちゃんとした本とは違って感情が入りやすくてドキドキさせられるのよね。その中でもイリア様の『無欲の聖女と無自覚な王子』は別格。恋愛ものは多いけど、学園での恋愛を書く作家はいなかったらしいの。平民の文学だから学園の事知らないらしいのよね。イリア様はきっと学園を卒業なされた法衣貴族の方ではないかしらと言われているみたい。


 みんなで「あの文章が良かった」とか「あのシーンは素敵だった」と言っていたら、「あの作品、姉妹作があるのをご存じ?」とライラックさまが仰ったの。


「一年前にね、『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』という本が同じイリア・ノベライツ様がお書きになりましたの。今は再販しておりませんので幻の作品と言われておりますわ」


 さすがライラック様。みんなが感心しておりましたら、法衣子女が「失礼ながら」と声をあげましたの。


「なんですか?」

「その『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』私の姉が持っております。読ませて頂きましたが、とても美しい恋愛小説でした」


 ライラック様は法衣子女に近寄り「では、私に貸して頂けるかしら」と話しかけた。法衣子女は驚きながら「はい」とだけ答えると、ライラック様は「名前は?」と聞いたの。ライラック様が直々に名前を聞いたのよ!


「マキノと申します」

「マキノね。覚えておくわ」


 ラノベ一冊で名前を覚えてもらえた法衣子女。どこにチャンスが転がっているか分からないわね。


「よろしいでしょうか。その本に関してある噂がありまして」


 別の法衣子女が話し始めた。「なんでしょう、言ってごらんなさい」と主催の令嬢が答えると、おどおどとしながら話し始めた。


「その『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』ですが、去年起こった事件を元に書かれたものだと従弟が仰っておったのを耳にしました。その事件を起こしたのが従弟と同じ二年生のレイシア様ではないかということでした」


「「「レイシア様!?!?!?」」」


 レイシア様と言えば、今私達と一緒に貴族コースで学んでいるおちこぼ……いえ、先輩ではないですか。私達もどう扱っていいか分からないかわりも……いえ独特な雰囲気を持ったお方。


「レイシア様ですか」

「いまだによく分からない方ですよね」


「そういえば……」とライラック様が仰いました。

「私、生徒会に誘われておりまして。今はお手伝いをしているのですが生徒会長の王女様からレイシア様の事をよく聞かれるのです。私もよく分からないのですが、どなたか知っておられる方はおりませんか?」


「私が姉から聞いた話でよろしければ」

「あら、マキノさん。発言しなさい」

「はい。姉はメイド基礎と料理基礎をとっているのですが、そこでレイシア様と一緒になったことがあると言っておりました。どちらも初回で合格したのですが、その合格の仕方が特殊すぎて印象に残っているそうです。あまりのインパクトに、女性からは「黒魔女様」と好意的に呼ばれ、男性からは「マジシャン」と恐れられているそうです。


 どういう事でしょう? 魔女にマジシャン? 皆様が途方に暮れていますと他の法衣子女が「私も」と発言をしました。


「私の従弟は騎士を目指していて経験を増やすために冒険者コースもとっているのですが、その二つにレイシア様がいたらしく」


「「「はあぁ??」」」


 なぜ? メイドを合格しながら騎士コースと冒険者? 意味が分かりません。


「そこで信じられないものを見たと。血まみれで笑いながら一角ウサギの首をはね続けるレイシア様。血飛沫にまみえる生徒たち。冒険者コースは地獄のようだったと仰っておりました。また、騎士コースではアルフレッド王子の喉元にメイド姿でフォークを突きつけ、また、騎士たちすべてと戦い勝利したと申しております。あまりの凄さに「メイドアサシン」とか「死神」とかと呼ばれていると聞いております」


 他にもいろいろと信じられない話が法衣子女たちから出てきます。とても同じ人物の話だとは思えません。


「もういいですわ。聞けば聞くほど分からなくなってきました。噂というものは突拍子もないものですね」


 そう言って、ライラック様は別の話に切り替えました。


「そういえば、最近出版された『堕ちた騎士道』お読みになられました方おります?」


『堕ちた騎士道』は最近出たばかりの異例なドキュメント。作者はナナセ・クライム。王子が監修に入り、表紙に「この話が真実であることを私が保証する」とサイン付きで書かれているため王都で大反響を呼んだ本。売れ残ってもいいという覚悟で初版の数が尋常でなかったから学生でもほとんどの方が購入したのではないかしら。皆さま「読みましたわ」と返事を返していました。


「アルフレッド王子のご活躍、素晴らしいですわ」

「あの本の出版と同時に騎士団の改革に乗り出したのは王子なのでしょう? さすがですわ」

「あの本自体、王子が執事に書かせたという噂もありますし」

「そうでもしないと、あの表書きは書かないでしょうね。王子自ら書いている箇所もございますし」


 皆さまいろいろと仰っていましたが、すべてアルフレッド王子をほめ讃えるものでした。そんな中、だれかがふと漏らした言葉に会場が凍り付きました。


「もしかして、この中心人物の女生徒ってレイシア様では?」


 文中では伏せられていた女子生徒とメイドの名前。先ほどのレイシア様に関する噂。なにより王子と気安く話し、王子に助っ人を頼む非常識さ。そう、ダンスの練習では王子を独占し、通常授業でも王子と二人きりのAクラス。昼食を二人きりで食べているという噂もあったわ。


「まさか」

「でも、レイシア様以外で思いつく方おられます?」

「普通のお嬢様は剣など持ちませんわ」

「それにレイシア様のメイド……。私、メイドに嫌がらせをするように言ったら『お許しください。あの二人は恐ろしいのです。睨まれただけで心臓が止まりそうになるのです。人でも殺したことがあるような殺気がもれているのです』と泣きだされたの」


 会場がシーンとなった。


「子爵令嬢なのに王子を独占、暗殺者と言われるほどの暗器使い、騎士をも倒す力量、そして殺気を放つメイドたち? これでは歌劇の悪役令嬢そのものではないですか」


 ライラック様が叫んだ。今はやりの歌劇『悪役令嬢の涙』。他国のスパイとして王子を魅了し、様々な男性を惑わし、騎士団を崩壊させ、王国を弱体化して滅ぼす傾国の悪役令嬢。確かにその通りですわ!

 私たちはレイシア様を『悪役令嬢』と呼ぶことに決めました。王子様を悪役令嬢から守らなければ! 私たちはそう誓ってお茶会を終えたのでした。

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