黒猫甘味堂のこれから②

「おかえりなさいませ。お嬢様。はいっ」


「お、おかえりなちゃいませ」

「噛んだ! おかえりなさいませお嬢様」


「おかえりなさいませ! おじょうさま!!」


 メイは特訓を受けていた。もちろん講師はレイシア。開店まで残り30分。


「多くの事は望まないわ。大きな声と笑顔。後は背筋を伸ばすこと。これだけは気を付けてね」

「はいっ!」


 メイは猫背になりそうな背中をピンと伸ばした。

 レイシアは手順を考えながらメイに指示した。


「メニュー無くしてよかった。いい、紅茶は私が担当するから、メイさんはお皿を出す事だけ集中して。そう、ゆっくりでいいから優雅に出すの」

「はいっ」


「大丈夫です。メイさんは私の黒メイド服と違って、最近流行りのピンクミニスカートフリル満載のメイド服を着ているから、私と違うキャラでOKよ。ドジっ子でも妹キャラでも高飛車お嬢様でもツンデレでも好きにしていいわ」


 レイシアはラノベの知識を総動員してキャラを作ろうとした。

 同じくラノベ読みのメイは即座に反応した。

 店主は訳が分からず途方に暮れていた。


「じゃあ、内気な妹キャラでいいですか」

「いいわ! 演じるのよ! あなたは女優よ!」


 店主は諦めてふわふわパンを焼き始めた。口を出したらだめだ。本能でそう思った。



 開店5分前 メイをその気にさせたレイシアは、並んでいるお客様に整理券を配った。そして、大声で開店前の挨拶をした。


「まもなく黒猫甘味堂開店いたします。本日は新しいメイドが私たちの仲間になりました。お嬢様方には初めての対応故、何かと不備があるかもしれませんが、新人を一緒に育てる喜びを分かち合いませんか」


 レイシアは、お客様に「新人を推す(育てる)」という新たな世界カテゴリーを提示した。それにより、ハイクオリティのレイシアのような接客を求められることがなく、多少のミスすらほほ笑ましく受け入れられた。


 メイが入ったことで、時間をずらしながら昼休憩を取りこともできるようになり、レイシアの働き方はわずかながら改善した。


 ◇


「じゃあ明日からは一人で接客お願いします」

 日曜日、2日の実践を終えたメイに向かってレイシアは言った。


「私一人……。大丈夫ですかね」


「そうね。平日は客層が違うし、メニューも多いけど……。大丈夫ですよメイさんなら」

「なにその間! フラグ立てた⁈」


「ソンナコトアリマセンヨー」

「フラグ折って! お願い! どうしたらいいの~!」


 メイはレイシアに懇願した。


「仕方ないですね。メイドの基本は『女子に優しく男に素っ気なく』です」

「女子に優しく男に素っ気なく?」


「そうです! 理由は長くなるので今度ゆっくり教えますが、『男に素っ気なく』これは大切に実行してください」

「男に素っ気なく! それがメイドの基本!」


「一週間それで乗り切ってください。週末は私がフォローします」

「分かった。頑張る」


 メイは頑張った。平日に女子が来るようになった。

 黒猫甘味堂の売り上は改善した。いや、恐ろしいほどの売り上げになった。


 その間、店主は「無理はしない様に」と言い続けていた。あまりの変化についていけないことと、案外暇で儲からない喫茶店が実は居心地がよかったという事もあり、急激な変化に戸惑っていた。


 そして、平日も女子のための世界になってしまい、常連のおっさんたちは来なくなってしまった。


 店主は一抹の寂しさをおぼえたが、いまさらどうしようもない。これからの経営方針を立て直さないといけなくなった。

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