再会

「逃げるよ、こっち!」


 ステンドグラスに彩られた窓は開け放たれ、さわやかな春の風が吹き込んでくる。まるで、お嬢様方の淀んだ嫉妬を洗い流すかのように。


 などとメルヘンチックになっている暇などない。レイシアは、嫉妬やら八つ当たりやら様々な感情にまみえたお嬢様達の間をすり抜け、一目散にイリアの元へと駆け付けると、一気に窓の外にジャンプした。

 続けてイリアも窓の外へ。


 特に何をしたわけでもないのに、逃げる者がいると追いかけたくなる者が出てくる。それが人情。雰囲気で、「捕まえるのよ~」「逃がさないで~」と声を上げるお嬢様達。その声に反応して追いかけ始める脳筋男子。


 意味もなく逃げるレイシア。意味も分からず追いかける脳筋たち。

 しかし、学園をよく知る在校生イリアの先導、レイシアの鍛えこまれた反射神経に、脳筋男子は翻弄ほんろうされまくり。


 そこへ救いの手が出た。


「レイシア様、こちらへ」


 ノエルが馬車の上から声を掛けた。

 イリアは当然無視した。馬車でお迎えなんかあるわけないから。

 レイシアは馬車に飛び乗った。なつかしい信頼していたメイドだったから。


「レイシア!」

「大丈夫、知り合いだから。イリアさんも乗って」

「ほんとか?」

「ええ」

「なら姿隠せ! あたしはこのままやつらまいて帰るよ。食事までには戻るんだよ」


 そう言って、イリアは走っていった。レイシアが馬車に隠れると、脳筋どもはイリアを追いかけて走り去った。

 その光景を確認してから、馬車はゆっくりと動き始めた。



「久しぶりだな。レイシア」


 馬車は一旦馬車置き場に戻り、お祖父様を拾ってから学園の外に出た。


「お前の姿を見たくて、入学式に入り込んだのだが……、相変わらずだな」

「お久しぶりです、お祖父様」


 レイシアとお祖父様は、顔を見合わせて笑った。


「昨年は、お誘いいただいたのに申し訳ありませんでした」

「いや、まあな……。とにかくまずは『入学おめでとう』だ。儂にお祝いさせてくれ」


「ありがとうございます、お祖父様。ですが、今は寮に住んでいますから、5時半には戻らないといけません。お気持ちだけで充分ですわ」

「そうか。ではおいしいお茶とお菓子でも出させてくれ。それくらいならよかろう?」


「はい。ありがとうございます」

「ではノエル、どこかレイシアが喜びそうなお店へ」


 ノエルは「分かりました」と答え馭者ぎょしゃへ指示を出した。



「改めて、入学おめでとう。レイシア」


 お茶とお菓子を注文したあと、お祖父様はレイシアにお祝いの言葉をかけた。


「ありがとうございます。お祖父様」


 レイシアも、改めて答えた。


「それにしても、たいへんだったな、あの騒ぎは」

「本当ですわ。王子があんなこというものだから……」

「ははは。何か思うことがあったのだろう。災難だったな」


レイシアはため息で答えるしかなかった。


「それはそうと、儂らとは暮らす気はないか? 不自由な思いはさせないぞ」


 レイシアは、お祖父様を見つめて答えた。


「お祖父様。ありがたい話なのですがお断りいたします」

「やはりな。お祖母様か?」


 レイシアは、こくんとうなずいた。


「ふぅ。あれは悪気はないんだが……」

「ええ。分かっています」


 お互い顔を見合わせ、ため息をついた。


「それはそうと、握り飯だが販路が増えそうだ。今まで米の収穫量が決まってて一定数しか売れなかったが、来年は米の栽培量が2割ほど増えそうだ。その分、販売量も増やせるぞ」

「本当ですか」


「ああ。お前のとこの借金もかなり楽になるだろうよ」

「ありがとうございます」

「ノエル、あれを」


 お祖父様がノエルに指示を出すと、ノエルはラッピングされた紙袋をレイシアに差し出した。


「これは?」

「儂からの入学祝だ。お前の働き分として充分見合うものだ。遠慮なく受け取ってくれ」


「開けてもよろしいですか?」

「もちろん。確認してほしい」


 レイシアが中を見ると、そこには使いやすそうなペンとインク。それから商業ギルドのカードが入っていた。


「これは?」


「ギルドカードだ。お前を商業ギルドに登録しておいた。後でギルドに行って本登録してきなさい。それがあれば身分証にもなるしギルドにお金を預けることもできる。きちんとしたお店での支払いもそのカードでできるんだよ。お祝いにいくらか現金も入れておいた。なに、大した額じゃない。お前には握り飯でたいそうもうけさせて貰っているからな。ほんの一部をお祝いに入れておいた。困ったときは使いなさい」


 レイシアは目をまるくして聞いた。


「いいのですか? こんな素晴らしいものを」

「もちろん。レイシア、お前のことを儂らは本当に大事に思っているんだ。お前のお祖母様もな。それだけは忘れないでおくれ」

「はい。ありがとうございます」


 レイシアは、うれしくて涙が出そうになった。なんども感謝を伝えた。

 お茶とお菓子がきて、この話は終わった。お祖父様と弟の事、寮の事、様々な話をして和やかにお茶会は終わった。





 後に、ギルドカードに100万リーフが入っているのを知って、レイシアが困惑するのはまた別のお話。



 

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