異世界ライブ
様々な準備を終え、森焼イセルのデビュー配信の日が迫ってきていた。
『デビュー配信ではないだろう』というツッコミも来るかと思ったが、あの無言配信はテスト配信だと思われているらしく、特に問題は無さそうだ。
イセル用に最適化された機材や、新しく用意された美麗な立ち絵。
それを前にしたイセルは強がって見せていた。
「ほ、ほう……なかなか揃っているじゃないか……人間もたまにはやるものだな……」
「ふぉおおぉぉ……これ、A先生のイラストが動く立ち絵になってるぅ……すごいわよ、これぇ……」
「牙太、喋り方がキモくなっているぞ」
「す、すまん……」
あれからイラストレーターAに原案を送ったところ、一日でラフが提出されてきた。
業界に詳しくない牙太でも、さすがにそれは異常な早さだとわかる。
ラフをチェックして戻したあと、二日で詳細な三面図がやってきた。
早いからといって手抜きなどではなく、非常に書き込まれていて、まるでイセルを実際に観察して描いたような素晴らしいデザインだった。
そこから別のプロに動く立ち絵にしてもらい、同時に雰囲気に合わせたOPやBGMなどの制作も進めた。
――そして、今を迎えたというわけである。
「ま、まぁ自分ほどの存在ともなれば、纏う〝ガワ〟はこれくらいのモノでなくてはな……!」
「〝ガワ〟っていうな」
「そ、そそそそそそそそれで、この前のように十人を相手に話せばいいのだな? 楽勝だぞ……楽勝……すぅーはぁー」
楽勝と言いつつ、なぜか深呼吸している。
無情にも牙太は首を横に振った。
「いや、10人じゃない」
「そ、そうか! もっと少ないか! 残念だな!」
「100万人が見に来ている」
「……は?」
イセルは面白いほどのマヌケ顔を見せていた。
これがエルフの姫だと誰も信じないレベルだ。
「あのA先生がデザインしたということで、各まとめサイトが『【朗報】神凪ナル越えのVTuberさん現れるwww』と宣伝していてな……」
「ちょっとまとめサイトの管理人をぶっ○してくる……」
「ま、待て!? 今回はまだ良いまとめ方だろう!? 目がマジで血走っているぞ!?」
「人間め……人間め……!」
この前の配信を見るに、どうやらイセルはリスナーとやり取りするのが苦手なようだ。
しかし、今のVTuberにとっては避けて通れない道だ。
ここは社長として牙太がフォローするしかない。
「そう照れるなよ、イセル☆」
「あぁぁぁああ!! ぶっ殺○ぅぅぅ!!!!」
「うお!? よせ、そのASMRマイクは百万するんだぞ!?」
イセルの武器にされている人間の頭部型マイクを回避して、牙太は必死にその腕を押さえ付ける。
魔力で強化されていないので何とかなっているが、本来のイセルだったら事務所の壁くらい軽く破壊しているだろう。
「お、落ち着けイセル!?」
「落ち着けるかぁぁぁあ!!」
「い、意外と楽しいかもしれないぞ?」
「楽しいわけあるかぁあああ!!」
「……でも、配信で魔力を集めないと困るんじゃないのか?」
「う……」
イセルの動きがピタリと止まった。
どうやら、イセルにとってそれほど大切な思いがあるらしい。
牙太は考え、それを軸に〝トークデッキ〟を考えてもいいと思った。
「台本や、話す話題はいくつか用意しておいたが、VTuberというのはリアルな感情が相手に伝わるのも魅力だと思っている。どうせお互いにリアルの顔も知らない相手だ。リスナーに気持ちをぶつけてみてもいいんじゃないか」
「気持ちを……人間にぶつける……。でも、人間なんかに……」
「はっ、あいつらリスナーは人間じゃない。ただのコメントだ。文字列だ」
「牙太……?」
いつもと違う牙太の口調に、イセルが耳をピクッと動かして不安げな表情を見せる。
「そう、見に来ている大半のリスナーってのはな、VTuberが好きで、『お前のためになりたい』って思ってる奴だ! だから、良い話でも悪い話でも大抵は受け止めてくれる! あ、でも恋愛の話は止めておけよ! そこは色々とデリケートなんだ!」
最後の部分は、社長の方針というか、牙太のトラウマ部分のことである。
イセルは思わず噴き出してしまう。
「変な奴らだな、画面の向こうのリスナーとやらは。……まったく仕方がない。100万人くらい相手にしてやろう。なにせ自分は最強のエルフの姫騎士、100万の軍勢を相手にしたこともあるくらいだから楽勝だ!」
「て、敵じゃないからな……」
「ふんっ、それくらいわかっている」
こうして伝説となるデビュー配信が始まる。
「あ~、そうだ。この前付けた事務所の名前も忘れるなよ」
「この森焼イセル、心得ている」
――新進気鋭のVTuber事務所〝異世界ライブ〟の幕開けだ。
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