第12話(3) 雅な破壊工作

「来てくれたのね!」


 弥生が声を上げる。平安は微笑む。


「お姉さま方はどうぞご無理をなさらず……」


「ここは気鋭の私たちに任せて頂きますわ!」


「なにかまた引っかかる物言いね……」


 平安と国風の言葉に縄文の顔がやや引きつる。奈良もやや顔をしかめて呟く。


「大して年代も変わらないのに気鋭とは……」


「まるで私たちに勢いが感じられないとでも言いたげね?」


 天平も苦笑を浮かべる。平安は小首を傾げる。


「あら? 気遣ったつもりでしたのに……お気に障ったのならば偉うすいまへん」


「貴女心から謝っていないでしょう……」


 奈良が冷ややかな視線で平安を見つめる。平安は肩をすくめる。


「国風、どうやらお見通しみたいやわ。年の功というものもなかなか侮れまへんな……」


「なんですって?」


「聞き捨てならないわね……」


 平安の言葉に対し、弥生と縄文の顔つきも変わる。国風が呆れ気味にため息をつく。


「平安姉さま、余計なヘイトを溜めすぎですわ……」


「ちょっと待った……つまり私たちに対しては容赦なくディスっているということね?」


 天平が笑顔を浮かべながらもやや低い声で尋ねる。平安が笑う。


「いえいえ、誤解を招いたのなら申し訳ありまへん……もちろん、“かつての都”のお二方には所謂“リスペクト”の精神を抱いております……」


「かつての都?」


「はて……なにか間違っておりますか?」


 奈良の問いに平安はわざとらしく首を傾げる。天平が乾いた笑い声を上げる。


「ふふ……相変わらず虚勢を張るのは大したものね」


「虚勢かどうか……確かめてみますか?」


 天平に対し、国風が尋ねる。


「ああ~! なんだかよく分かりませんが、今はここで争っている場合ではありません!」


「「!」」


 令和が声を張り上げる。奈良や平安たちの視線が集中する。


「奈良さんと天平さんは大仏さまを召喚して、疲労が溜まっているようです。平安さんと国風さん、皆さんの代わりにお力を貸して下さい!」


「嫌どすわ、令和はん。もとよりそのつもりでした」


「今のはほんの挨拶代わりです」


「あ、挨拶って……傍から見たら一触即発の雰囲気でしたけど……」


 平安と国風の言葉に令和が困惑する。空が苛立ったように声を上げる。


「ちょ、ちょっと! こちらをまるで無視したみたいにならないでちょうだい!」


「みたいではなくて無視したんどす」


「案外察しの悪いお方ですわね」


 平安と国風が長い髪をかき上げながら答える。


「なっ⁉ くっ、まあいいわ、影を強くした、『空妖』が貴女たちを懲らしめてあげるから」


「空妖? よう分かりまへんが、やはり妖の類ですか……」


「人の形を留めていませんわね、獣かなにかのようです……」


 数体の空妖の前に平安と国風が並び立つ。令和が困惑気味に平安に問う。


「だ、大丈夫ですか?」


「なにか?」


「い、いえ、その装束では動きにくいのでは?」


「なんの少しくらい動きにくい方がかえって都合が良いんどす」


「! 舐めるのもいい加減にしなさい!」


 空が手を掲げると、一体の空妖が平安に迫る。


「せい!」


「!」


 平安が刀を振り、迫る空妖を退ける。


「そ、それは刀? 平安さんも剣の心得が?」


「多少ですが。この刀は『征夷大将軍せいいたいしょうぐん』である『坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ』はんが奥州の『蝦夷えみし』征討や鬼神退治に用いたとされる大刀『騒早そはや』どす……しかし、紙一重でかわされてしまいましたな。思った以上に素早いこと……」


「ふん、だからその重い装束では空妖を完全に捉えることなど不可能よ!」


「ふむ……ではどうすればよろしおすか?」


 平安は空に尋ねる。空は戸惑う。


「え……それを私に聞く?」


「是非ともご教授賜りたいどす」


「そ、そうね……その装束を脱げば良いんじゃないの?」


「却下」


「そ、即答⁉」


「この装束はいわばうちらにとっての“アイデンティティ”……簡単に脱ぐわけには参りません。なあ、国風?」


「ええ、全く問題外だわ。お話にならないお答えね」


 国風はやれやれといった風に首を振る。


「馬鹿にして! 空妖の餌食になりなさい!」


 空が再び手を掲げると、体勢を立て直した空妖が平安たちに突っ込む。平安が国風に囁く。


「国風……」


「ええ。『邸宅展開』!」


「⁉」


 国風が声を上げると、周囲一帯が住居空間となる。令和が周りを見まわして驚く。


「こ、これは⁉」


「国風文化の象徴、『寝殿造しんでんづくり』ですわ!」


「い、いや、ですわ!っておっしゃられても……」


「私たちにとっては慣れ親しんだ空間! 空妖とやら! 貴方たちはおしまいですわ!」


「た、たかが建物でしょう⁉」


 空が若干面喰いながらも言い返す。平安と国風が微笑みをたたえながら呟く。


「雅に……かつ優美に倒して差し上げましょう」


「……なおかつ華麗に」


「や、やれるものならやってみなさい! かかれ、空妖たち!」


 空が空妖たちに対して指図する。令和が戸惑う。


「だ、大丈夫でしょうか……」


「ここは素直にお手並み拝見と参りましょう」


「そうね。雅かつ優美かつ華麗な戦い方とやら……楽しみだわ」


 奈良と天平が見守る。


「ふふ……捕まえてみてごらんなさい♪」


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」


「!」


「『几帳きちょう』や『屏風びょうぶ』、さらに『御簾みす』などに隠れて、空妖たちを翻弄している!」


 令和が感嘆とする。


「家の中を走り回って……雅ってああいうことなのかしら?」


「絶対違うと思うわ……」


 首を傾げる縄文に弥生が答える。


「くっ、なにをやっているの⁉ なにも狭いところに馬鹿正直に突っ込まなくていいのよ! 南側に広がる庭に出なさい!」


 業を煮やした空の指示に従い、数体の空妖が庭に出る。平安が声を上げる。


「国風!」


「ええ、『袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ』!」


「なっ⁉」


 国風が歌を詠むと、庭に広がる池の水が空妖たちにかかり凍ったかと思うと、風が吹き、氷を解かすととともに、空妖たちの体勢を崩す。令和が驚く。


「そ、それは紀貫之の歌! 『古今和歌集こきんわかしゅう』ですか⁉」


「ええ、天皇や上皇の命によって編纂された日本最初の勅撰和歌集よ!」


「和歌を具現化させるとは……」


「な、なんの、まだよ! 早く体勢を立て直しなさい!」


「そうはさせまへん!」


「⁉」


 平安が右手を掲げると、牛車数台が勢いよく突っ込んできて、空妖たちは邸宅の中に思い切り吹っ飛ばされる。空が驚愕する。


「なっ……」


「立場が逆転どすな……さて、国風、あれをやりますえ」


「ええ、よくってよ」


「えーい‼」


「「『後妻打うわなりうち』‼」」


 平安と国風が声を揃えて高らかに叫ぶと、どこからともなく十数人の女性が現れて、邸宅を破壊し尽くす。邸宅の中にいた空妖たちも霧消する。空だけでなく令和も絶句する。


「ば、馬鹿な……」


「り、立派な邸宅が……」


「少々やり過ぎたやろか? ここまで破壊してしまうとは……」


「あくまで仮の邸宅ですから、お気になさらず」


「それもそうですな」


 国風の言葉に平安は笑う。令和が恐る恐る尋ねる。


「う、後妻打ちとは、前妻が予告をした上で後妻宅を襲うものだったと思いますが……」


「令和はんは物知りですな」


「こ、この場合は単なる破壊工作なのでは?」


「う~ん、細かいことはこの際いいんとちゃいます?」


「平安姉さまの言う通りですわ」


「ええ⁉」


 平安と国風のあっけらかんとした物言いに令和は困惑する。


「牛を突っ込ませたり、家を壊したり、一体どの辺が雅だったのかしらね……」


「分からないけど……空妖とやらは全て片付いたわ。結果オーライじゃないの」


「大人しそうでなかなかやるわね、彼女たち」


「彼女たちっていうか、あの現れた女たちは何者だったのよ……」


 平安たちの戦いぶりに奈良と天平、縄文と弥生は四者四様の反応を示す。

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