第8話(2) 平安京名所案内

「あ、令和です。初めましてよろしくお願いします」


「これはまた可愛らしい時代はんどすな。立ち話もなんですから、どうぞ乗って下さい」


「は、はい」


「失礼します」


 令和と平成が牛車に乗り込む。狭く見えて、意外とスペースがある。令和は平安の顔を見る。長い髪は座ってもなおたっぷりとしており、切れ長ですっとした目に小さな鼻と口にふっくらとした頬をしている。顔にはさらに白粉を塗っており、眉毛は剃って、代わりにやや高い位置に墨で眉を書いている。平安が笑う。


「ふふっ、この眉が珍しいどすか?」


「す、すみません。こうして間近で見るのは初めてだったもので」


「しかし、いつ見ても見事な『マロ眉』ですね!」


「へ、平成さん! これは『引き眉』というものです!」


「なんでそんな珍妙な眉なんすか?」


「も、もっと気を付けた尋ね方があるでしょう!」


 平成の物言いに令和が慌てる。平安が笑みを浮かべたまま呟く。


「平成はんの好奇心の強さは『検非違使けびいし』にも勝りますなあ」


「へびいちご?」


「検非違使、この平安京の警察のようなものです」


「ああ、確かに警察の捜査には首を突っ込むタイプですね」


「面倒臭い方ですね……」


「眉を剃ったり抜いたりするのは……表情の変化を読めなくする為どす」


「え?」


 平安の言葉に令和が首を傾げる。


「眉の動きによってその人間がある程度どういう感情の動きをしているのか分かるものどす。それを悟られないようにする為、白粉の上からこういった眉を塗るんどす」


「はあ……つ、つまり……?」


「今、うちの腸は煮えくり返っている可能性も無きにしも非ずということどす」


「へ、平成さん、謝って下さい!」


「なんで?」


「相手の眉を珍妙扱いしたことをですよ!」


「ユニークな 眉に心を 射抜かれて 思わず問いを 発した次第に」


「な、何言っているのですか⁉」


「ただの謝罪じゃ、雅さが足りないかと思って、歌を詠んでみた」


「どこら辺が雅なのですか⁉」


 令和が愕然とする。


「……雅の定義はともかく、歌を詠んでみるその度胸には感心しました」


「え?」


「初顔合わせの令和はんの手前もあります。このことは水に流すとしましょう」


「な、なんて寛大な……ほ、ほら、平成さんも頭を下げて下さい!」


「あ、ああ……どうも……」


「……気を取り直して、お二方に平安京をご案内しましょう。あまり外を出歩くのははしたないことですから、この牛車から見える範囲ですが……」


 平安が外に視線を向ける。


「あ、ありがとうございます……」


「あ、あちらの路地……」


「はい」


「810年の『薬子くすこの変』で、薬子はんの兄、藤原仲成ふじわらのなかなりはんが射殺されたあたりです」


「ええっ⁉」


「平安の長い期間において数少ない死罪どすなあ」


「は、はあ……」


「それより約350年間、この平安京で死刑というものは執行されません」


「へ、へえ……」


「あ、あちらは……」


「は、はい……」


「842年の『承和じょうわの変』で変の首謀者の一人とされた橘逸勢たちばなのはやなりはんが拷問された場所どす」


「どえっ⁉」


「杖で何度も体を叩かれたそうどす……」


「ほ、ほお……」


「実際は無実の罪だったらしいんどすが、藤原氏による他氏排斥運動の一連の犠牲になったんどすなあ、気の毒なことです……」


「む、むう……」


「あ、あちらの門どすが……」


「はい……」


「866年の『応天門おうてんもんの変』で炎上する応天門どす」


「さ、さっきから、訳ありスポットばかり紹介してないですか⁉」


「たまたまどす」


「嘘だ! やっぱり怒っているんだ! すみません、調子に乗りました!」


 平成は頭を下げる。平安は笑う。


「なんのことやらさっぱりどすなあ……」


「お、恐ろしい……」


 令和は息を呑む。気を取り直した平成が尋ねる。


「それでこの牛車はどこに向かっているんですか?」


「……知り合いのところどす」


「え? ひょっとして恋人ですか?」


「なんでそうなるんどすか?」


 平安が不思議そうに首を傾げる。


「少し言い淀んだからですよ」


「……この頃は本来ならば女性が出歩くことは滅多にありまへん」


「そうなんですか?」


「想いを寄せ合う男性と女性が出会う……いわゆる『デート』っちゅうものはもっぱら女性の家で行われました」


「それじゃあ、違うのか……」


 平成が肩を落とす。令和が苦笑する。


「そんなにがっかりしなくても良いでしょう」


「大体、お二方を引き連れて、殿方と会うてどないするんどすか?」


「う~ん、『スマブラ』とか?」


「無いですよ!」


 令和が突っ込みを入れる。


「ええっ⁉ だって京都だぞ? 『任天堂』の本社があるだろう?」


「今の時期を考えて下さいよ!」


「それもそうか……」


「だからいちいちそんなにがっかりしないで下さい!」


「トランプとかワンチャン……」


「無いですよ!」


「じゃあ、『神経衰弱』とかも出来ないか……」


 平安が興味を示す。


「神経衰弱とは……なにやら物騒な名前どすなあ? どんな遊びどすか?」


「ばらばらに置かれた紙をめくって、同じ数字の組み合わせを自分のものに出来るんです」


「ふむ、『貝合わせ』のようなものどすか……」


 平安が頷く。令和が尋ねる。


「似たような遊びがあるのですね?」


「ええ、そういう遊びをしても面白いかもしれまへんな……あ、着きましたえ」


「平安姉さま! いい加減にして下さい!」


 ある屋敷に入ると、平安に似た女性が出てきて声を上げる。

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