第3話(1) おばちゃんではない
3
「先日の報告書出してきたか?」
「ええ、もちろん」
平成は向かいのデスクに座る令和に声をかける。令和は頷く。
「書き直せって言われただろう?」
「いいえ」
「何⁉ そ、そんなはずは……」
「……平成さん、まさか……」
「突き返された」
一枚の紙の角を指で弾きながら平成が笑う。令和が呆れる。
「なにを突き返されることがあるんですか……」
「『ナウマンゾウ食べた、美味しかったです』って書いたんだけどな~」
「それは突き返されるのも止むを得ないですね。小学生でももっとまともな報告書を提出しますよ……」
令和が片手で頭を抑える。
「そうかい? インパクトを重視してみたんだけどな~」
「インパクトはそんなに求めていないと思いますよ。あったこと、起こったこと、そして学んだことをきちんと報告さえすれば……」
「……学んだことあったかい?」
「ありましたよ、沢山!」
「正直『リアル一狩り』で記憶がほとんど吹っ飛んだんだけどな~」
平成が天を仰ぐ。令和も苦笑気味に頷く。
「それについては同意する部分も多少ありますが……」
「そうでしょ⁉ じゃあ俺の報告書でも問題はないはずなんだけどな~」
「レポート一枚でその内容ではなかなか納得出来ないのかと……」
「それじゃあ何かい? ナウマンゾウの鼻にかぶりついた俺の心情を事細かに書き記した方が良かったのかい?」
「まず『食レポ』から離れた方が無難かと思います」
平成の問いに令和が淡々と答える。平成は再び天を仰ぐ。
「困ったな……俺から『食レポ』を取ったら何も残らねえ……」
「い、いや、そんなことはないでしょう⁉」
平成の言葉に令和が驚く。平成が視線を令和に向けて笑みを浮かべる。
「まあ、バディの内、片方が提出しているなら問題ないか……よし!」
「ど、どうしたのですか? いきなり立ち上がって……」
「さっさと次の挨拶まわりに行こうぜ」
「ええっ⁉」
平成が令和を時管局から連れ出す。とある場所に出る。
「さてと……」
「良いのですか?」
「それよりも挨拶回りをとっと済ませた方が良いだろう?」
「それはそうかもしれませんが……」
「この辺りだと思うが……」
「また神出鬼没な方ですか?」
「そんなことはないぞ、ほら見ろ」
「え? あ……」
平成の指し示した先に住居がいくつか見える。
「集落だ。『ムラ』と言った方がいいかな」
「ムラ……」
「基本的に定住生活を営んでいるからな」
「あ、どなたかこちらにやって来ますね……」
平成たちのもとに女性が近づいてくる。顔立ちは輪郭が四角く、太い眉で目はぱっちりとした二重まぶた。耳たぶが大きくて鼻は広く、唇が厚い。髪型は上にまとめ、赤色のかんざしを着けているのが印象的である。女性はふっと微笑み、平成に語りかける。
「誰かと思ったら平成くんじゃないの。今日はどうしたの?」
「ああ、新しい時代の挨拶に付き添いで来ました」
「新しい時代?」
「初めまして、令和と申します」
令和は頭を下げる。女性は頷く。
「そういえば話は聞いていたわ。初めまして、時管局古代課所属の『
「縄文さん……」
令和はまじまじと縄文と名乗った女性のことを見つめる。半袖の上着と短いズボンを身に着けている。縄文が笑う。
「何? そんなに珍しい恰好をしているかしら?」
「い、いえ、すみません……それは麻ですか?」
「ええ、手で縫って作ったのよ」
「そんな目の細かい布を手縫いで⁉」
「そうよ、もちろん縫針を使ってだけど。シカの角で作ったものよ、日本最古の針かしら」
「日本最古の針……」
「ちなみに俺は日本最高額のアプリ重課金者だ」
「平成さんはちょっと黙っていて下さい」
令和は平成に冷たい視線を向ける。
「冷たいな。この辺は暖かい気温だというのに」
「確かに旧石器さんの所よりは過ごしやすいです。気温が安定して定住が進んだのですね」
「ああ、旧石器くんのところに比べれば、そこまで過酷な環境じゃないわね」
令和の言葉に縄文は笑みを浮かべる。令和は顎に手を当てて呟く。
「おしゃれをする余裕も生まれたということですね……」
「おしゃれ?」
「首飾りだけでなく、耳飾りやブレスレット、さらに足飾りまで……」
「まあ、生活を送る上でテンションは自分で盛り上げないとね」
「首飾りの綺麗な玉はなんですか?」
「これはヒスイの玉よ」
「ヒスイですか」
「そうよ、メイドイン姫川よ」
「姫川?」
「新潟県の姫川でとれたヒスイを加工した玉が全国に広まったようだ。他にもヒスイの産地はあったが、なぜかそればかり出土する」
首を傾げる令和に平成が説明する。令和が感心する。
「そこのヒスイじゃないと駄目だったのですかね……その耳飾りは?」
「これは
「現代で言うピアスですか……ブレスレットは石ではありませんね?」
「ああ、これは貝殻で作ったものよ」
「貝殻ですか?」
「縄文さんたちは狩猟だけじゃなく、漁労も行っていたからな」
「ふむ……む」
平成の言葉に頷いた令和の腹の虫が鳴る。縄文が笑う。
「お腹が空いているの? うちで何か食べていく?」
「い、いえ、挨拶に伺っただけですから……」
「遠慮しないで、あ、これ食べる?」
縄文は腰に下げたポシェットからクルミを一つ取り出して令和に渡す。
「あ、ありがとうございます……」
「『はい、飴ちゃん』って渡してくる大阪のおばちゃんみてえだな……」
「おばちゃん……?」
「い、いえ! 縄文さんは数千年、一万年経っても綺麗なお姉さんです!」
「よろしい、それじゃあうちに行きましょうか」
「年齢の話には敏感なんだよな……」
先頭に立って歩き出す縄文の背中を見ながら、平成はぼやく。
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