第2話(3) 一狩り行こうぜ

「……いたぞ」


 旧石器が声を潜めながら顎をしゃくる。その先にはナウマンゾウがいる。


「ナ、ナウマンゾウだな……大きいな……」


「大体3m弱の肩高ですか、現代のアジアゾウに比較すれば小柄ですよ」


「いや、比較対象がおかしいんだよ……」


 冷静な令和に平成が呆れる。旧石器が声をかけてくる。


「あらためてだが武器を確認しよう。気に入ったのを使ってくれ」


 旧石器が三本の槍を差し出してくる。平成が首を傾げる。


「……見たところ、同じようなのですけど……」


「何を言ってんだ。全然違うだろう、先端を見ろ」


 旧石器がそれぞれの槍の先端を差し示す。


「ええ……?」


「ふむ、『打製石器だせいせっき』を用いていますね……」


「いきなりダセエなんて失礼だろう、令和ちゃんよ。旧石器さんはこれがイケてると思っているんだから」


「……イントネーションが違います。石を打ち割って作る打製の石器です」


 令和が呆れた視線を平成に向ける。旧石器は平成を無視して令和に問う。


「で、どれにする?」


「……これですかね」


 令和が一本の槍を持ち上げる。旧石器が感心する。


「へえ、お目が高いね、『細石刃さいせきじん』を選ぶとは」


「細石刃?」


「小型の石刃のいくつかを木や動物の骨の柄に掘った溝にはめ込んだものです。貫通性能が高く、槍を軽量化することも出来ました」


 令和は平成に説明する。旧石器が頷く。


「軽いから投げ槍としても使える。線の細い令和には良いかもな」


「投擲武器でもあるのか……」


「ちなみにこの三本の中では一番歴史が新しいものですね」


「え~ずりい! ニューモデルとか!」


「声が大きい! 獲物に気付かれるだろうが……!」


 旧石器が声を抑えながら平成に注意する。令和が片手で頭を抑える。


「子供ですか、全く……」


「チュートリアルだからって令和ちゃんばっかり良い武器なんて贔屓っすよ」


「チュート……? 何を言っているか分からんが、ほら、好きな方を選べ」


 旧石器は残った二本の槍を差し出す。


「じゃあ、こっちで」


「ふむ……『石槍』か」


「い、石槍? ひ、ひねりのないネーミングだな」


「石器を木の葉形に加工し、槍に付けた。ちなみにこの石は黒曜石こくようせきと言って珍しいんだぞ?」


「レア武器ってわけですか、じゃあこれにするぜ!」


 平成が石槍を手に取る。旧石器はため息交じりに残った槍を手に取る。令和が問う。


「それは『尖頭器せんとうき』ですか?」


「日本では少し違う。黒曜石の欠片の鋭い縁を残した『ナイフ形石器』を槍につけたものだ」


 平成が言い辛そうに口を開く。


「旧石器さん……先に良い方の武器を取ってしまってあれなんだけどよ……」


「うん?」


「そんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない」


「令和ちゃん、旧石器さんが戻ってきたときは、その細石刃を渡してやって……」


「ゲーム脳から離れて下さい。コンティニューなどありませんよ」


 令和が冷たく平成を突き放す。


「え? 無いの?」


「なんであると思ったんですか?」


「……それじゃあそろそろ行くぞ」


 旧石器が平成たちに声をかける。平成が慌てる。


「ちょ、ちょっと、もうちょい待ってくれませんか? 旧石器さん」


「む?」


「令和ちゃんさ……」


「なんでしょうか?」


「マジでその槍でナウマンゾウに挑む気?」


「なにか問題が?」


「あ、あるね。この細い槍でナウマンゾウを仕留めるのは難しいんじゃないかな?」


「ではどうすれば良いとお考えですか?」


「いつぞやのようにトラック召喚は……」


「却下です。ナウマンゾウが突如飛んできた異世界の方の身にもなって下さい」


「駄目なのか……」


 平成は肩を落とす。旧石器があらためて声をかける。


「それじゃあ行くぞ、手筈通り行けば大丈夫だ」


「手筈通りって何? 俺聞いてないんだけど……」


「よし、皆、散れ!」


 旧石器の言葉通り、旧石器と令和がナウマンゾウを挟むようなポジションを取っている。出遅れた平成はナウマンゾウの目の前にその姿を晒してしまっている。


「平成さん! あっ!」


 令和の投げた槍がナウマンゾウの左臀部辺りを貫く。ナウマンゾウが痛みに上半身を大きくのけ反らせる。正面から見た平成にとってはとても大きな物体に見える。


「で、でか……」


「ぼうっとするな、平成!」


 旧石器が右の腹部を数カ所、素早く刺す。ナウマンゾウが体勢を崩しそうになるが、踏み止まり、前に向かって走り出す。平成は慌てる。


「こ、こっちに来る!」


「平成、目を狙え、それで勢いを削げる!」


「それが出来れば苦労しない! 旧石器さん!」


「どうした⁉」


 平成が旧石器の方を向いて、満面の笑みを浮かべる。


「俺、ここで『落ちます』! お疲れ様でした!」


「はっ⁉ 『落ちる』? 平成、何を言っているんだお前⁉」


「平成さん! 正気に戻って下さい! これはオンラインゲームではありません! 繰り返します! これはゲームではありません!」


「⁉」


 令和の呼びかけに平成は正気になるが、そこまでゾウがきている。旧石器も叫ぶ。


「平成! なんとかして退避しろ!」


「くっ! 『人類の退化の過程』!」


「「⁉」」


 令和も旧石器も驚いた。平成が後ずさりしながら徐々に腰を曲げ、やがて四足歩行に近い状態になったのである。まるで『人類の進化の過程』を逆再生したようなものである。さらにはそれすらも通り越して、土下座の体勢を取ったのである。


「ここは大和田常務ばりの『土下座』で一つ!」


「そんなのナウマンゾウに通用しないでしょう! ⁉」


 小さく縮こまった平成を踏み潰そうとしたナウマンゾウだったが、その近くに掘られていた落とし穴にはまり、体勢を大きく崩す。平成が立ち上がり、槍を刺す。


「引っかかったな! 喰らえ!」


「本来はイノシシやシカ用の落とし穴なんだが上手く落ちてくれたな……」


「ラッキーでしたね……」


 旧石器と令和はほっと胸を撫で下ろす。

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